第282話 青髪の女は帰郷する1
◇◇◇
「うわー、変わらないなあ」
港町ティルコアの馬車駅で、一人の女が馬車を降りた。
鮮やかな青色の短髪が特徴的な、小柄でしなやかな細身の女。
真っ白な肌は、南国の日差しを浴びて輝いている。
「やっぱり暑いわね。でも……気持ちいいなあ。ふふ」
革製の大きなトランクケースを手に持ち、町道を歩き始めた。
「早くみんなに会いたいな。……マルディンは元気かな」
◇◇◇
太陽がちょうど頭上に来た。
降り注ぐ日光が肌を焼く。
猛暑の中、俺は冒険者ギルドに向かっていた。
「やっぱ昼は暑いぜ。楽なクエストが残ってればいいけどな」
午前中に終わらせるつもりだった作業が長引き、正午を迎えてしまった。
楽なクエストは争奪戦のため、朝一でなくなってしまう。
ギルドに到着し、クエストボードを眺める。
「残ってないか……。そりゃそうだよな……」
これというクエストはない。
楽なクエストを受注するためには、朝から来る必要がある。
「ひとまず飯を食うか。あとでまた探そう」
気を取り直して食堂へ移動すると、フロアに人だかりができていた。
「ん? どうしたんだ?」
「あ、マルディン!」
俺に気づいたフェルリートが、カウンターから走って出てきた。
「よう、フェルリート。これ、なんだ?」
「ふふ、ヴェルニカが帰ってきたんだよ」
「ヴェルニカ? ヴェルニカって……」
「あのヴェルニカだよ。一緒にクエストへ行ってたでしょ?」
「なに! ヴェルニカが帰ってきたのか!」
「だからそう言ってるじゃん。ふふ」
元Cランク冒険者のヴェルニカ。
一年前に亡き恋人の仇を取り、この町を旅立った。
恋人の夢を胸に、旅をしていたはずだ。
人だかりから、一人の女性が顔を出した。
細身で小柄な身体、美しい青髪、一年前に旅立った時と同じ姿だ。
いや、髪は少し伸びたか。
「マルディン! ただいま!」
「ヴェルニカ!」
ヴェルニカが走って俺に抱きついてきた。
俺もヴェルニカの背中に手を回し、再会を喜ぶ。
「あなた、変わらないわね」
「お前もな。あっはっは」
そして、お互い離れて握手を交わす。
ヴェルニカは俺の顔を見上げながら、満面の笑みを浮かべている。
「ねえ、待っててくれた?」
「待ってるって約束しただろ?」
「ふふ、そうだったわね」
「みんなに挨拶したのか?」
「ええ、ここにいるみんなとは挨拶したわ。嬉しくて、みんなに抱きついちゃった。ふふ」
「そうだな。一年ぶりだもんな」
「ねえ、席に座ってゆっくり話さない?」
「ああ、構わんぞ」
俺たちはカウンターに座り、昼から麦酒で乾杯した。
ヴェルニカの帰郷だ。
クエストなんかに行ってる場合じゃない。
「ヴェルニカ、旅はどうだった?」
「たくさんの場所へ行ったわ。ラクルが見たかった場所へね。皇都で数カ月暮らして、フォルド帝国、エ・ス・ティエリ大公国、イーセ王国を回ったわ。そして最後にラルシュ王国へ行って、冒険者ギルドの総本部を見たわよ」
「そりゃ凄いな。ラクルも喜んだんじゃないか?」
「ええ、彼の長剣と一緒に回ったわ」
ヴェルニカの恋人だったラクルは、将来を嘱望されたBランク冒険者だったが、クエスト中にモンスターとの戦いで亡くなった。
冒険者という職業の危険性を、改めて思い知ったものだ。
「ラクルの長剣をお墓に返してきたの。世界を旅した剣は、彼と共にいるべきだと思ってね」
ヴェルニカは少しだけ悲しげな表情を浮かべながら、麦酒を口にした。
「ねえ、マルディン。あなたにもらったお守りが役に立ったわ」
俺はヴェルニカとの分かれの際に、お守りを渡していた。
中には金貨十枚を忍ばせて。
「実はスリにあってね。お金がなくなって困り果てた時に、あなたの言葉を思い出したの。で、開けてみたら金貨が十枚も入ってたんだもの」
「そうだったっけ?」
「嬉しくて涙が出てきたわ。本当にありがとう」
「金貨のことは知らんが、役に立ってよかったよ。あっはっは」
「もう、とぼけちゃって。本当にいい男なんだから」
「なに言ってんだよ。ほら飲むぞ」
俺は麦酒を一気に飲み干した。
「フェルリート、葡萄酒を頼むよ。グラスは二つだ」
「はーい」
二つのグラスに葡萄酒を注ぎ、もう一度ヴェルニカと乾杯した。
ヴェルニカは、さっきからずっと俺の顔を見ながら微笑んでいる。
「ねえ、マルディン。あなたって今はAランクなんでしょ?」
「まあ、そうだな」
「それも試験は満点で、ネームドを討伐したっていうじゃないのよ。さすがに驚いたけど、でもマルディンなら当然って納得しちゃった」
「満点もネームドも偶然さ」
「偶然? 違うでしょ。実力よ。だって、私は皇都に住んでいたけど、あなたの噂を聞いたもの」
「皇都で俺の噂? こんな田舎町の冒険者が?」
「……皇帝陛下に勝ったって聞いたわよ」
「ぶー!」
「汚いわね」
どこからその噂が流れたのか知らないが、皇軍との訓練で試合をした時のことだろう。
噂の出どころも予想がつく。
皇軍がそんな話を外部に漏らすわけがない。
つまり、噂の発信元はキルス自身だ。
あいつは自分が負けたことを誇らしげに話すような、頭のおかしい奴だった。




