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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第九章 夏の終わりの物語

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第290話 失った希望と新たな未来2

「おい、グレク!」

「ん?」


 俺はグレクの肩に手を置いた。


「なんだマルディンか。お前、市場に何の用だ?」

「何の用って、そりゃ魚を買いに来たに決まってるだろう」

「そりゃそうか」

「お前こそ何やってんだ?」


 グレクの隣に立つ女が、俺たちの会話を聞き笑みを浮かべている。

 そして、白い帽子を取った。


「初めまして。ヴィーディアと申します」


 ヴィーディアと名乗る女が、丁寧に、そして優雅にお辞儀をした。

 薄茶色の長髪が風になびく。

 ラミトワの予想は当たっていた。


「マルディンです」

「フェルリートです」

「ララ、ラミトワです」


 俺たちもそれぞれ挨拶を返す。

 ラミトワだけは、なぜか緊張していた。

 自分で言いながら、この女の美貌に緊張したのだろう。


 ヴィーディアの白いワンピースに日光が反射する。

 まるで光に包まれたようなヴィーディア。

 ラミトワが緊張するのも頷けるほどの、清楚という言葉が似合う美しい女性だ。


「ヴィーディアさんは観光でティルコアに来たんだ。しばらくこの町に滞在するそうだよ」


 グレクが説明してくれたが、俺は僅かながらに不信感を覚えた。


「観光客? なぜグレクと一緒にいる? 面識はあったのか?」


 グレクが俺を睨みながら口を開こうとした瞬間、ヴィーディアが小さくお辞儀をした。


「怪しまれるのも当然かと思います。私はお魚が好きで、地元の漁師さんに色々とお話が伺いたかったんです。今朝港で偶然グレクさんにお会いして、案内をお願いしたら快諾してくださって……」


 俺はヴィーディアの瞳を見つめながら話を聞いた。

 表情から嘘をついているとは思えない。


「お、おい! 失礼だろ!」


 グレクが騒ぐが、ここは慎重にならざるを得ない。


「それだけですか?」

「はい。グレクさんには感謝しております」

「失礼ですが、ティルコアの滞在期間は?」

「特に決めていません」

「決めてない?」


 観光で期間を決めないことなんてあるのだろうか。

 しかし、ヴィーディアの表情は自然だ。


「はい。仕事を辞めたばかりで時間はあるんです。それに、港や海をゆっくり観光したいですし、先日出土された遺跡も見て回ろうと思っております」

「なるほど」


 人は嘘をつく時、表情や目線に仕草が出るという。

 訓練した者だとそれを抑えるのだが、逆に不自然な態度になる。

 ヴィーディアは一貫して自然な表情だった。


「仕事を辞めて、期間を決めずに観光ですか」


 仮にこの女が犯罪組織の人間だとしても、グレクに声をかけて得るものはないだろう。

 グレクはただの漁師だ。

 俺は少し過敏になっているのかもしれない。


「ヴィーディアさん、大変失礼しました」


 俺は深く頭を下げた。


「い、いえ。マルディンさんが仰ることは当然です。観光客が突然漁師さんに声をかけるなんて、やっぱり怪しいですよね」


 ヴィーディアが焦ってフォローしてくれた。

 この仕草も自然だ。


「おい、マルディン! ヴィーディアさんを疑ってんのかよ!」


 グレクが不満そうな表情を浮かべながら、俺の肩を掴む。


「お前も知ってるだろ? これまでこの町で何があったか」

「そ、そりゃそうだが……」


 毒魚の買付け事件や、凪の嵐(カーラル)襲撃事件も記憶に新しい。


「だが……、疑って悪かった」

「ま、まあ仕方ねーよな」


 グレクが俺の肩から手を離し、後頭部を掻いている。

 どうやら、納得してくれたようだ。


「それにしても、お前運が良すぎるだろ」

「なんだよ、マルディン。羨ましがってんのかよ」

「ちげーっつうの。だけど、不思議で仕方がない。お前が女性に声をかけられるなんてな」

「な、なんだと! てめえ、いつも美女といるからって調子に乗るんじゃねーよ!」

「はあ?」


 ラミトワが満面の笑みを浮かべ、自分の顔を指差している。

 グレクはラミトワのことを言ったわけじゃないと思うんだが……。

 なんとも幸せそうな表情だ。


「うふふ」


 ヴィーディアが口に手を当て、小さく笑った。


 これだけの美人に声をかけられたら、嬉しい気持ちも分かる。

 観光客と地元の漁師が親密になることはないと思うが、せっかくの機会だ。

 二人きりにさせてやるのが気遣いってものだろう。


 俺はヴィーディアに視線を向けた。


「ヴィーディアさん、観光を楽しんでください。グレクは海釣りにも連れて行ってくれるし、魚料理も上手い。釣った魚で何か作ってもらうといい」

「そうなんですね。じゃあそうしようかしら。うふふ」


 グレクに別れを告げ、俺たちは市場の食堂へ向かった。


 行きつけの食堂で、三人分の食事を注文。

 今日揚がったばかりの棘白鯛(トルグス)の刺し身だ。


 旨味が凝縮された濃厚な刺し身は、高級魚に相応しい。

 マスターが言うには、グレクが獲った棘白鯛(トルグス)らしい。


 隣に座るラミトワが、刺し身を食いながら俺の顔を見上げていた。


「ねえ、マルディン。二人きりにさせてあげるのはいいけど、観光客だよ。グレクさん、悲しい結果になるっしょ?」

「そんなことはグレクも分かってるさ。深入りはしないだろうよ」

「分かんないよー。恋に落ちるなんて一瞬だもん」

「お前、どこでそんな言葉を覚えたんだ? 恋愛経験なんてねーくせに」

「な、なんだと! ふざけんじゃねーよ!」


 立ち上がるラミトワ。


「私はこう見えてモテるんだぞ!」

「こう見えてって……。自分で言うなよ」


 フェルリートがラミトワの肩に手を置き、椅子に座らせる。

 そして、ラミトワを覗き込むように、その可愛らしい笑顔を向けた。


「でも、ラミトワは本当にモテるもんねー」

「ほら! フェルリートは分かってる! むふふ、刺し身を一枚あげよう!」

「あ、ありがとう……」


 ラミトワが自分の皿の刺し身を取り、フェルリートの皿に乗せた。

 若干迷惑そうだが、それでも笑顔でラミトワを見つめるフェルリート。

 珍しく悪戯な笑顔だ。


「ラミトワは昨日も告られてたもんね」

「なっ! なんでそれを!」


 フェルリートの言葉を聞いた瞬間、ラミトワの顔が一気に紅潮した。

 まるでティルコアの夕日のようだ。


「ほお、それは良かったな。付き合うのか?」

「あ、あれは違うよ!」

「違うって何がだ? 別にいいだろ?」

「と、ととと、友だちだよ」

「その態度じゃ、そう思えんが?」

「う、うるせー! 老い先短いおっさんのほうが先だろ! 早く結婚しろよ!」

「な、なんだと!」


 フェルリートが腹を抱えて笑っている。


 まさかこの俺が、こんな若い娘たちと恋愛話をする日が来るとは思わなかった。


 窓から入る穏やかな風が心地良い。

 こんな日が続けばいいと願うばかりだ。

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