第266話 見つけに行こう13
「だけどさ、結局宝はなかったね」
俺の顔を見上げるラミトワ。
言葉とは裏腹に、表情は晴れ晴れしている。
「そういやそうだな」
「まあいっか。ここからいい景色が見られるからね」
そう言いながら、ラミトワが携帯時計を確認した。
「この場所はちょうど西を向いているんだ。だから、正面に日が沈むはずだよ。日没まではあと二時間ってところだね」
洞窟の天井は、海まで三十メデルトほど続いているため上空が見えない。
それに、干潮とはいえ海に近づくのは危険だ。
緩やかな坂で滑ってしまえば、そのまま海に飲み込まれる可能性もある。
「ティアーヌ、ここで夕日を見ていかないか?」
「そうですね! そうしましょう!」
俺たちはその場に荷物をおろした。
シャルクナは厚紙とペンを持ち、目の前の景色をスケッチしている。
「そういや、シャルクナの趣味は絵画だったな」
「はい。せっかくなのでスケッチしようと思って持ってきました」
ティアーヌが、スケッチするシャルクナを見つめている。
「私も絵画を始めてみようかな。旅先の景色を残すことができますもんね」
「ぜひ今からやってみてください。実は、ティアーヌさんとラミトワさんの分も持ってきたんです」
「わあ、いいんですか?」
「はい、一緒にできたらいいなと思いまして」
「嬉しいです。やってみます」
シャルクナが、スケッチ道具をティアーヌとラミトワに手渡した。
三人の娘が地面に座り、目の前の景色をスケッチしている。
俺も地面に腰を下ろし、景色と娘たちの様子を交互に眺めた。
「マルディンさんは、やらないんですか?」
ティアーヌが俺の顔を見つめている。
「俺はいいんだよ。絵が……下手なんだ……」
「そ、そうでしたか……」
「海を眺めて酒を飲むほうが好きだしな。あっはっは」
バッグから小さな瓶に入れた葡萄酒を取り出し、そのまま口をつける。
海風にあたり、波を眺めながら酒を飲む。
これぞ人生の幸せだ。
――
日が傾いてきたことで、洞窟から見える空と海が黄金色に輝き始めた。
「お、太陽が見えてきたぞ」
洞窟の天井で隠れていた太陽が、ようやく姿を見せた。
日没直前で、熱した鉄球のように赤い。
今日は雲がないため、このまま海に沈む夕日が見られそうだ。
「海、西、太陽、黄金……」
ティアーヌが呟いている。
どこかで聞いた言葉だ。
「それって、宝の地図に書いてあった古代文字か?」
「そうです。まさに今のこの景色だと思いませんか?」
「確かにな。ということは……」
「これが宝ということでしょう」
「古代王国時代から変わらない景色。それが宝か。なるほどね。こりゃロマンだな」
宝といえば金貨や宝石だろう。
だが、こういう宝も悪くない。
俺は娘たちと違い絵が下手だから、この美しい景色を記憶に焼きつけることにした。
「数千年前と同じ景色か。擬岩蟲は、ここでずっとこの景色を見ていたんだろうな」
俺は背後の擬岩蟲に視線を向けた。
直射日光が外殻にも届いたからだ。
「見ろお前たち! 擬岩蟲も黄金に輝いてるぞ!」
「わー、綺麗ですね!」
ティアーヌが歓喜の声を上げた。
「これが全て黄金だったら、大金持ちになれたな。あっはっは」
笑いながら黄金に染まった外殻を見つめていると、最上部の一部分だけ妙に光っている場所が目に止まった。
「ん? あれは?」
「ねえ、マルディン。あれ何?」
ラミトワも気づいたようだ。
光っている部分を指差している。
「俺も気になったんだよ。ちょっと見てくる」
光った部分は外殻の最上部で、高さは地上から五メデルトほどだ。
普通なら届かないが、俺には糸巻きがある。
「マルディン、外殻に触ると擬岩蟲の針が出るよ。気をつけて」
「ああ、分かってる。大丈夫だ」
俺はバッグから、糸巻きのパーツを収納している木箱を取り出した。
その中から鈎を取り、糸の先端に装着。
糸巻きを天井のくぼみに発射した。
糸を巻き取り、逆さまの状態で天井に足をつける。
「これは……」
外殻には穴が開けられており、木箱が置かれていた。
まさに宝箱という形状だ。
片腕で抱えられるほどの大きさで、金属で補強されている。
この金属が日光を反射したのだろう。
「失礼するよ」
擬岩蟲の外殻を触らないように、宝箱を取り出し地上へ戻った。
「すっげー! これって宝箱じゃん!」
ラミトワが瞳を輝かせながら、踊り始めた。
しかし、相変わらず変な踊りだ。
「じゃあ、開けるぞ」
全員が固唾を呑んで見守る中、俺はゆっくりと蓋を開ける。
特に罠はないようだ。
「わっ! きききき、金貨だ!」
ラミトワが叫んだ通り、金貨が積み重なっていた。
正確な枚数は分からないが、数百枚は入っているだろう。
そして、金貨の上に小さな石が三つ置かれていた。
「これは……古代王国時代の金貨ですね」
ティアーヌが一枚掴み、裏表を確認している。
「ということは、古金貨か。俺は初めて見るな」
「え? 古金貨? ってことは……本当に大金持ちじゃん! マジかよ! すげー! すげー!」
ラミトワのダンスがより一層激しくなった。
それもそのはず、古金貨は一枚で金貨百枚分の価値があり、国家間の取引などに使用される。
そのため一般には流通していない通貨だ。
この数百枚の金貨が全て古金貨だとしたら、数万枚の金貨と同等ということになる。
「飛空船買う! 帰ったらすぐ買う! うひょー! やったー!」
喜びすぎて死ぬんじゃないかと心配になるほど、ラミトワが飛び跳ねている。
「でも……。ねえ、シャルクナさん、この金貨って……」
「はい。そうですね」
シャルクナも古金貨を手に取り、何度も確認している。
「マルディン様。この古金貨は……使えません」
「使えない? どういうことだ?」
「現在使用されている古金貨は古代王国末期の物で、国家間で厳格に登録、管理されています。しかし、これは初期の物で、現在では貨幣としての価値はありません」
「どうして分かる?」
「任務で古代王国時代の古金貨を扱ったことがあります」
「なるほどね」
任務で扱ったとなれば、しっかりした知識を身につけているはずだ。
シャルクナの鑑定眼は本物だろう。
「ええええええ!」
シャルクナの言葉を聞いたラミトワが、仰向けに倒れ込んだ。
「嘘だ……。私の飛空船が……。嘘だと言ってよ……」
「ラミトワちゃん、安心してください。一応価値はありますよ。ね、シャルクナさん」
「はい。歴史的価値は高いです。これだけあれば、金貨二十枚ほどの価値はあると思います」
「に、二十枚! それじゃあ飛空船なんて買えないよ! やだよ! やだよ!」
まるでひっくり返った金甲虫のように、手足をばたつかせている。
「金貨二十枚か。四人で分けると一人金貨五枚……」
もちろん大金ではあるが、命がけの労力には見合わない。
それに俺は飛空船の整備費もある。
今回の遠征では、支出が上回るだろう。
三つの小さな鉱石も貴重な物だとは思えない。
「これだけ頑張って金貨五枚か。宝探しはそう甘くないってこった。あっはっは」
どうせ損をするなら、下手に売って金にするより、意味のあることをしたい。
「なあ、ティアーヌ。歴史的価値が高いなら寄贈しないか? 信用できる場所で、この貴重な古金貨を後世に残すんだ」
「いいですね。そうしましょう」
ティアーヌが賛成してくれた。
隣でシャルクナも頷いている。
「ラミトワもそれでいいか?」
ラミトワは仰向けのまま、俺を見つめている。
「じゃあ、マルディンがご飯を奢ってよ!」
「ああ、もちろんさ」
「たっかいレストランだよ!」
「言い出したのは俺だからな。こうなったら、最高級のレストランへ連れてってやるよ。むしろ覚悟しとけよ」
「分かった! それで手を打つ!」
ラミトワも納得したことで、古金貨の寄贈が決まった。
海に目を向けると、夕日が水平線に沈んでいく。
色々あったが、この景色を見られただけでも、ここへ来てよかったと思う。
「さあ、帰るぞ」
洞窟に戻り、ティアーヌの重槌で再度扉を閉めた。
これで洞窟内に海水は入らないはずだ。
そして俺たちは、数日かけて洞窟を進み、飛空船へ戻った。




