第267話 見つけに行こう14
◇◇◇
「ハルシャ様。マルディン様よりお荷物が送られてきました」
「マルディンから? 見せなさい!」
レイベール州の州都レイベール。
中心地のレイベール城は、領主ハルシャ・サウールの居城だ。
ハルシャは経済、学問、芸術に対し類まれな才能を持ち、若干十二歳で前領主より家督を相続した。
その相続は、誰も知らないところでマルディンが関わっている。
「こちらの木箱でございます」
ハルシャの執務室に、執事のロルトレが木箱を運び入れた。
「木箱というか、見た目は宝箱ね。ずいぶんと古そう。開けて大丈夫なの?」
「はい。全て確認しております。こちらがお手紙でございます」
手紙を受け取ったハルシャは、内容を確認した。
「え? 宝探しへ行ったの? しかもこれって、もしかして古代王国の迷宮の一つじゃない?」
「仰る通りかと存じます」
「なによ。私に声をかけてくれてもいいじゃない」
「古代迷宮は危険ですので」
「分かってるけど、ひと声かけてくれてもいいじゃない!」
ハルシャが頬を膨らませる。
怒ると身体を膨らませる魚、怒河豚のようだ。
そして、再度手紙に視線を落とす。
「探し当てた宝を寄贈するだって。せっかく見つけた物なのに……」
ハルシャは手紙を机に置き、木箱の蓋に手をかけた。
そのまま蓋を開けると、木が軋む甲高い音が響く。
「金貨!」
マルディンが見つけた時は無造作に積まれていたが、ロルトレが中身を事前に確認したことで、綺麗に並べられていた。
「これは凄いわね。しかもこれって……古金貨じゃない」
「全て同じ種類で、三百枚ございました」
「三百枚も? そんな莫大な金貨をなぜ寄贈するのよ。もしこれが認定されれば金貨三万枚分の価値なのよ?」
そう呟きながら、ハルシャは金貨を一枚手に取った。
「なるほど、古代王国初期の古金貨か。残念ね。この時代のものは、通貨としての価値がないもの。でも保存状態は最高じゃない。歴史的価値は高いわ。ん? この石は?」
「小さな鉱石が三つございました」
「鉱石? 鉱石は専門じゃないけど……」
ハルシャが鉱石を取り出し、手のひらに載せた。
「これは……。もしかして金晶石! それもこんなに大きいなんて……信じられない……」
大きいとは言うものの、一つ五セデルトほどの大きさだ。
「金晶石ですか? 初めて聞く名です」
「金晶石は人工鉱石よ」
「え? 人工物なのですか?」
「自然界でも生まれる可能性はあるけど、無理でしょうね。条件が特殊なのよ」
「特殊な条件ですか?」
「金と湿度と塩分よ」
ハルシャは金晶石を指で挟み、窓から差し込む光にかざす。
「詳しいことは分かっていないけど、晶石の核が金に触れた状態で、塩分を含む湿った空気にさらされると、結晶が形成されるのよ。だけど、一セデルト大きくなるには千年かかると言われているわ」
「一セデルトで千年ですか。非常に時間がかかるものですね」
「そうよ。だから、五セデルトということは、少なくとも五千年以上前の物ね」
「ご、五千年ですか」
「ええ、とても貴重な鉱石よ」
「マルディン様はそんな貴重なものを寄贈するのですか」
「金晶石のことを知らないのだから仕方ないわ。だから鑑定を兼ねて私に寄こしたのよ。そして、私が嘘をつかないことも知っている。つまり、高価なものなら必ず私が報酬を払うと踏んでるの。あの人は意外と打算的な所もあるわよ」
その推理力と洞察力に感服したロルトレは、若き領主に一礼した。
「それでは、大変高価になるのでしょうか?」
ハルシャが首を横に振った。
「希少だからといって高価とは限らないわ。残念ながら、金晶石はすでに実用性がないのよ」
「無知で大変申し訳ございません。この金晶石は、何のために作られたのでしょうか?」
「古代王国時代は、金色の顔料に使われていたそうよ。でも今は別の発色のいい顔料があるから、もう使われることはないわね」
ハルシャがロルトレに向けて、少しだけ悲しげな笑顔を向けた。
「とても希少だけど、全く価値がないの」
「そ、それは……マルディン様も残念ですね……」
「そうね。本来は領地の物とはいえ、宝探しの宝を寄贈するなんてかわいそうね」
ハルシャが引き出しから書類を取り出し、数字とサインを記入した。
「私が買い取ってあげるわ。貴重なものには変わりないもの。美術館で展示するわね」
「よろしいのですか?」
「ロマンよ、ロマン。宝探しはロマンじゃない。結果がないとつまらないでしょう?」
「仰る通りです。寛大なご配慮、誠にありがとうございます」
ロルトレは再度一礼し、ハルシャから書類を受け取った。
書類には買い取りの金額が記載されている。
「で、マルディンはいつ来るの?」
「一週間後です。ティルコアの皆様と、州都の最高級レストランで食事会をするそうです。さらに高級宿で一泊するとのことでございました」
「楽しそうね。きっとあの店と宿でしょう。私の名前を出していいわ。そうすれば、最高級のサービスを受けられるもの」
「かしこまりました」
「皆さんにも会いたいけど、領主として会うと緊張させちゃうものね。今回はマルディンだけに会うわ」
「かしこまりました。全て手配いたします」
ロルトレが最後に一礼して、執務室を退室した。
扉が閉まったことを確認し、ハルシャは席を立つ。
「宝探しかあ。いいなあ。私も隊長と行きたいな。あ、そういえば……」
今のハルシャは領主の顔ではなく、マルディンのことを隊長と慕う少女の顔だった。
◇◇◇




