第265話 見つけに行こう12
「擬岩蟲の外殻は自ら生成していまして、一層で十年と言われています。この小さな破片だけでこれだけの層ということは……」
「なるほど。数千年も生きているのか。そりゃ、ネームドでもおかしくないな」
「通常種の擬岩蟲の寿命は百年から二百年ですからね。十倍どころではありません」
「ティアーヌ、どうする? この擬岩蟲をどうにかしないと、宝にはたどり着けないぞ」
「そうですね……」
今回のリーダーはティアーヌだ。
最終的な決定はティアーヌが下す。
ティアーヌが擬岩蟲を見上げた。
「古代王国時代から生きてるのに、私たちの宝がほしいという欲望だけで壊してしまうことは……できません。残念ですが、ここで引き返しましょう」
ティアーヌが振り返り、俺たちに優しく微笑む。
「俺もティアーヌに賛成だ。その判断は素晴らしいと思うぞ。この擬岩蟲を殺すくらいなら、宝は諦めよう」
ラミトワとシャルクナも頷いている。
数千年という長い年月を、この洞窟で生きてきた擬岩蟲だ。
人間の小さな欲望で殺すべきではない。
「皆さん同じ意見で良かったです。宝はなくても、ここまでの冒険はとても楽しかったですし、いい思い出です。来て良かった」
満面の笑みを浮かべているティアーヌ。
その笑顔に、俺は少しだけ見惚れてしまった。
「あー……、ティアーヌ君。帰ったら飯に連れて行くよ。好きなだけ食うといいさ」
「いいんですか?」
「ああ、宝は無理だったが、ご褒美は欲しいだろ?」
「やったー! 行ってみたいレストランがあるんです! すっごい高いんですよ」
「う、ま、まあいいぞ……」
こういう時のティアーヌは遠慮しない。
だが、それはティアーヌの気遣いだ。
明るく振る舞うことで、目的を果たせなかった悔しさを一切見せない。
ティアーヌが時折見せるこの優しい配慮が、俺は好きだった。
「じゃあ帰るか」
俺たちは擬岩蟲に背を向けた。
洞窟を戻るために歩き出すと、突然ティアーヌが立ち止まる。
「どうした、ティアーヌ?」
「古代王国時代から生きてる……。古代王国時代から……」
ティアーヌが、先ほど自ら発した言葉を繰り返している。
「それなのに、古代王国時代に作られた宝の地図……」
「あ!」
ティアーヌの呟きに、ラミトワが声を上げて反応した。
「ラミトワちゃん!」
「うん!」
ラミトワが頷き、ランプをかざしながら周辺を調べ始める。
俺もティアーヌの意図することに気づいた。
「古代王国時代から生きてるってことは、この宝の地図を作った時点で、すでにここにいたということか」
「ええ、そうです。ですから、この擬岩蟲を避ける通路があると思うんです」
「なるほどな。この擬岩蟲が最大の罠ということか」
この洞窟の最深部まで来て諦めさせる、趣味の悪い罠だということが判明。
とはいえ、俺たちはこの擬岩蟲を破壊しようと思えばできた。
宝の地図の制作者も、まさか擬岩蟲の分厚い外殻を破壊できるとは思っていなかっただろう。
もちろん俺たちは破壊せずに、制作者が用意した正解を探す。
シャルクナが採取短剣の柄で、洞窟の岩壁を叩いていた。
「ラミトワさん。この岩だけ音が違います。よく見ると色も違うようです」
「え? どこどこ!」
シャルクナが不審な岩を見つけた。
洞窟の壁面に埋まっている岩で、大きさは直径三十セデルトといったところだろう。
言われてみれば、人の手で埋め込まれたように不自然だ。
ラミトワも採取短剣の柄で叩き、音を確認している。
さらに周囲の岩壁を調べ始めた。
「わー、分かったよ。この岩は、扉を開けるためのスイッチになってるね」
「扉だと?」
ラミトワが擬岩蟲のすぐ脇の岩壁を指差した。
「そこの壁が扉になってるんだ。擬岩蟲を迂回する通路になってると思うよ」
「どうやって開けるんだ?」
「それはね……。ぶっ叩く!」
ラミトワが不敵な笑みを浮かべながら、ティアーヌに視線を向けた。
「はい! 任せてください!」
ティアーヌが重槌を構えた。
「皆さん、一応離れてくださいね!」
俺たちは反対側の壁に並んだ。
「それじゃあ、いきますよ!」
ティアーヌが上段の構えから、重槌を勢いよく振り下ろした。
鈍い衝撃音が響き渡ると、すぐ隣の壁が、石臼をひくような音を立てゆっくりと動き出す。
扉は人が一人入れるくらいの大きさだ。
「開きました!」
ティアーヌが振り返り、笑顔を見せた。
ラミトワが駆け寄り、慎重に扉を確認する。
「もう罠はないね。擬岩蟲を迂回する道になってるよ。ほら、外の光が見えるもん」
扉を進むと、ラミトワが言うように迂回路になっていた。
迂回路の長さは約三メデルトだ。
俺たちは、ついに洞窟の海側に出た。
「久しぶりの太陽光か。眩しいな」
「やっぱり太陽の光っていいですね。それに、空気が美味しいです」
俺の隣で、シャルクナが海を眺めている。
青紫色の長髪が潮風になびく。
久しぶりの外の空気を味わうかのように、シャルクナは大きく息を吸っていた。
洞窟の海側は、擬岩蟲を背にして緩い下り坂になっており、そのまま海へ続いている。
そのため、大きな波が来ると坂を上ってきた。
だが、波打ち際までは二十メデルトの距離があるため、俺たちが濡れることはない。
「今は干潮だから大丈夫だけど、満潮になったらここは半分くらい海に浸かるだろうね。ほら、擬岩蟲を見て」
ラミトワが擬岩蟲の外殻を指差した。
確かに半分くらいの高さまで色が変わっており、海藻や貝など海の生物が付着している。
「この擬岩蟲は、海側と洞窟側の両方から栄養を取ってるんだろうね」
「なるほどな。それで特殊な進化をしたんだな」
「うん。もうずっとここから動けなかっただろうし、これからもこの場所で生態系の一部として何千年も生きていくんだ。あ、見て! 小さな蟹もいるよ! 産卵床になってるんだろうね。凄いなあ……。こんなところでずっと……」
ラミトワが外殻を見つめながら、そっと涙を拭った。
この場所で数千年の時を過ごしている擬岩蟲。
いつまで生きるのか分からないが、俺たちが想像もできないほどの年月を、この場所で過ごしていくのだろう。
やはり破壊しなくて正解だった。
「マルディン。この擬岩蟲を研究機関に報告すれば、研究対象になるよ。報酬もあるはず」
「お前は報酬が欲しいか?」
「うーん。ここは……このまま残したいなあ」
「俺も同じさ。ここは安易に人が足を踏み入れていい場所じゃないと思うよ。だから、地図は封印しよう」
「うん!」
俺はラミトワの頭を軽く撫でた。
その判断が嬉しかったからだ。




