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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第九章 夏の終わりの物語

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第296話 失った希望と新たな未来8

 ◇◇◇


 マルディンの自宅を出たヴィーディアは、一旦宿へ向かい自分の服に着替えた。

 グレクに心配をかけたくなかったからだ。

 そして、すぐに港へ向かいグレクと合流した。


 ヴィーディアは、グレクの前で明るくしようと努めたが、どうしても笑顔が出せなかった。

 グレクもそれには気づいたが、何も言わない。

 いや、言えない。


 人生で初めて、これほどまでに人を好きになったグレク。

 当初の喜びから、今は言い表せないほどの不安感に襲われている。

 旅行者のヴィーディアとは必ず別れが来るからだ。

 一日でも長く一緒にいたいと、天にすがるように願っていた。


 二人は貸衣装屋へ行き、民族衣装を選んだ。


「ヴィーディアさんには、この衣装が似合うと思うよ」

「本当ですか? では、これにしますね」


 ヴィーディアが衣装を持って更衣室へ入った。


「ど、どうですか?」


 着替え終わったヴィーディアは、恥ずかしそうにうつむきながら、グレクに衣装を見せた。


「き、綺麗だ……。ヴィーディアさん、本当に綺麗だよ」

「あ、ありがとうございます」

「こりゃ、明日の祭りが楽しみだ。はは」

「そうですね……」


 ヴィーディアは衣装を借りる期間を、今日から祭りの翌日まで三日間とした。

 グレクとしては、最低でもあと三日は一緒にいられると安堵の息を吐く。


「せっかくだから、その衣装のまま海へ行かないか?」

「海? ……そうですね。行きましょうか」


 二人は繁華街を抜け、町外れの町道を歩く。

 グレクにとってはいつもの波の音だが、今日はやけに大きく聞こえていた。


「いや違う。心臓の音か……」

「何か言いましたか?」

「な、なんでもないよ!」


 ヴィーディアは隣を歩くグレクに視線を向けた。

 自分のことを好きだと言ってくれたグレク。

 その気持ちがとても嬉しかった。


「私だって……」


 グレクに聞こえない大きさの声で呟いた。


 ヴィーディアはグレクの手をそっと握る。

 大きくて硬い手は、漁師一筋の立派な手だ。

 だが、ヴィーディアはこの手を汚そうとした。

 ヴィーディアの心が痛む。


「あ、その……」


 突然手を握られたグレクは、ティルコアの夕日のように顔を真っ赤に染めた。

 心臓が破裂しそうなほどの大きな鼓動を感じているグレク。


 海を見下ろせる丘に差しかかったところで、ヴィーディアは立ち止まった。


「あの、グレクさん」

「ひゃい!」


 グレクの声が思わず裏返る。

 それでもヴィーディアは真剣な表情で、グレクを見つめた。


「私も……グレクさんのことが好きです」

「え!」


 グレクは瞳を大きく見開く。

 飛び跳ねたいほど嬉しいが、そういかない理由があることを痛いほど理解している。


「だけど……、私は……」

「そうだよな……帰らなきゃいけないもんな」


 初めから分かっていたし、みんなにも言われた。

 旅行者との恋は必ず別れが来ると。

 それでも気持ちを止められなかったグレクだった。


「違うんです。私には……帰る場所がないんです」

「え?」

「本当は……この町で……」


 大粒の涙を流すヴィーディア。


「この町で、死のうと思っていたんです」

「死? な、何を言って?」

「私は罪を犯しました。だから……だから……」


 瞳からとめどなく溢れる涙。

 両手で顔を覆うヴィーディアから嗚咽が漏れる。


「つ、罪? 罪って……。罪なんて……」

「私はグレクさんに好かれていい女じゃない。ごめんなさい。ごめんなさい」


 グレクの想いはもう止まらない。

 ヴィーディアを抱きしめた。

 全てを投げ出してでもヴィーディアを救うと、グレクは心の中で誓った。


「罪の内容も重さも分かんねーけどよ! 俺が一緒に償うよ! 一生かけてヴィーディアさんと! だから結婚しよう! ずっと一緒だ!」

「グ、グレクさん」

「この町で一緒に暮らそう」


 夕日が二人を照らす。

 影は一つに伸びていた。


 ◇◇◇


 俺はティアーヌと貸衣装屋へ行き、明日の祭り用の衣装を選んだ。

 グレクと会わなかったから、あいつは先に借りたのだろう。


「マルディンさん、ありがとうございます」

「喜んでもらえて何よりだ」


 民族衣装を着たティアーヌが、つま先を立ててその場で一回転した。

 いつも笑顔の娘だが、今日はいつも以上に明るい笑顔を浮かべている。


「お祭りは私と行ってくれるんですか?」

「衣装だけ借りて、一人で行けなんて言わんよ」

「フェルリートちゃんやレイリアさんは?」

「フェルリートはギルドの屋台だし、レイリアは医療当番だそうだ。祭りの日は特に怪我人が多いそうだ」

「そうなんですね。じゃあ、私と二人きりですか?」

「そうだな。アリーシャとラミトワはクエストへ行っているしな」


 ティアーヌが動きを止め、俺の顔を見上げた。


「いいんですか?」

「逆に俺が聞きたいよ。おっさんと二人で楽しいのか?」

「え? 楽しいですよ」

「そりゃよかった」

「だって、美味しいものを食べさせてもらえますもの」

「そうか、おっさんは財布か。あっはっは」

「ふふ、たくさん食べましょうね」

「死ぬほど食わせてやるよ。あっはっは」


 祭りの屋台なんて、たかが知れている。

 ティアーヌには普段から世話になっているから、そんな程度で喜んでもらえるなんて安いものだ。


「あの、ティアーヌ支部長。お休みのところ申し訳ございません」

「どうしました?」


 ティアーヌが突然女性に声をかけられた。

 この女性は俺も面識がある。

 調査機関(シグ・ファイブ)の職員だ。

 女性は俺に会釈してから、ティアーヌに耳打ちした。


「分かりました。すぐに事務所へ向かいます」


 ティアーヌの表情が引き締まった。

 状況からして仕事だろう。


「マルディンさん、すみません。私、明日のお祭りに行けなくなりました」

「仕事か?」

「えっと、あの……」

「言ってみろ」

「犯罪組織が動くようです」

「今日のあれに関係するのか?」


 ティアーヌが首を縦に振った。


「はい。恐らくヴィーディアさんの始末でしょう」

「組織の規模は?」

夜哭の岬(カルネリオ)の下部組織の中では大手です」

「どこの組織だ」

「カサトラを根城にしている『南海の蝿王(ゴルゾブ)』です」


 カサトラはティルコアの北北西にある街だ。

 距離は約三十キデルトだから、ライールなら半日もかからない。


「俺が行ってくる」

「え?」

「もう面倒だ。終わらせてくる」

「では、私も行きます」

「いらんよ」

「し、しかし……」

「犯罪組織ってのは、なぜこうも人の楽しみを、喜びを、希望を奪うのか……」

「マ、マルディンさん?」

「悪いが後始末だけ頼む」


 俺の腕を掴むティアーヌ。


「待ってください!」

「この町に手を出すとどうなるか、徹底的に教えてくる」

「か、顔が怖いです」

「そうか? そんなことないぞ」


 俺は顔を見せないように、優雅に一礼した。

 内心は(はらわた)が煮えくり返っている。


「お姫様はこの地でお待ち下さい」

「マルディンさん!」

「ティアーヌ、明日の祭りは一緒に行くぞ。衣装は返すなよ?」

「待ってください!」

「迎えに来るから待ってろ」


 俺は商店街から大通りに出て、指笛を吹いた。

 近くにいたライールが駆け寄ってくる。


「ブルゥゥ」

「ライール、このままカサトラへ行く」

「ヒヒィィン!」


 走り出したライールに、俺は飛び乗った。

 ライールの足なら、日没前には到着するだろう。


「少し飛ばすぞ!」

「ヒヒィィン!」


 町の外へ出て、街道を走り抜けた。


 ―――


 日没前にはカサトラに到着した。

 ライールから下馬し、城門をくぐって街道を進む。


 南海の蝿王(ゴルゾブ)のアジトは分からんが、聞けばいいだろう。

 俺はそれらしい男たちを探す。


 治安の悪い区画へ向かうと、一人で歩くガラの悪い男を見つけた。

 道を聞くにはちょうどいい。


「すまんが道を教えてもらえるか?」

「道? なんだおっさん?」

南海の蝿王(ゴルゾブ)へ行きたいんだ」

南海の蝿王(ゴルゾブ)?」

「ボスに話があってな」

「ボスだと? ボスに何の用だ?」

「お前は南海の蝿王(ゴルゾブ)なのか?」

「あ? あたりめーだろ。っつか、気安くその名を呼ぶんじゃねーよ。てめえ、殺すぞ」

「そうか、殺すか……」


 俺は男の首を掴んだ。

 そのまま持ち上げる。


「俺を殺す? 逆だ。殺されたくなかったら連れて行け。まあ殺すがな」

「ぐ、ぐるじい」

「連れて行くか?」

「ば、ばい」


 男を地面に投げ捨てると、涎を垂らしながら咳き込んでいた。


「ゴホッ、ゴホッ」

「早く連れていけ」

「ひ、ひぃぃ」


 男は起き上がると同時に、突然走り出した。


「ひぃぃ」

「そうか、アジトへ案内してくれるのか」


 俺は男の後を追った。


 建物に逃げ込む男。

 四階建ての大きな建物だ。

 夜哭の岬(カルネリオ)の下部組織の中では大手だという南海の蝿王(ゴルゾブ)

 何をやってこれほどの場所をアジトにしているかは、想像に難くない。


 俺は躊躇なく扉に手をかけた。


「こ、こいつだ!」

「マジで来やがった!」


 広いロビーには、二十人近い男が待ち構えていた。

 逃げた男の顔もある。

 報告したのだろう。


 男たちはそれぞれ武器を構えている。

 ほとんどが刺突短剣(スティレット)暗殺短剣(カーティル)三日月剣(シャムシール)だ。

 この地方の犯罪組織がよく使う武器でもある。


「お前ら全員南海の蝿王(ゴルゾブ)か?」


 誰も何も答えない。


南海の蝿王(ゴルゾブ)以外は殺さないぞ?」


 それでも誰も何も答えない。


「全員南海の蝿王(ゴルゾブ)でいいんだな? で、ボスはどこだ?」


 一歩、また一歩と男たちに近づく。


「ビビんな! 殺せ!」

「殺せ殺せ!」

「死ねやっ!」


 男たちが一斉に襲いかかってきた。

 

「まあいい。自分で探す」


 俺は左腕を振り、廊下を進む。

 背後のロビーからは、一切の気配が消えていた。

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