第284話 青髪の女は帰郷する3
「ちっ。離れろよ」
「本当は離れたくないくせに」
「ふざけんな。離れろ」
「もう、すぐ怒るんだから。中年ってやーねえ」
「お前もだろ!」
「はあ? 死にたいの?」
ラーニャの腕に力が入る。
「ぐっ! 首を……締めるな!」
「私は中年?」
「お前は……若いよ」
「その通りよ」
やっと俺から離れたラーニャ。
そのままヴェルニカの肩に手を置いた。
「ヴェルニカちゃん、おかえりなさい!」
「ラーニャさん!」
ヴェルニカが席を立ち、ラーニャに飛びつく。
「わー! ラーニャさん、お久しぶりです!」
「元気そうでよかったわ。うふふ」
「会いたかったんです!」
「私もよ」
二人は強く抱き合っている。
まさに再会の抱擁だ。
しばらくして、ラーニャがヴェルニカの隣に座った。
ラーニャは仕事中のはずだが、ここに居座るのだろうか?
フェルリートが、ラーニャに珈琲を出してくれた。
ラーニャは酒を飲みたがっていたが、さすがにフェルリートが拒否する。
ラーニャに酒は飲ませない。
「ヴェルニカはラーニャの弟子だったんだよな」
「そうよお、優秀な弟子だったのよお?」
抱きつく癖や、笑えない冗談を言うところも教わったのだろうか。
本当に似たもの師弟だ。
「ねえ、ラーニャさん。マルディンって、まだ結婚してないんですね。一年経ったから、さすがに誰かと結婚してると思ってたのに」
「マルディンは私狙いなのよ。もう少ししたらね。うふふ」
「あら! 本命はラーニャさんだったんですね!」
「そうなのよ。私のことが好きなんだって。困っちゃうわあ」
反論するのもバカバカしい。
「ちげーだろ。何言ってんだ。早く仕事に戻れ」
「そうなのよお。今忙しくてえ」
「じゃあ早く行け」
「本当は私にいてほしいくせに」
「マジで疲れるわ……」
ラーニャが勝ち誇った表情を浮かべている。
それがまたムカつく。
まあでも、愛弟子の帰郷だ。
高揚する気持ちは分からなくもない。
ラーニャが笑みを浮かべながら、珈琲カップを手にした。
「ところで、ヴェルニカちゃん。帰郷してくれたのは嬉しいけど、これからどうするの? 冒険者に戻る? あなたは引退しちゃったから、もう一度試験を受け直さなきゃいけないわよ? まあ、あなたなら問題ないけど」
「そのことなんですが、私はこの町でお店を出そうと思ってるんです」
「お店?」
「はい。小さなバーをやろうと思ってます」
「あら、いいじゃない! 開店したら通っちゃうわよう」
「えー、ラーニャさんが来たら、一日でお酒がなくなっちゃいますよ。ふふ」
「大丈夫よ。マルディンと一緒に行くから。マルディンはお酒が弱いもの」
自分で言うのもなんだが、俺は酒を飲むほうだ。
ラーニャが異常すぎる。
俺が出会った人物で、三本の指に入るほどの酒豪だ。
「嫌だよ。お前とは飲まないって決めてるんだ」
「ケチ」
「ケチとかいう問題じゃない。命に関わる」
「女性の誘いを断るなんてねえ。だからモテないのよう」
「うるせーな!」
俺はラーニャを無視して、ヴェルニカに視線を向けた。
バーを出すという話が気になる。
「なあ、ヴェルニカ。開業資金はあるのか?」
店を出すとなると、まとまった金が必要になるはずだ。
ヴェルニカが無計画で開業するわけはないと思うが、旅から帰郷したばかりで、資金が足りないかもしれない。
ヴェルニカだったら、俺が資金援助してもいい。
「それがね、出資してくださる方がいるのよ」
「へえ、そりゃ凄いな。じゃあ資金の問題はないのか」
「ええ、そうなのよ。私も驚いたわ。本当に運が良かったの」
先日の遺跡発掘のことも含めて、ティルコアはさらに発展していくことが約束されている。
それに、ヴェルニカの人柄なら、店の成功は間違いない。
恐らくそれを予想して、優秀な商人が出資したのだろう。
「店の場所は決めてるのか?」
「まだよ。これから決めるわ」
俺は以前、ジルダと飲んだ時の話を思い出した。
「そういえば……。なあ、ヴェルニカ。海の石が新しい冒険者ギルドを建設してるのは知ってるか?」
「え? そうなの?」
ヴェルニカの隣で、ラーニャが大きく頷いていた。
「そうよお。うちは支部に昇格したから、新しいギルドを建設中なの。そろそろ完成するわよ。総本部が全予算を捻出してくださったから、とても大きな支部になるのよ。レイベール州で最大級よ」
「ええ! 凄いですね!」
「マルディンが活躍してくれたからなのよ。だから、マルディン支部って名前になるのよ」
「すごーい! かっこいい!」
最後の話は嘘だし、ヴェルニカも分かっている。
二人して俺をからかって遊んでいるだけだ。
この師弟と絡んでると、頭が痛くなる。
「嘘言うんじゃねーよ。で、海の石はその隣に、商業用の建物を建設してるそうだ。海の石の所有で、賃貸にして家賃収入を目的にするって話だぞ」
「え? 本当に?」
「ああ、そろそろ募集するってさ。ジルダが、店子が入るか心配だってほざいてたぞ」
「じゃあ、そこにしようかな。ジルダさんに聞いてみるわね」
「場所は悪くないと思うが、冒険者の溜まり場になるぞ?」
「いいじゃない。楽しそう」
元冒険者のヴェルニカなら問題ないだろう。
荒くれどもも、ヴェルニカの言うことは聞くはずだ。
もし何か問題があっても、師匠のラーニャがいるし、俺も協力する。
「じゃあ、ヴェルニカの新たな門出を祝って乾杯するか」
「嬉しい。ありがとう」
ヴェルニカがグラスを掲げると、ラーニャが俺のグラスを強奪した。
「嬉しいわあ」
「お前はダメだ。仕事に戻れ」
俺はグラスを奪い返す。
すると、ラーニャは俺を睨みつけた。
「ケチ! たまには一緒に飲んでくれたっていいじゃない! 婚約者なのに!」
「ちげーだろ!」
「マルディンのバカ! ケチ! おっさん! 意気地なし!」
「意気地なしってなんだよ……。ったく、お前が仕事終えたら、ちゃんと一緒に乾杯するに決まってるだろ。早く終わらせてこい」
ラーニャが目を見開いていた。
「あら! あら!」
頬も僅かに赤くなったような気がしたが、すぐにいつもの表情に戻った。
「もう……あなたって……。本当にそういうところよね」
「私もそう思います。マルディンってそういうところですよね」
師弟が同じことを言っているが、意味が分からない。
「な、何を言ってんだ?」
「さて、マルディンが私に会いたがってるから、仕事を終わらせてこよーっと。ヴェルニカちゃん、またあとでね」
やっとラーニャがいなくなった。
あの女の相手は本当に疲れる。
ただ、ラーニャにとって弟子の帰還だ。
準備しておいてやろう。




