第287話 旅の終わりと新たな出会い
◇◇◇
ヴェルニカがティルコアを旅立って一年が経過した。
ヴェルニカは亡き恋人ラクルの夢を叶えるために、ラクルの形見である長剣とともに世界を回った。
まず皇都タルースカで数カ月暮らして、冒険者ギルドの発祥の地である世界最古の国家、フォルド帝国へ入国。
さらに葡萄酒の名産地であるエ・ス・ティエリ大公国へ渡り、そこから南下して列国最強の騎士団を擁するイーセ王国を縦断。
そして、現在の冒険者ギルドの本国であるラルシュ王国を訪ねた。
「ラクル、あなたが見たがっていた世界はどうだった? 喜んでもらえたかしら」
一軒のバーで、ヴェルニカは葡萄酒を注文した。
バーのマスターに許可を得て、カウンター席の右隣にラクルの長剣を立てかけている。
「ねえ、ラクル。私……、そろそろ旅を終えてもいいかな?」
グラスを手に取り、エ・ス・ティエリ大公国産の葡萄酒を口にする。
「あなたとの思い出は大切だけど、私も前に進まなきゃ……。いいよね? あなたにも納得してもらえると思う」
ヴェルニカはラルシュ王国から帰国していた。
そろそろ故郷のティルコアへ戻るつもりだ。
皇都の繁華街のバーで、ラクルの剣といつものように酒を楽しんでいた。
「姉ちゃん、一人か?」
酒に酔った男が、ヴェルニカに声をかけた。
身長は二メデルトもあろう大男だ。
「どうだ、一緒に飲まねえか?」
「間に合ってます。恋人がいますので」
「恋人? どこにいるんだよ」
「隣にいるわ」
「はあ? 隣って剣だぞ?」
「そうよ」
「ぎゃはははは!」
大男が笑い飛ばした。
「こいつは失礼した。剣が恋人か。悪くはない。だがな……」
そう言いながら、大男がヴェルニカの肩に手を置く。
「本物の人間のほうがいいだろ? 楽しませてやるよ」
ヴェルニカの美しい青髪に、酒臭い顔を近づける大男。
引退したとはいえ、ヴェルニカは元Cランク冒険者だ。
こんな男に後れは取らないと、大男の手を強く払い除け、立ち上がった。
「バカにしないでくれる?」
「おいおい、俺とやろうってのか?」
「こう見えて元Cランク冒険者よ?」
「Cランクだと? そりゃすげー。ますます気に入った」
大男は再度ヴェルニカの肩に手を置く。
そして、強く肩を掴んだ。
テーブルのグラスが倒れ、葡萄酒がこぼれる。
「痛っ」
「もう我慢できねー! こっち来い!」
ヴェルニカは、もう一度大男の手を払いのけようとするも、全く動かない。
「ちなみに、俺はBランクだ」
CランクとBランクでは、実力の差は明白だ。
Bランク以上を上位ランクと呼び、Cランク以下を下位ランクと呼ぶほどに。
「くっ」
「おい、店の奥の部屋を借りるぞ!」
大声を出す大男に対し、バーのマスターは恐怖で動けなくなっていた。
「や、やめて!」
ヴェルニカの言葉を無視する大男。
店の奥に連れて行こうと、ヴェルニカの首に腕を回した。
「くくく、いい匂いだぜ!」
「貴様、女性は嫌がっているだろう?」
突然、一人の男が大男の腕を掴む。
黒い顎髭と鋭い眼光が特徴的な、精悍な顔つきの中年男性だ。
「ぐっ、何だてめえ? いて、いてててて」
腕を掴まれた大男は、ヴェルニカの肩から手を離し、その場にうずくまる。
「私が相手をしてやろうか?」
「離せ! 離せって!」
「みっともない真似はよせ」
「わ、分かったから! 離せって! いてーよ!」
「分かった? 舐めた口を利くな。ここで殺してもいいんだぞ?」
黒髭の男の声が低く響くと、全身から殺気が溢れた。
Bランクの大男は、それを感じ取る。
「ま、待て! す、すまなかった!」
「何だその謝罪は? 死にたいのか?」
「いてーって! いてーから! 折れるって!」
「口の利き方を知らぬようだな」
「や、やめてください! お願いします! お願いします!」
黒髭の男が手を離すと、大男は床に土下座した。
「すみませんでした! もうしません!」
「女性の分も払っていけよ」
Bランクの男はカウンターに金を投げるように置き、扉へ走っていった。
「大丈夫だったか?」
「あの……。ありがとうございます」
「礼には及ばんよ。皇都で観光客に迷惑をかける輩は許さないだけだ。わははは」
豪快に笑いながら、黒髭の男はマスターに視線を向けた。
「店主、女性に一杯出してくれ」
「か、かしこまりました」
マスターは素早くテーブルを拭き、新しいグラスに葡萄酒を注いだ。
黒髭の男はカウンターに座り、ヴェルニカに視線を向ける。
「皇都の者が迷惑をかけた。これは詫びだ。飲んでくれ」
まるで自分が責任を取るといった発言だ。
助けてくれたこともあり、ヴェルニカは黒髭の男の隣に座ることにした。
「本当にありがとうございました」
それに黒髭の男は、なぜだか人を惹きつける魅力があった。
まるでマルディンのようだと、ヴェルニカは少しだけ懐かしさを感じていた。
「この剣は?」
「恋人の形見なんです」
「形見か。そうか……。いい剣だな」
「ありがとうございます」
黒髭の男も葡萄酒を注文し、二人は乾杯した。
「おぬしは先ほど元冒険者だと言っていたが、今は違うのか?」
「はい。引退しました」
「その剣と関係があるのだな」
ヴェルニカは引退の経緯を伝えた。
この男になら話しても大丈夫という安心感があったからだ。
ただ、マルディンのことは伏せていた。
「そうか。亡き恋人の仇を取って引退したのか」
「はい。この剣と一緒に世界を回ったので、そろそろ故郷へ帰ろうかと思ってます」
「故郷に帰って何をするのだ? 冒険者に戻るのか?」
「冒険者には戻りません。故郷でバーを開こうと思ってます」
「バーか。それはいいな。おぬしなら客も入るだろう」
黒髭の男が葡萄酒を口にする。
「ところで、おぬしの故郷はどこだ?」
「ティルコアです」
「なんだと!」
これまで冷静だった黒髭の男が、目を見開いた。
「あの、ティルコアがなにか?」
「ティルコアで冒険者……。おぬし、もしかしてマルディンという男を知っておるか?」
「マルディン! 知っているもなにも……」
ヴェルニカは、最後のクエストがマルディンと一緒だったことを伝えた。
「そうか、あやつとクエストへ行ったのか」
「はい。当時のマルディンは実力を隠していたようですが、今ではAランクだそうです」
「Aランクどころではないぞ。おぬし、世界三大剣士は知っておるか?」
「もちろんです。ラルシュ王国にも行きましたし、何より我が国の皇帝陛下です」
世界三大剣士は、ラルシュ王国のアル国王、レイ王妃、そしてエマレパ皇国のキルス皇帝だ。
「ここだけの話だが、マルディンはエマレパ皇帝と戦って、勝利したのだぞ」
「え? だ、だって、キルス皇帝陛下は世界三大剣士ですよ?」
「嘘ではないぞ。あやつの実力には本当に驚いたものだ。わははは」
「……まるで、ご自身が経験したようですね。ふふ」
ヴェルニカが、笑みを浮かべながら葡萄酒を口にする。
黒髭の男の話は冗談だと分かっているが、マルディンであれば、皇帝陛下に勝っても不思議ではないと思ったからだ。
「おぬし、面白い女だな。名はなんという?」
「ヴェルニカです」
「そうか、ヴェルニカ。明日も皇都にいるのか?」
「はい、もう少ししたらティルコアへ戻るつもりです」
「分かった。ヴェルニカ、明日宮殿に顔を出せ」
「え? 宮殿ですか?」
「来れば分かる。ティルコアでバーを出すなら、ヴェルニカに頼みたいことがあるのだ」
「わ、分かりました」
宮殿に来いなんて、冗談にもほどがある。
だが、ヴェルニカは信用することにした。
黒髭の男は、そう思わせる圧倒的な存在感を放っていたからだ。
その後も少しだけ話して、男は店を出た。
もちろん、飲み代は全て黒髭の男が払っている。
しかも多めに置いていった。
「なんだか、凄く不思議な人だったなあ。少しマルディンに似てたし……」
宮殿へ行って何もなかったとしても、それはそれで笑い話になると考えていたヴェルニカだった。
そして翌日、ヴェルニカは言われた通り宮殿に足を運んだ。
そこで見たものは……。
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