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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第九章 夏の終わりの物語

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第292話 失った希望と新たな未来4

「なあ、マルディン。あの話知ってっか?」

「あの話?」


 俺は港の食堂で、石工屋のジルダと昼飯を食っていた。

 今朝揚がったばかりの大剃鯵(フーレル)の刺し身だ。

 夏が旬の大剃鯵(フーレル)は、脂が乗っており味は濃厚。

 これに緑檸玉(ダルチ)を絞ると、酸味が効いて旨さが倍増する。

 安価な魚だが、この時期は高級魚にも勝るとも劣らない味だ。


「グ、グ、グレクが……、び、び、美人と……」


 ジルダが歯を食いしばっている。


「美人と……仲良くなってるって……。ぐぎぎ」


 その表情は悔しさを通り越し、血の涙を流しそうな勢いだ。


「ああ、知ってるぞ。ヴィーディアさんだろ。この間釣りに行ったしな」

「は?」

「二人で行けばいいものを、俺とフェルリートの四人で海釣りに行ったよ」

「あの野郎、見せつけてんのか。次会ったらぶっ殺してやる」

「まあ、そう言うな。相手は観光客だ。絶対に別れが来るんだ」

「そうだけどよ。一瞬でもいい思いしてんだろ」

「いいじゃねーか。親友なんだから協力してやれよ」

「クソッ」

「っていうか、おめーは人のことより自分の心配をしろって」

「は? てめー喧嘩売ってんのか?」


 ジルダが俺を睨んでいるが、俺は構わず刺し身を食う。

 マジで旨い。


「マスター、刺し身をもう一皿くれ」

「はいよ!」


 ジルダの嫉妬なんかどうでもいい。

 それよりも、大剃鯵(フーレル)を堪能するほうが大切だ。

 そろそろ旬は終わるのだから。


「今しか楽しめないんだぞ?」

「この大剃鯵(フーレル)のことか? それともグレクのことか?」


 ジルダが疑問を口にしながら、刺し身を口に放り込んだ。


「両方だ」

「……そうだな。今は良くても、別れがつれーもんな」

「そういうことだ。ヴィーディアさんがいつ帰るのか分からんが、楽しければ楽しいほど反動はでかいだろうよ」

「ちっ、あのバカ。よりによって何で観光客と……」


 なんだかんだ言って、ジルダは心配しているようだ。


 マスターが二皿目の刺し身を出してくれると同時に、食堂の扉が開いた。


「マルディンさん!」

「ん? ティアーヌか。どうした?」


 珍しくティアーヌが港に顔を出した。

 ティアーヌの調査機関(シグ・ファイブ)は繁華街にあり、港から離れている。

 昼飯なら繁華街で済ますはずだ。


「ちょっとお話がありまして、探していたんです」

「俺を? 食い終わってからでいいか?」

「もちろんです。っていうか、私も食べたいです」

「んじゃ食ってけ。大剃鯵(フーレル)が旨いぞ」

「あ、旬もそろそろ終わりか……」


 ティアーヌが俺の隣に座り、カウンターのマスターに向かって手を挙げた。


「マスター、大剃鯵(フーレル)の刺身ランチを大盛りでお願いします!」

「はいよ! ティアーヌちゃんにはサービスしちゃうぜ!」

「わー、嬉しいです! ありがとうございます!」


 俺の正面に座るジルダが、片手で頬杖をつきながらティアーヌを眺めている。


「ティアーヌさんは、いつも楽しそうだな」

「え? そうですか? でも、そうですね。毎日楽しいです。ふふ」

「いいねえ。しかし、ティアーヌさんはあれだな……」

「なんですか?」


 ジルダが意地の悪そうな表情を浮かべた。


「そんなに美人なのに、浮いた話を聞かないな」

「あら、私もジルダさんの浮いた話を全く聞きませんよ? ふふ」

「ぐっ、ぐぎぎ……」


 歯を食いしばるジルダ。


「あっはっは。見事にやり返されたな」


 ジルダが口でティアーヌに敵うわけがない。

 もちろん、実力でも敵わないのだが。


 ――


 飯を食い終わった俺とティアーヌは、調査機関(シグ・ファイブ)へ移動した。


「マルディンさん、地下室へ行ってもいいですか?」

「ああ、構わんよ」


 地下室へ行くってことは、職員にも聞かせられない話ということだ。

 ソファーに座ると、ティアーヌが珈琲を淹れてくれた。


「で、話ってなんだ?」

「警戒網に引っかかった者たちがいます」


 発展が目まぐるしいティルコアは、犯罪組織に狙われている。

 そのため、この町では冒険者ギルドと皇軍が協力して、人の出入りを監視する警戒網を作っていた。


「何人だ?」

「十人です。小規模の犯罪組織なんですが、夜哭の岬(カルネリオ)の下部組織とみられる者たちなんです」

「なんだと?」

「ただ、犯罪の準備をしているわけでもなく、町を観光しているようなんです」

「観光だと? んなわけないだろ。何かの下見じゃないか?」

「その可能性は高いですが、今はまだ何もしてませんのでなんとも……。引き続き注視します。ですから、マルディンさんも気をつけてください」

「ああ、分かった。ありがとう」


 俺は珈琲を口にした。

 ラルシュ王国産の珈琲だ。

 きっと冒険者ギルドの本国から送られてきたものだろう。

 俺はラルシュ産の珈琲が好きだった。


「なあ、ティアーヌ。最近グレクと仲良くなった観光客を知っているか?」

「先ほどジルダさんが仰っていた女性ですよね。もちろん調べています。マルディンさんと交友関係にある方に不審な接近があれば、全て調査の対象になりますから」

「どうだ?」

「今のところ不審な点はありません。ですが、なかなかいいお値段の宿に長期間滞在していますから、一切の警戒が不要ともいい切れません」

「滞在期間は決めてないと言っていたな」

「観光客としては珍しいですよね。目的がないようで、水面下で何かをしているかもしれませんし、警戒網にかかった者たちと連携するという可能性もあります。タイミングがよすぎます」

「分かった。俺も警戒は解かずにいるよ」

「はい。お願いします」


 ティアーヌが笑顔を見せながら、珈琲カップを手に持つ。


「それにしても……物凄い美人な方ですよね」

「そうだな。ジルダが嫉妬するのも頷けるよ」

「マルディンさんも嫉妬しますか?」

「俺? するわけないだろ」

「ふふ。マルディンさんの周りは美人揃いですもんねー」

「そうだな。お前を筆頭にな。あっはっは」

「あら、あらあら。私に惚れちゃいましたか?」


 珈琲が旨い。

 香ばしさが鼻を抜け、後から程よい苦味が口に残る。


「返事を……してくださいよ……」

「窓から入る風が気持ちいいなあ」

「地下ですよ、ここは……」


 ティアーヌが俺を睨んでいた。


 ◇◇◇


 日没後の繁華街は、観光客で賑わいを見せる。

 レストランも居酒屋も満席だ。

 店に入れなくて、行列ができるほど。

 現在のティルコアは、観光客に対して店の数が足りない状況だった。


 そんな中、一軒の居酒屋で十人の男たちがテーブルを囲む。

 大量の鮮魚と何本もの黒糖酒を注文して、観光を楽しんでいるように見える。


「おい! 黒糖酒をあと三本持って来い!」

「は、はい! かしこまりました!」


 しかし、この集団は横柄な態度で、店員を震え上がらせていた。


「ヴィーディアはいたか?」

「いや、まだ見つかっていない」

「こんな田舎の港町で、まだ見つかんねーのかよ」

「人が多すぎんだよ」

「もしかして、こっちに気づいているのか?」

「そりゃねーだろ。気づくわけがない」

「早く見つけねーと、俺たちも危ねーぞ?」


 ヴィーディアを話題にするこの集団は、警戒網にかかった男たちだった。


「しかしよ。ヴィーディアの奴は、何でこの町に来たんだ」

「復讐か?」

「無理だろ。相手は首落としだぞ」

「首落としはどうすんだ?」

「今回は関係ない。お前ら、首落としに見つかる前に終わらせるぞ」


 一人の男がテーブルを見渡すと、全員が一様に頷いた。

 

 ◇◇◇

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