第286話 副団長の憂鬱
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ラルシュ王国の王都アフラに建つ騎士団本部。
副団長室で、机に向かって書類を確認している一人の男性がいた。
ラルシュ王国騎士団副団長で、冒険者ギルドのギルドハンター顧問の肩書きを持つウィル・ラトズだ。
世界最高の双剣使いとして知られるウィルは、双竜という二つ名で呼ばれている。
「あー、書類仕事めんどくせーよ。何でオイラがやんなきゃいけないんだよ。ムカつく」
今確認している書類は、騎士団長に予算の承認を求めているのだが、団長であるリマ・ブロシオンは皇后陛下の警護で不在だ。
副団長のウィルは、団長と同等の決裁権を持っており、代わりに承認することができる。
そのため、書類の全ての項目に目を通さなければならない。
「リマのヤツ、レイ様の警護でほとんど本部にいねーしよ。オイラだって陛下の護衛っていう仕事があんだよ」
とは言うものの、国王は世界三大剣士の一人であり、その強さは突出している。
正式な外交時以外、警護は全く不要だった。
その国王アル・パートは現役Sランク冒険者でもあり、現在は一人でクエストへ出ている。
いや、正確には始祖二柱と竜種一柱と一緒だ。
これだけで一国の戦力を遥かに凌駕する。
そのため、警護は必要ない。
副団長室の扉をノックする音が響いた。
「ウィル副団長、ご機嫌いかがかな?」
「リックさんか。いいわけないっしょ。見てよこれ、リマの尻拭いだよ」
「はは。そうは言っても、ウィル君も団長と同等の権限があるんだ。君の仕事でもある」
「ちぇっ、簡単に言ってくれるよ」
部屋を訪れた男性は、調査機関局長兼冒険者ギルドサブマスターのリック・ライトだ。
世界的な組織である冒険者ギルドにおいて、ギルマスに次ぐ地位にいる。
リックの年齢は五十九歳で、ウィルとのつき合いは長い。
「ところで、君に任せたティアーヌの処遇は決めたか?」
「え? なに? そのためだけに騎士団本部まで来てくれたんだ。言ってくれればギルドへ顔を出したのに」
「構わんよ。リマがいないから忙しいと思ってたしね」
「なるほど。オイラのこの惨状を予想していたと……」
「そういうことだ。はは」
凪の嵐のアジトへ乗り込んだことで、ティアーヌには処罰を科すことが決まっていた。
もちろん、その原因はマルディンである。
「色々と考えたんだけどさ。ティアーヌは三週間の謹慎にしようと思ってるんだ。どうかな?」
「なるほど。仕事が生きがいのティアーヌには厳しい処分だ」
「アイツ、ずっと働いてきたっしょ? せっかく南国にいるんだし、ここら辺で一回ゆっくり休ませなきゃ。趣味すらないんだぜ? 浮いた話も聞かないし、年頃の娘なのにヤバいっしょ」
「ヤバいかは分からないが、謹慎は適切な判断だ」
「マルディンのバカも巻き込んで、ゆっくりしてくれるといいけどね」
「報告書を読んだが、マルディン殿も夜哭の岬との戦いやギルドハンターで、相当疲弊しているようだしね」
「そういうこと」
「では、調査機関として、正式に通告するよ」
「ああ、お願いするね」
本来の要件はこれで終わりなのだが、リックは一つだけ確認したいことがあった。
「ところで、ウィル君。これは仮定の話なのだが……。もしティアーヌがギルドを退職したいって言ったらどうする?」
「え? なに? そんなこと言ってんの?」
「いや、何も言ってない。ただ……」
「マルディンの元で働きたいって?」
「その可能性はあるだろう。現に特殊諜報室のシャルクナ殿も、マルディン殿のために設立された中央局調査室に、期間限定で異動したようだ」
「そうなの? ムルグスも思い切ったことすんな。断罪のシャルクナって言やあ、黒の砂塵でも一、二を争う諜報員じゃん。もったいねー」
「確かにそうなのだが、マルディン殿にはそういう魅力があるようだ」
ウィルが頭の後ろで両腕を組み、椅子の背もたれに全体重をかけた。
「アイツって、部下の扱いがすげー上手いんだよ。オイラも見習ってる部分があるもん。騎士団時代はマジでいい上司だったんだろうね。まあ、団長候補だったくらいだし」
「セーム港の赤い海事件か……。あれがなければ、今頃は団長だったと言われているが……」
「結局内乱があったから分からないけどね。まあ結果的に、あの国家戦力がギルドに来てくれたんだ。マルディンにとって追放は悪夢でも、こっちは幸運だよ。はは」
ウィルの言葉にリックは首を縦に振り、その言葉に同意した。
「で、ウィル君。ティアーヌはどうするつもりだ?」
「どうしても退職したいって言うなら許可するよ。だけど、マルディンと働くっていう理由なら、ギルド職員のままでいいっしょ。できれば手放したくない」
「その場合の待遇はどうするつもりだ?」
「リックさんには悪いけど、調査機関から外す。独自の予算を持たせ自由にやらせる。唯一の命令は、マルディンとギルドを繋ぐこと」
「つまり、マルディン殿のパートナーを務めるというとこかな?」
「そうだね。ティアーヌの実力なら申し分ない。今回の凪の嵐の件で改めて分かったよ。ティアーヌはマルディンについていける」
予想していた答えとはいえ、リックは小さく溜め息をついた。
「調査機関としてティアーヌを失うのは痛いが、それも仕方がない。認めよう」
「でもさ、仮の話だよ。もしそうなったら、だもん。大丈夫じゃない?」
リックも昔は調査機関の諜報員だった。
人の機微な感情を読み取ることに長けており、ティアーヌの心の動きを感じ取っていた。
「……そうだな。そう願うよ。はは」
要件を済ませたリックは、ウィルに背を向け扉へ向かう。
「では、ウィル副団長。嫌いな仕事を頑張ってくれ。ははは」
「くそっ!」
リックの退室を見てから、ウィルは机から離れ、窓際に移動した。
窓から入る夏の熱風が、身体にまとわりつく。
「ティアーヌの長期休暇か。とりあえず、資金を送ってやるか。旨いものでも食って、楽しんでくれるといいね」
これはマルディンの真似だ。
口は出さず金を出す。
自分が金を出したことも伝えない。
そうすることで、ティアーヌが変な気を使うこともない。
だが、この時のウィルは、まさかティアーヌが古代迷宮の宝探しに行くとは想像もしていなかった。
もし知っていたら……、ウィルも行きたがっていただろう。
もちろん、多忙なウィルには無理な話だが。
「はあ、仕事すっか」
溜め息をつき、机に向かった。
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