第281話 変人の夢5
数日後、割れた水瓶が止んだことで、俺とアリーシャとトアロは発掘現場に向かった。
土砂崩れによって横穴は埋まっている。
それどころか、崖自体が大きく崩れていた。
だが……。
「お、おい! トアロ! 見てみろ!」
俺は崖があった方向を指差した。
「す、凄い……」
「これだ……。私はこれを探し求めていたんだ……」
アリーシャは両手を口に当て、トアロは大きく目を見開いている。
崩れた崖の中から、何本もの石柱が姿を現していた。
割れた水瓶が洗い流してくれたようだ。
「トアロ先生の論文通りですね」
「ぐっ……」
「ほら、先生。ちゃんと見てくださいよ。そして、この遺跡のことを教えて下さい。ふふ」
「そう……だな……」
アリーシャがトアロの背中に、そっと手を当てた。
トアロは顔を伏せ、目頭を押さえている。
そんなトアロを、アリーシャは気遣っていた。
しばらくして、俺たちは石柱の元へ移動。
地面はぬかるんでいるが、もう土砂崩れの危険はなさそうだ。
石柱の長さは一本十メデルト近くあり、太さは大木並だ。
トアロが石柱に触れた。
「これは神殿なんだ」
「神殿?」
「ああ、古代王国よりもさらに前の時代にあった文明の神殿だ。その文明の始まりがこのティルコア周辺でな。この神殿は、その文明を象徴する巨大神殿なんだ」
「初めて聞いたぞ?」
「ああ、私が唱えた説だからな。誰も信じないどころか、バカにされたよ。さらに私は……」
トアロが言葉を止め、俺の顔を見つめていた。
「私は……、学会を……追われたんだ」
「なんだって?」
「学者と名乗っているが、実は学会を追放されているんだ」
「追放……」
「マルディン隊長と一緒さ。ははは」
俺の肩に手を置くトアロ。
「だが、これで証明できた」
「そうだな。すげーよ、トアロ先生」
「お前のおかげだ」
「俺は何もしてないぞ」
「お前に助けられたからこそ、この遺跡を見ることができた。心から感謝する」
俺に向かって姿勢を正し、深く頭を下げるトアロ。
「やめろって!」
俺は照れを隠すために、アリーシャに視線を向けた。
アリーシャは真剣な眼差しで、石柱を何度も触っている。
腰のバッグから拡大鏡を取り出して表面を観察したり、解体短剣の柄で叩き、音を確認していた。
「トアロ先生……。もしかして、これって……。まさか……」
「気づいたか。さすがだな。そのまさかなんだよ」
「嘘でしょう……。信じられない……。信じられない……」
今度はアリーシャが涙を流す。
石柱に両手を添え、額をつけて祈るように瞳を閉じている。
俺は二人の会話についていけない。
「一体どういうことなんだ?」
トアロが笑顔でアリーシャを見つめた。
アリーシャに説明させるつもりなのだろう。
アリーシャがハンカチで涙を拭った。
「これは石ではありません」
「石じゃない? じゃあなんだ?」
「モンスターの骨です」
「骨だと? こんな巨大な骨があるわけないだろ?」
「あるんです」
「バカな。それこそ竜種くらい……だ……ろ……」
俺は口に出しながら、そのバカげた話が現実であることに気づいた。
「バカな! これが竜種の化石だと!」
「そうです」
「な、何で分かるんだ!」
「私は冒険者ギルドの総本部で、オルフェリア様に竜種の骨や化石を見せていただいたことがあります。それと同じなんです」
「これが……竜種の化石……」
世界に数十柱存在すると言われている竜種。
始祖と並ぶ生物の頂点だ。
創造を司る始祖と対照的に、竜種は破壊を司る。
それ故に、人の生活を脅かすこともあった。
詳しいことは知らないが、竜種の寿命は無限と言われている。
だが、不老不死ではない。
竜種といえども確実に死は訪れる。
化石ということは、遥か太古に死んだ竜種なのだろう。
「これは世界を揺るがす大発見です。この地が文明の起源の一つであることに加え、人類が竜種の素材で神殿を作っていたことも」
「ああ、アリーシャの言う通りだ。ここは世界的に重要な地になる。それを発掘したのが、マルディン。お前だ」
俺の顔を見つめているトアロ。
その瞳は滲んでいる。
「俺は何もしてないさ。トアロの信念と努力の結晶だ。これほどの偉業をたった一人で成し遂げた。心から尊敬するよ」
「違う。お前のおかげだ。本当に……本当に……、本当にありがとう」
トアロが号泣しながら、俺を抱きしめてきた。
人からバカにされようが、己の信念を貫き、己の信念に人生をかけた男の達成だ。
感極まるのは当たり前だろう。
悪くない。
俺もトアロを強く抱擁した。
「あんた、本当に凄いよ」
「痛っ!」
「す、すまん」
「お前に折られた肋骨が痛むんだよ」
「折ってねーだろ!」
「この骨折もいい思い出だ」
「だから折ってねーだろ!」
俺たちが離れようとすると、アリーシャも抱きついてきた。
「いいなあ。男の人たちって。二人ともかっこいいです」
「お、おい。アリーシャ」
トアロが困惑しながら顔を赤らめている。
照れているようだ。
「本当におめでとうございます。私も嬉しいです。ふふ」
三人でしばらく喜びを分かち合う。
そして、可能な限り遺跡を整備した。
――
日が傾き、空が赤く染まり始める。
俺は夕焼けを映す海と、それを照らす夕日を眺めた。
この地に太古の遺跡があったということは、ここで人が生活していたということだ。
「時代は変わっても、どれほどの年月が経っても、この夕日は変わらないのか……」
「そうだな。星にも寿命があると考えられているが、どれほどの長さなのか想像もできない。まさに悠久の年月だよ」
「太古の人々も、この夕日を見ていたということか」
「ああ、この神殿できっと祈っていたに違いない」
太古から変わらない夕日。
そして、今では俺の故郷の夕日。
「マルディン、私は国に帰ったらもうこの地に来られない」
「残念だが、仕方ないよな」
「だけど、お前とはまたいつか会いたい」
「俺はもう国に帰れないんだよ」
「そんなことないさ。いつか帰れる日がくる。諦めなければきっとな」
状況は変わらないだろう。
それでも、トアロの言葉が嬉しかった。
信念を貫き、夢を実現させた男の言葉だ。
力強く説得力がある。
「そうだな。そうなるといいな」
俺は沈みゆく夕日を、ただ見つめた。
◇◇◇
トアロは故郷へ帰った。
遺跡の研究を信頼できる研究者たちに託して。
その研究者以外にも、いくつも国の研究機関や、冒険者ギルドの研究機関が発掘を開始。
ティルコアはさらに人が集まることになり、これまで以上に発展していくこととなった。
トアロは家業を継ぐという。
トアロがこの地を訪れることは、もう二度とない。
学会を追放されながらも、信念だけでこの地の発掘を続け、本当に遺跡を掘り当てたトアロ。
そんなトアロを、マルディンは心から尊敬した。
マルディンの人生にまた一人、大きな影響を与える人物となったのは間違いない。
トアロもマルディンに感謝しており、遺跡の発見者として、この文明の名にマルディンの名を取り入れたいと申し出た。
しかし、マルディンはそれを丁重に辞退。
そして、この文明は『トアロ文明』を名付けられた。
◇◇◇




