第285話 青髪の女は帰郷する4
俺はみんなに声をかけ、繁華街の酒場を予約した。
ヴェルニカの帰郷だ。
盛大に歓迎会を行うことにした。
日没を迎えると、続々と参加者が姿を見せる。
フェルリート、アリーシャ、ラミトワ、リーシュ、レイリア、ラーニャ、ティアーヌ、シャルクナ、パルマ、ジルダ、グレクといったいつものメンバーに加えて、冒険者たちや漁師など、ヴェルニカの顔なじみも大勢集まった。
ヴェルニカの人気の高さが伺える。
全員が揃ったところで、盛大な乾杯だ。
そして、ギルドの支部長であり、ヴェルニカの師匠でもあるラーニャが挨拶することになった。
「ヴェルニカちゃんが帰ってきたわ。みんな待っていたでしょう? ヴェルニカちゃんはもうこの町から出ないわよ。そして独身。私の言いたいことが分かるかしら? うふふ」
「な、なんつー挨拶だよ」
俺は呆れながら周囲を見渡す。
どうせみんなも呆れているだろうと思ったのだが、ラーニャの意図を汲んだ男どもが目の色を変えていた。
「ヴェルニカ! 俺と結婚しろ!」
「いや、俺だ!」
「バカ! 俺がいるだろ!」
「貯金して待ってたんだぞ!」
一気に熱量が上がる会場。
ラーニャが満足げな表情を浮かべ、ヴェルニカの肩に手を置く。
「ほら、ヴェルニカちゃん。ちゃんと会場を温めておいたわ。どう?」
「もう、ラーニャさん……。相変わらずなんだから。ふふ」
「うふふ、いいじゃないの。それじゃあ、挨拶お願いね」
ラーニャがヴェルニカに挨拶を促すと、ヴェルニカが会場の中心に進んだ。
「みんな! 帰ってきました! やっぱり故郷は最高ね!」
全員から拍手と歓声が上がる。
「落ち着いたら、私はバーを開くわ! みんな飲みに来てね!」
「マジか! 行くぞ!」
「酒なんて飲み尽くしてやる!」
「店ごと買うぞ!」
歓喜する男ども。
この様子を見れば、繁盛は間違いないだろう。
「あともう一つ聞いてほしいの! 大事な話よ!」
騒いでいた男どもが黙る。
すると、ヴェルニカは大きく息を吸い込んだ。
視線はなぜか俺を向いている。
「私、マルディンと結婚する! みんなよろしく!」
突然の宣言に、静寂が会場を支配した。
そして、すぐにどよめきに変わり、怒号が飛ぶ。
「ぶー!」
俺は盛大に麦酒を吹き出してしまった。
周りにいた娘たちが、俺の顔を見つめている。
「え? マルディン、本当なの?」
「マルディン、どういうことですか?」
「おい、おっさん! ふざけんなよ!」
「わー、結婚! 凄い!」
「ふーん、そうなんだ」
「あらあら、婚約者は私なのに?」
「えー! 私じゃダメですか?」
「それでも私はついていきますが……」
娘たちがそれぞれ勝手なことを言いながら、俺に冷たい視線を送っている。
俺には全く身に覚えがないし、そもそもヴェルニカと結婚するわけがない。
「ちげーよ! どう考えたって冗談だろ!」
全力で否定したが、俺は荒くれどもに囲まれてしまった。
男どもの最前列にいる二人。
「てめえ、ぶっ殺してやる!」
「マジで何なんだよ! てめえ!」
ジルダとグレクの眉間に、血管が浮き出ていた。
他の冒険者や漁師たちも同じだ。
俺はヴェルニカを睨みつけた。
「ヴェルニカ! お前なんつーことを!」
「嫌なの?」
「そういう問題じゃねーだろ!」
ジルダが俺の胸ぐらを掴む。
「てめえ! 表に出ろ! 今日という今日はもう許さん!」
「ちっ、いいだろう。面倒だからまとめてやってやる。全員表に出ろ!」
男どもが怒号を上げながら、続々と扉へ向かう。
俺も扉へ進むと、レイリアが俺の肩を軽く叩いた。
「ねえ、ほどほどにしなさいよ。私の仕事を増やさないでね」
「おいおい、どう見ても俺のせいじゃねーだろ」
扉に手をかけると、フェルリートが俺の顔を見上げていた。
「マルディン。大丈夫?」
「こんなの遊びだよ遊び。ヴェルニカが帰ってきて、みんな嬉しいのさ」
俺はフェルリートの頭に、そっと手を乗せた。
すると、背後から強烈な殺気を感じた。
「マルディン様、私が相手をしましょうか?」
「や、やめろ! お前がやると洒落にならん! 殺気を出すな!」
シャルクナの表情は真剣そのものだ。
必死にシャルクナを説得して表に出ると、数十人の男どもが立っていた。
「てめえ、Aランクだからって調子に乗ってんじゃねーよ!」
「フェルリートを返せよ!」
「いいや、こいつはアリーシャと仲が良すぎるんだよ!」
「ラミトワは別にいいが、美女を独り占めしすぎだろ!」
「俺はティアーヌさんが好きなんだよ!」
「シャルクナさんを俺にくれよ!」
騒ぎ立てる男どもをかき分け、ジルダとグレクが先頭に立つ。
「おめーら! マルディンに勝って、好きな女を奪い返せ!」
「「「おー!」」」
◇◇◇
店の窓から、ラーニャが楽しそうに様子を眺めている。
まるで心配していない。
そんなラーニャに、部下であるパルマが近づいた。
「支部長、止めなくていいんですか?」
「あなたに止められる?」
「い、いえ、こうなったらもう無理です」
「みんな楽しんでるんだからいいじゃないのよ」
「楽しんでるって……。多勢に無勢ですよ?」
「大丈夫よ。そもそも手を抜いた状態ですら、マルディンに敵う者はいないもの」
「言われてみれば、そりゃそうですね。はは」
「あ、でも、マルディンが敵わない相手もいるわねえ」
「え? 誰ですか? そんな実力者がうちにいましたっけ?」
「いるわよう。それもたくさんね。うふふ」
ラーニャはこれから起こることを予想して、微笑みながら葡萄酒を口にした。
◇◇◇
次々と俺に挑んでくる男ども。
俺は手加減しながら、素手で沈めていく。
「ぐうう。強すぎる……」
「この化け物が……」
「Aランクはやべえって」
全員が腹を抑え、地面にうずくまっている。
「ったく、どうしていつもこうなるんだ。飲み直しだ」
俺は扉へ向かう。
しかし、入口には一人の娘が立っていた。
「次は私が相手だよ?」
「お、おい、フェルリート」
「もう許さないんだから!」
「許さないって、お、お前……」
フェルリートが両手を腰に当て、立ちふさがり、珍しく俺を睨みつけている。
「フェルリート! 私も手伝う! こんなおっさん、やっちまおーぜ!」
ラミトワが便乗してきた。
「ま、待て!」
ヴェルニカに視線を向けると、肩を丸め萎縮していた。
「ラーニャさん、ごめんなさい。これほど大事になるとは思わなくて」
「そうねえ。でも、これはヴェルニカちゃんが悪いんじゃなくて、マルディンが悪いのよ」
レイリアがヴェルニカの肩に手を置いた。
「そうよ、ヴェルニカ。誰かさんが、いつまでもはっきりしないからよ」
レイリアが冷たい視線を俺に向けている。
絶対に悪ノリして楽しんでいるようだ。
普段のレイリアは、こんなことを言わない。
「ちょっと! マルディン! どこ向いてるの! ほら、かかってきなさい!」
「かかってこいよ! おっさん!」
フェルリートとラミトワが拳を構えた。
その姿を見て、俺は両手を上げて降参する。
「まいったよ。俺の負けだ」
「負けってなによ! まだ勝負はついてないよ!」
「なに! おっさんの負け! じゃあ飛空船ちょうだい! ちょうだい!」
喜びの舞と叫びながら、センスのない踊りを披露するラミトワ。
俺はフェルリートの肩に手を置く。
「ま、まあ、ほら、飲み直そうぜ」
「もうそうやっていつもはぐらかす! マルディンのバカ! ふん! ふん!」
フェルリートが俺の腹を何度も殴ってくる。
もちろんフェルリートは加減しているし、俺も全く痛くない。
子どものかわいい喧嘩のようだ。
「ラミトワ! 踊ってないでフェルリートを止めろ!」
「飛空船くれたらいいよ」
「ふざけんな!」
なんとかフェルリートをなだめ、俺は会場に戻る。
しかし、アリーシャ、レイリア、ティアーヌが腕を組んで立っていた。
「私たちとも勝負しますか?」
「負けないわよ?」
「真剣勝負です!」
「マ、マジかよ。もう無理だって……。勘弁してくれ……」
三人とも絶対楽しんでいる。
その証拠に、表情は明るい。
それにしても、ヴェルニカの帰郷は嬉しいが、これほどの騒動を起こすとは思わなかった。
「はあ、とんでもない奴が帰ってきちまったぜ」
俺は三人をなだめようと近づく。
すると、背中を二回叩かれた。
「マルディン、助けてあげるわよう?」
「助かるぜ」
振り返るとラーニャの姿があった。
嫌な予感しかしない。
「その代わり、私と勝負してね」
「お、お前は無理だ! マジで死んじまう!」
ラーニャの勝負は、いわずもがな酒だ。
マジで命に関わる。
俺はヴェルニカに視線を向けた。
「ヴェルニカ! お前のせいだぞ! 責任取れ!」
「え? じゃあ、責任取って……」
「ま、待て! その先は言わなくていい! やめろ!」
俺が頭を抱えると、娘たちが全員で声を出して笑い出した。
「マルディンに勝った!」
大騒ぎする娘たちに、溜め息しか出ない。
まあでも楽しそうで何よりだ。
ヴェルニカが、葡萄酒のグラスを俺に手渡してくれた。
「マルディン、ごめんなさい」
「マジで勘弁してくれ。だが、帰郷は心から歓迎するよ。おかえり、ヴェルニカ」
「あ、ありがとう……」
俺は改めてヴェルニカと乾杯した。
そして、復帰してきた男どもと大騒ぎしながら、夜は更けていった。




