第297話 失った希望と新たな未来9
俺はロビーを抜け、廊下を進む。
あえてゆっくり進んでいる。
逃げられないようにして、全員を殺すためだ。
南海の蝿王の構成員も、俺を殺そうと狂ったように襲いかかってくる。
俺の正体もすでにバレており、俺の懸賞金を叫びながら三日月剣を振り下ろしてくるバカもいた。
当然返り討ちだ。
「おい、ボスはどこだ?」
「四階……」
男の首を落とし、俺は階段へ向かった。
「たった一人だぞ!」
「殺せ! 殺せ!」
「懸賞金で遊んで暮らせんぞ!」
次々と襲いかかってくる南海の蝿王の構成員たち。
俺は右手で悪魔の爪を振り、左手で糸巻きを操作。
俺の周囲では、首をなくした人間が崩れ落ちていく。
俺の目的は、ボス以外を全員殺すことだ。
恐怖を植えつけるため徹底的にやる。
「首落とし……め……」
口を開けたまま落ちていく首。
俺は二階と三階を制圧し、最上階の四階に到着。
「集団でお出迎えか。助かるよ」
フロアに三十人近い構成員が集まっていた。
数百人いた構成員も、もうここにいる者たちだけだろう。
武器を構え、俺を囲むように立っている。
「貴様、首落としだな」
構成員の背後から、女の声が聞こえた。
「ん? 貴様は確か……元冒険者のキャメロか」
「よく知ってるな」
「その髪……。ふむ、ちょうどいい」
「ちょうどいいだと? な、何がだ! 貴様何しに来た!」
俺に向かって叫ぶキャメロ。
この女はギルドハンターの討伐リストに載っている。
元々はBランク冒険者だったが、金と権力に目がくらみ堕ちていった。
それ以来自分の手を汚さず、男を利用して裏の世界でのし上がったという。
数々の凄惨な事件に関わっており、あまりの卑怯なやり口に、Bランクながら討伐リストではAランクと同等の上位に入っていた。
「こんなに殺しやがって! 何しに来た!」
「お前が南海の蝿王のボスか?」
「質問に答えろ!」
俺を睨むキャメロ。
だが、構成員の背後にいるため、十メデルトほど距離がある。
自分は安全な位置にいる。
評判通り汚い奴だ。
「ボスに話があってきたんだが……」
「ボスに話だと?」
「お前はボスじゃないようだな」
「こ、こいつを殺せっ!」
それがキャメロにとって、最後の言葉だった。
フロアにいる全員の首を落とした俺は、キャメロの首を拾い上げ、廊下を進む。
「ここか」
ひときわ豪華な扉を開けると、突然矢が放たれた。
予想していた俺は、悪魔の爪で難なく切り落とす。
「なっ!」
「お前がボスか?」
部屋には弓を構えている男が一人。
恐らくこいつがボスだと思われるが、念のために確認する。
ボスではないと意味がない。
「ボスかと聞いている」
「そ、そうだ」
男の手は大きく震えていた。
「やめとけ、お前ごときに俺は殺せん。無駄だ。それよりも、取引しようじゃないか」
「と、取引だと?」
俺はキャメロの首を掲げた。
「キャ、キャメロ!」
「キャメロだけじゃない。全員殺した」
「ぜ、全員だと! バカな! 三百人だぞ!」
男が叫ぶ。
顔面からは完全に血の気が失せていた。
「お前、俺のことを知っているか?」
「く、首落としだろ」
「そうだ。俺にとっては十人も三百人も変わらん」
「はあ、はあ。来るなっ!」
男が弓を構えたため、俺は糸巻きで弦を切った。
リュートを乱暴にかき鳴らしたような音が響く。
「なっ!」
「無駄だと言っただろう」
俺は男に向かって部屋を進む。
一歩歩くたびに、高級な赤い絨毯にキャメロの首から血が滴る。
「く、来るな!」
「殺しはせん。取引しようじゃないか」
「ひぃぃぃぃ!」
壁際に後退りする男。
パニックに陥っているようだ。
ズボンにシミが広がっていく。
「この組織は俺が壊滅させたが、お前に一つ手柄をやろう」
「て、手柄だと?」
「そうだ。お前たち南海の蝿王は、ヴィーディアの始末を命令されたのだろう?」
「な、なぜそれを!」
「こいつがヴィーディアだ」
「は? 何を言って……」
「聞こえなかったか? これがヴィーディアの首だ。お前に手柄をやろう」
「ふ、ふざけるな! キャメロだろうが!」
「ヴィーディアだ」
キャメロの首はヴィーディアと同じような髪の色で、長さもほぼ同じだった。
酒につけて運べば顔なんて分からん。
男の机には、首が入りそうな大きな瓶が置いてあった。
この瓶にヴィーディアの首を入れるつもりだったのだろう。
「お前はこのヴィーディアの首を持って、始末したことを報告しろ」
「な! そ、そんなこと……できるわけ……」
「じゃあ、死ね」
俺は悪魔の爪を振り上げた。
「ま、待て! 待ってくれ!」
「お前の選択肢は二つ。この首を届けるか、ここで死ぬかだ」
「わ、分かった……」
「なんだその態度は? 腕の一本でも落とすか?」
悪魔の爪の刃を、男の左腕に向ける。
「や、やめ! やめてください!」
「どうする?」
「ヴィ、ヴィーディアの首を届けます!」
「ふむ、いい心がけだ。長生きできるだろうよ」
俺は瓶の中に、そっとキャメロの首を入れた。
本来は構成員の中から髪の色が似た者を探すつもりだったが、キャメロは性別も同じで好都合だった。
「ヴィーディアは、首落としに殺されたと伝えるんだ」
「え?」
「黄金の紅玉のボスがティルコアに来たことで、首落としが激昂してヴィーディアを殺した。さらに南海の蝿王も壊滅させられた。お前は首落としと戦い、唯一逃れられたと伝えろ。首落としからヴィーディアの首を奪い取ったとな」
「わ、分かりました」
「夜哭の岬で、俺と戦って生き残った者などいない。お前は英雄だ。良かったな」
俺は悪魔の爪を男の首元に近づけた。
「ひ、ひぃぃぃぃ」
「ティルコアに手を出すとこうなる。覚えておけ。今感じている恐怖とともにな」
俺は用件を伝え、部屋の扉に向かった。
ノブに手をかけたところで、男を振り返る。
「お前はすぐにここを出ろ。もう間もなく当局が来る」
「え!」
「逃げないと捕まるぞ。お前はその首を届けなければならないんだからな」
「わ、分かりました」
「逃げても失敗しても、俺はお前を殺しに行く。必ずだ。いいか」
「は、はい!」
そう言い残し、俺は部屋を出た。
無数の首が転がる南海の蝿王のアジトを出ると、一人の男が俺に近づいてくる。
スーツを着た男だ。
「調査機関です」
「もう来たのか」
「はい、ティアーヌ支部長から連絡をいただきました」
男がカードを俺に見せた。
それは調査機関の証明カードで、この街カサトラの支部長と記載がある。
「ボスを一人残して壊滅させた。全員殺している」
「ぜ、全員……」
「裏の世界に、俺が南海の蝿王を全滅させたことを流してもらえるか? ティルコアに手を出すとこうなることを広めるんだ」
「か、かしこまりました」
「それと、間もなく男が一人出てくる。大きな荷物を抱えているはずだ。人の首なんだが、上の組織に届けることになっている。無事に届けるように追跡してくれ。ついでに上の組織も追えるだろう?」
「かしこまりました。ティアーヌ支部長は、マルディンさんの単独襲撃を心配しておられましたが、そこまで見通されていたのですね。さすがです」
「俺だって闇雲に突撃したわけじゃないさ。まあ、頭にきていたがな」
「頭にきて全滅……」
支部長が呟きながら、若干引いたような表情を見せた。
「じゃあ、あとの処理を頼めるか?」
「はい、お任せください」
支部長に挨拶して、俺はアジトから少し離れた。
支部長はもう気配を消している。
さすがは優秀な諜報組織と知られる調査機関の支部長だ。
「さて、帰るか」
指笛を吹くと、蹄の音が近づいてきた。
ライールだ。
「ブルゥゥ」
「ライール、疲れてないか?」
「ヒヒィィン!」
「そうか、大丈夫か。このままティルコアに帰ろう」
「ヒヒィィン!」
俺はライールに跨り、南南東に向かってゆっくりと街道を進んだ。




