第283話 青髪の女は帰郷する2
「やっぱり、あなた凄い人だったのね」
「んなことねーって」
「今や世界的な剣士として知られてるもの。本当に凄いわよね」
「はあ? 俺が世界的剣士? 冗談にも程があるぞ」
「あのねえ、この田舎に住んでたら分からないかもしれないけど、あなたの名声ってとんでもないのよ? 旅先では必ず冒険者ギルドへ立ち寄ったけど、どの国も、どの地域も、あなたの噂で持ちきりだったもの。冒険者が話す内容って、大体マルディンかアル陛下の話なのよ」
「嘘だろ……」
自業自得とはいえ、噂になるのは面倒だ。
厄介事が増える。
俺はのんびりと暮らしたい。
まあでも、どんなに噂をされても、ティルコアにいる限り大丈夫だろう。
「ところで、マルディン。私を待っててくれたんでしょ?」
「ああ、もちろんさ。お前の帰りを待ってたぞ」
「ふふ、嬉しい」
ヴェルニカが周囲を見渡す。
フェルリートはキッチンに入っていて、今はカウンターに誰もいない。
ヴェルニカが俺の耳に顔を近づけた。
「ねえ、マルディン。私と結婚する?」
「ぶー!」
「汚いわねえ」
「突然意味の分からんこと言うからだろ!」
「あら? 誰かと結婚しちゃった?」
「してねーよ!」
「じゃあ、私でいいじゃない」
「お前にはラクルがいるだろ」
「あのねえ、死んだ人間とどうやって結婚するのよ。人は前に進むの。だから私は帰って来たのよ」
確かにヴェルニカの帰りを待っていたが、そういう意味ではない。
たちの悪い冗談に返す言葉が見つからず、俺は誤魔化すようにグラスに残った葡萄酒を一気に飲み干した。
「さて、冗談はここまでにして……」
やっぱり冗談だった。
しかし、年頃の娘が言う冗談ではないだろう。
「ねえ、フェルリートとはどうなったの?」
「どうって?」
「付き合ってるの?」
「はあ? 何言ってんだ?」
空になった俺のグラスに、ヴェルニカが葡萄酒を注ぐ。
窓から入る日光が、波打つ真紅の液体をさらに輝かせていた。
「呆れた。あなたフェルリートとまだ付き合ってないの?」
「なんでそうなるんだよ」
「どうするのよ?」
「どうするって? 何をだ?」
「フェルリートのことよ」
「はあ? どうするもこうするもないだろ? 年齢を考えろよ」
「そんなに気にするほど離れてないでしょ?」
「離れてるよ!」
俺はもう一度葡萄酒を口に含んだ。
「じゃあ、アリーシャなの? 彼女も恐ろしいほどの美人だものね。年齢もちょうどいいんじゃない? 料理は上手いし、一流の解体師だし、あなたと相性もいいでしょう?」
「だからなんでそうなるんだよ!」
「えー、違うの? うーん。ラミトワ……ではないわね。他にいたかしら……。美人だと……。あ! もしかして、レイリア先生? でもなあ、レイリア先生はさすがに高嶺の花すぎるわ。マルディンでも無理かな。世界を旅したけど、あの人ほどの女性はいなかったもの」
「ラミトワでもレイリアでもねーよ! 俺はまだそういうのはいいんだよ!」
「まだ?」
「揚げ足取るんじゃねーよ!」
「ふふふ、ごめんなさい」
ちょうどキッチンからフェルリートが姿を見せた。
ホールに料理を運んでいる。
「フェルリート! 葡萄酒をくれ!」
「はーい!」
料理を運び終えたフェルリートが、葡萄酒を一本持ってきてくれた。
俺は無造作に栓を開け、グラスに注ぐ。
「ねえ、怒らないでよ」
「怒ってねーよ」
「ほら、怒ってるじゃん」
注いだ葡萄酒をすぐ口に含んだ。
「ごめんなさい。怒らないで。でも、相手がいなくて困ったら、私が結婚するから言ってね」
「ぶー!」
「あなた、さっきから葡萄酒を吹き出してばかりよ?」
「お前のせいだろ!」
「久しぶりに会ったから嬉しくてね。ふふふ」
「ったく……」
悪戯な笑顔を見せるヴェルニカ。
俺は溜め息をつきながらも、ヴェルニカのグラスに葡萄酒を注いだ。
「ところでマルディン。聞いた話によると、あなたって豪邸に住んでいて、物凄い美人のメイドさんが住み込みで働いてるんでしょ?」
「誰に聞いた?」
「ジルダさんとグレクさんよ」
「ちっ、あのバカ二人か」
「でも、この町に家を持つってことは、住み続けるってことよね?」
「ああ、そうだよ。みんなにはもう話してるけど、俺は祖国を永久追放された。だからここが俺の故郷だ」
「ふふ、嬉しい。お互いお爺ちゃんお婆ちゃんになっても、こうして飲めるものね」
「そうだな。それは保証できるぞ。あっはっは」
突然、俺の視界に二本の腕が見えた。
白く細い腕が、俺の首に巻きつく。
「ねえ、私とも飲んでくれるの?」
「うわっ!」
背後から抱きつかれた。
俺に一切の気配を感じさせず、こんなことができる……、いや、こんなふざけたことをする人間は一人しかない。




