第28話 亡き恋人に捧ぐ剣6
俺は討伐完了を知らせる狼煙を上げた。
森の中でもキャンプ地では上空の確認が可能だ。
しばらくすると、荷車に乗ったアリーシャとラミトワが到着した。
アリーシャが手際良く青吐水竜を解体し、ラミトワが迅速に防腐処理を行いながら荷車へ乗せていく。
俺も運搬を手伝う。
「さあ、帰ろう」
ラミトワが操縦する荷車は森を抜け、町道をゆっくりと進む。
討伐したにもかかわらず、帰りの荷車では誰一人として口を開かない。
俺の隣の座席で、ずっと外の景色を眺めているヴェルニカの姿が印象的だった。
「帰ってきたぞ」
正午過ぎにギルドへ帰還。
青吐水竜の素材を下ろし、受付でクエスト終了の報告を行う。
全ての手続きを終え、俺たちの前に立つヴェルニカ。
「皆……ありがとう」
ヴェルニカが少しだけ笑顔を見せ、深く頭を下げた。
「三日で討伐か。悪くないな」
「そうですね。ヴェルニカの討伐は素晴らしいものでした」
「私の案内が良かったんだよ!」
ラミトワの言葉で全員が笑い声を上げた。
「ねえ、皆。素材代が金貨三枚になったの。皆で分けて」
ヴェルニカが、俺とアリーシャとラミトワに金貨を一枚ずつ手渡す。
今回のクエストで、俺は金貨三枚受け取った。
「本当にお前の分はいらないのか?」
「ええ。仇が討てただけで十分よ」
「そうか……」
俺はヴェルニカから受け取った金貨を見つめた。
――
その夜、ギルドに仲間が集合。
ヴェルニカは正式に冒険者を引退するということで、引退式を行った。
仲間の引退は盛大に祝う。
これがこの町のギルドのならわしだそうだ。
俺にとって仲間の引退は初めてのこと。
「引退式か」
国を追放となった俺には、少しうらやましくもあった。
冒険者カードを返納したヴェルニカ。
全員が一階の食堂に移動。
「ヴェルニカの未来に! 乾杯!」
「乾杯!」
「さあ飲むぞ!」
食堂で酒盛りが開始。
港町らしく、テーブルには数々の魚が並んでいる。
討伐した青吐水竜の肉や、昨日ヴェルニカが狩猟した黒森豚も調理されていた。
特に青吐水竜の肉は好評で、脂身が少なく歯応えがあり噛めば噛むほど味が出ると、屈強な冒険者共が喰らいついている。
俺はバーカウンターで、食堂の中心にいるヴェルニカを眺めながら葡萄酒を飲んでいた。
仲間に囲まれているヴェルニカ。
「ヴェルニカは人気者だな」
時に大笑いし、時に声を荒げ、引退を惜しむ仲間たちと肩を組み抱き合っている。
「そうだね。ヴェルニカは強くて美人で優しいもん」
「お、フェルリートか」
俺の呟きに応えたフェルリートが、空になったグラスに葡萄酒を注ぐ。
「調理はもう大丈夫なのか?」
「うん。落ち着いたよ」
いつもの愛らしい笑顔が影を潜めているフェルリート。
その瞳は悲しげだ。
「ヴェルニカの引退かあ。寂しいなあ」
「確かに引退は寂しいものだ。だが別に永遠の別れじゃない。笑顔で送り出そうぜ」
「うん」
フェルリートの瞳には、薄っすらと涙が溜まっていた。
「ねえ、マルディンはまだやめないよね?」
「当たり前だろ。俺はこの町が好きだし、ここで冒険者を続ける。それに生活費を稼がにゃらんからな。あっはっは」
「ふふ、良かった」
俺はヴェルニカに視線を向けた。
大勢の仲間と会話を楽しんでいる姿を見ると、ヴェルニカの人望が良く分かる。
「マルディンはヴェルニカみたいな女性が好きなの?」
「ん? なんだ急に。どうした?」
「だって、さっきからずっと見てるから」
「いや、俺は……」
「俺は? 何?」
「俺みたいなモテないおっさんに女性を語る資格なんてないよ。あっはっは」
「な、何よそれ!」
声を上げて笑うと、ヴェルニカと視線が合った。
少しはにかんだ笑顔を浮かべ、手をこまねいている。
俺は葡萄酒を手に持ち、ヴェルニカの元へ向かう。
「ヴェルニカ。旅はいつ出発するんだ?」
「明日には出るわ」
「おいおい、急だな」
「準備していたもの。それにね、ここは居心地が良すぎるのよ」
「あー、なるほどね。確かにそうだな。勢いで出ないと、一生この町を出られなくなっちまう。あっはっは」
この町は居心地が良い。
俺のように異国から来た人間が住み着いてしまうほどだ。
この町で育ったヴェルニカが町を出るには、相当な覚悟と勇気、強い気持ちが必要だろう。
「ヴェルニカ、旅は金がかかるぞ?」
「これまで貯めたお金があるもの。大丈夫よ」
「でもお前は初めての旅だろう?」
「そうね」
「これを持っていけよ」
俺は小さな革袋を取り出し、ヴェルニカに手渡した。
「これは?」
「お守りだ」
「お守り?」
この地方は、小さな革袋に大切なものを入れて持ち歩くという文化がある。
「旅の安全を祈り、寺院で清めてもらった。もし困ったことがあったら開けてみろ」
「わざわざありがとう」
革袋には、今回俺が受け取った報酬の金貨三枚に七枚足し、金貨十枚を入れていた。
旅は何が起こるか分からない。
使わずに越したことはないが、もし何かあってもこれだけあれば当面は生きていけるはずだ。
財産を突然没収された俺は、金の大切さを痛いほど知っている。
「ねえ、マルディン。あなたやっぱり凄腕よね。ラクルの言う通りだったわ。あの糸の操作は本当に凄かったもの」
「買い被り過ぎだ」
「何言ってるのよ。最初から私が青吐水竜を仕留めるように仕向けていたでしょう? 今考えると、私がラクルの剣で仇を討つことを知ってて、全部お膳立てしてくれたもの」
「そんなことできるわけないだろ」
「嘘ばっかり。それに闇翼鼠をたった一撃で倒したくせに。本当に信じられなかったわ」
「おまっ!」
深夜に遭遇した闇翼鼠。
キャンプを襲う前に俺が討伐した。
死骸は肉食動物の餌として放置したのだが、まさかヴェルニカに見られていたとは。
「……ちっ、見てたのか?」
「ええ、見てたわ。討伐を報告すればお金になったのに、肉食動物の餌にしちゃって。優しいのね」
「まいったな」
俺は後頭部をかきながら、ヴェルニカに顔を近づけた。
「仕方ない。ヴェルニカ」
「な、何よ?」
「そのことは……悪いが忘れてくれ。あっはっは」
「もう。あなたって人は……。それでいいの?」
「ああ、俺はいいんだ。Cランク冒険者がちょうどいい。それに……、俺はこの町でのんびり暮らしたい」
俺はヴェルニカのグラスに葡萄酒を注いだ。
「まあ飲もうぜ」
「ふふ、あなたって良い男ね」
「そうか? モテない独身のおっさんだぞ?」
「ふーん。本当はモテるくせに」
「え? 何をバカなこと言ってるんだ。ほら、飲むぞ!」
「はいはい」
改めてヴェルニカと乾杯した。
「ねえ、マルディン。もし私が帰ってきたら……歓迎してくれる?」
「当たり前だろう」
「ふふ。ありがとう。やっぱり故郷っていいわね」
「そうだな……」
俺は少しだけ極寒の雪景色を思い出した。
もう二度と見ることのできない俺の故郷を。
「ヴェルニカ。故郷は大切にしろよ」
「ええ、もちろんよ」
「俺はここでお前の帰りを待ってるからな」
「何それ。もしかしてプロポーズ?」
「おいおい、俺にプロポーズなんかされたら迷惑だろうが。あっはっは」
「ふふ。そうね」
食堂の中心で、荒くれ共が樽に入った酒を掲げている。
「おい、ヴェルニカ! マルディン! 何やってる! 飲むぞ!」
「今行くわ!」
ヴェルニカが俺の背中を叩いた。
「ほらマルディン。行くわよ! 今日は飲むわよー!」
「よし! 朝まで飲むぞ! あっはっは」
ヴェルニカに背中を押され、酒盛りの輪に入っていった。