第32話 台風が運んでくるもの4
避難所に来て五日目。
自然台風の中で、最も巨大な火を運ぶ台風が猛威を振るう。
石造りの建物が揺れるような感覚。
いや、実際に揺れている。
「さて、俺の当番か。フェルリート、ちょっと行ってくる」
「うん。気をつけてね」
一日に数回、外の状況を確認している。
この日は俺が当番だった。
ギルドの裏口は外から入ると長い廊下になっており、廊下の突き当りを直角に曲がった先に扉が設けられている。
しかも扉は二重で、雨風が入らないような仕組みだ。
俺は裏口の内扉を開け、廊下に出る。
すぐに内扉を締め、外扉に手をかけた。
「もう風を感じる。すげーな」
外扉を開け外へ出る。
といっても、まだ建物内の廊下だ。
床に設置されている金具にロープを結び、自分の腰にも縛りつける。
狭い廊下を進み、角を曲がると外が見えた。
外までは五メデルト近くあるが、猛烈な風と雨が入り込んでくる。
「や、やべーぞ!」
両手で壁を押さえながら、少しずつ前進。
身体をかがめても風に押し戻され、なかなか前に進まない。
「ぐ、ぐう、凄すぎんだろ」
出口まで進み、壁の外に顔を出した。
時間は正午頃のはずだが、外は異様に暗い。
獰猛な風はまるで鞭で打ちつけるように、容赦なく真横から雨をぶつけてくる。
「いててててて!」
すぐに顔を戻す。
「ヤバすぎるだろ」
呼吸すらままならない。
祖国で経験した猛吹雪とはまた違う意味で危険だ。
――
「ふー、凄かったな」
「大丈夫だった?」
室内に戻ると、フェルリートがタオルを持って待っていた。
「少し顔を出しただけで、ずぶ濡れだよ」
「え? 顔を出したの? 危ないよ」
「ああ、ちょっと様子を見たくてな」
「人なんて簡単に吹き飛ぶし、何が飛んでくるか分からないんだよ。火を運ぶ台風が通過した後、陸地まで船が飛ばされてることだってあるもん」
「それほどか。ヤバいな」
「だから絶対に外へ出ちゃいけないの」
「そうだな。気をつけるよ」
タオルで頭を拭きながら、外の状況をパルマに報告。
ロビーに戻ろうとすると、裏口の扉を何度も叩くような音が聞こえた。
「ん? 裏口から音が聞こえないか?」
「音?」
あの構造で扉に岩が飛んでくることはない。
どう考えても人が叩いている。
「ちょっと見てくる」
内扉を開けると、顔馴染みの漁師がずぶ濡れで立っていた。
「ど、どうした!」
「大変だ!」
俺はすぐにロビーへ連れて行く。
「皆聞いてくれ! 町役場の一部が崩壊した!」
「なんだと!」
「修理しようとしたアラジ爺さんが飛ばされたんだ! 何人かの漁師が捜索に出た! 冒険者にも来て欲しい!」
全員が一斉に立ち上がった。
救助に行くつもりだろう。
「待て! 全員で行くな!」
パルマが手を挙げそれを制す。
「Cランクしか認めん! 二次災害に繋がる!」
災害救助で気をつけるべき点は人的二次災害だ。
救助に行った人間による事故や遭難が発生すると、現場は大混乱する。
この場にいるCランクは俺のみだ。
「当然だ。俺が行く」
「マルディン! ダメだよ! 慣れてないでしょ!」
俺の腕を掴むフェルリート。
俺はフェルリートの背中にそっと手を回した。
「大丈夫だって。任せとけ」
「で、でも……」
「アラジ爺さんを助けなきゃな」
パルマが俺の前に立つ。
「悪い、マルディン。お前にしか頼めない。俺も行くからさ」
「おいおい、パルマは職員だろ? 俺一人で十分だって」
「俺はこの町出身だ。台風には慣れてる」
会話に割り込むように、アリーシャが手を挙げた。
「待ってください、パルマさん! 私が行きます! 私だってCランクです!」
「ダメだ! お前は解体師だろ!」
確かにアリーシャはCランクだが、解体師と冒険者では根本的に違う。
冒険者のCランクは、体力を含め身体的な運動能力が高い。
それはあの地獄の試験で証明されている。
俺はパルマとアリーシャの肩に手を置いた。
「一人で行く。大丈夫だ」
「し、しかし……」
「この建物だって、崩壊する可能性はあるだろ? その時にパルマがいなければ誰が指示を出すんだ」
反論したそうなパルマたちを右手で制し、俺はテントから装備を取り出した。
愛用の軽鎧を着込み、腰に採取短剣のベルトをしっかりと固定。
この風だから、長剣は置いていく。
|右腕に糸巻きを装着し、専用ケースから取り出した鉤を糸の先端に取りつけた。
「行ってくる。救助は時間との勝負だ」
「マルディン……」
「あとのことは頼んだぞ、パルマ」
「す、すまん」
倉庫へ向かったアリーシャが、軽兜を抱えてきた。
「マルディン、軽兜を被ってください。岩が飛んできます」
「分かった。ありがとう」
「救助が終わったら、ここへ戻ってくるのは危険です。そのまま町役場に待機してください」
「はいよ」
軽兜を被り、顎のベルトをとめる。
ギルドの裏口へ移動し、内扉に手をかけた。
振り返ると、心配そうな表情を浮かべた仲間たちが集まっている。
「大丈夫だって!」
「マルディン、本当に気をつけてよ」
瞳に涙を浮かべているフェルリート。
俺はその小さい頭を優しく二回撫でた。
「マルディン、すまない。爺さんを頼んだぞ」
パルマが頭を下げた。
「任せろ。じゃ、行ってくる」
俺は内扉を開け、廊下に出た。
大きく深呼吸し集中力を高める。
「爺さん待ってろよ。助けてやるからな」
廊下を進み、暴力的な風が吹き荒れる外へ足を踏み出す。