第264話 見つけに行こう11
「で、何で分かるんだ? 位置は正確なのか?」
ラミトワが立ち上がり、両手を腰に当てる。
少し呆れた表情を浮かべながら、小さく溜め息をついた。
「あのねえ、私は運び屋だよ。こういった場所では常に歩数を数えているの。私の歩幅は基本六十五セデルト。これで移動距離が分かるでしょ。方位計で正確な方向を確認。最新の地図は記憶してる。さらに今は携帯時計も持ってる。これで分からないほうがおかしいよ」
移動中に、これほどのことをしているとは気づかなかった。
この年齢でBランクの運び屋は凄いとは思っていたが、正直ここまで凄いとは驚きだ。
「お前って……マジで凄いんだな」
「当たり前だ! だからもっと褒めろ!」
ラミトワが両足を広げ、鼻高々に上体を反らした。
「ラミトワちゃんは本当に凄いですね。この暗闇でそれができる運び屋は、Aランクでも少ないですよ」
「はい。一流の諜報員でもいません」
ティアーヌが微笑みながら小さく拍手し、シャルクナが笑顔で同意した。
しかし、シャルクナの感想は……。
諜報員って……。
俺はバレないか冷や汗をかいた。
「諜報員? 私、スパイになれるってこと?」
「なれるわけねーだろ」
「なんでだよ! こんな美人なのに! 私の魅力で男を落としていくんだ!」
「お前……スパイを勘違いしてるって……」
その後も間違ったスパイ妄想を垂れ流すラミトワに、ティアーヌとシャルクナは楽しそうに耳を傾けていた。
――
夕食を終え、ラミトワが改めて地図を広げる。
ラミトワが新たに描いた洞窟内の地図だ。
これまでのルートを立体的に記している。
驚くほど画力が高い。
「マルディン。私の予想だと、明日には岬の先端に到着するよ」
「洞窟の先が分かるのか?」
「そこまでは分からないけど、これまでのルートからこの洞窟の癖みたいなものは掴んだよ。私の予想と、そう大きくは外れてないと思う」
ラミトワが地図を指でなぞる。
数回蛇行して岬の先端を指差した。
予想したルートだろう。
「予定よりもだいぶ早いな」
「マルディンのおかげだね」
「俺の? どうしてだ?」
「糸巻きだよ。亀裂や岩壁が行く手を阻んでいたけど、糸巻きのおかげで全く苦にならなかった。だって本来なら、初日の亀裂を越えることすら難しかったんだよ。この大荷物を持って、いとも簡単に越えちゃうんだもん。本当に凄いよ」
「ってことは、今までの亀裂や岩壁は、全部仕組まれていたのか?」
「うん。この宝の地図の制作者は、自然の姿をそのまま罠にしたんだ。難易度は相当高いよ」
「なるほどな。じゃあ、ここまで来れたのはリーシュのおかげだ。帰って肉を奢ってやるか」
「そうだね。私も行くよ」
「いいけど、お前は自腹だぞ」
「なんでだよ! 私もお肉食べたい!」
「おいおい、宝が手に入るんだぞ? 金持ちになるんだろ?」
「違うんだなー。マルディンはまるで分かってない。マルディンに奢ってもらうお肉が美味しいんだ」
ラミトワが大きな溜め息をつき、肩をすくめている。
こいつは堂々と何を言っているのだろうか。
「分かります。私もマルディンさんがご馳走してくださるご飯が、この世で最も美味しいと思ってます」
ティアーヌが食後の珈琲を飲みながら呟いた。
カップを両手で持ち、少し微笑みながら遠くを見つめている。
仕草も表情も美しいが、言ってることは最低だ。
「では私も一緒に行きます」
シャルクナまでもが同意した。
このままでは、また全員分を奢らされる。
「今日も疲れたぜ。さて、寝るか」
俺は何も聞いていないかのように、娘たちを無視してテントに潜り込む。
ラミトワが騒いでいるが、気にせず就寝した。
――
翌朝、キャンプ地を出発。
これまで以上に険しくなった洞窟内を進む。
ここでも糸巻きが大活躍だ。
もし糸巻きがなければ、洞窟攻略は無理だっただろう。
道は徐々に平坦になっていき、横幅は五メデルト、天井までも五メデルトとかなり広い空間に出た。
これは初日に上空から見た洞窟の形状と同じだ。
僅かに波の音も聴こえる。
このまま真っすぐ歩けば海に出るのは明白なのだが、まるで蓋をされたように岩壁が反り立つ。
「マルディン、もう岬の先端だと思うよ」
「だが、行き止まりだぞ」
ラミトワが立ち止まり、ランプで正面の壁を照らす。
「ねえ、マルディン。この壁って擬岩蟲じゃない?」
「そうだと思うが、なんかおかしくないか?」
擬岩蟲の体長は一メデルトほどだ。
しかし、壁の高さは五メデルトもある。
何匹も積み重なっているようには見えない。
「もしかして……。これって一匹なんじゃないですか?」
「はい。私もそう思います」
ティアーヌとシャルクナもランプをかざし、壁を見上げていた。
「調べてみる。お前たちはここで待て」
俺は娘たちに近づかないように指示を出し、岩壁に接近した。
岩に見えるが、擬岩蟲の外殻で間違いない。
「確かに……擬岩蟲だな」
擬岩蟲は外殻に触れると細い針を出す。
その針で生物の体液や血液を吸う。
外殻に触らなければ無害だ。
俺はランプをかざし、外殻を見上げた。
外殻は通常の擬岩蟲と同じでも、驚くのはその大きさだ。
縦横五メデルトの半円状で、洞窟との隙間はなく、まるで一体化しているかのような完璧に適合した形状だった。
「長き年月を経て、この形状になったのか?」
「擬岩蟲にネームドはいないけど、これはネームドに匹敵すると思うよ」
振り返るとラミトワが俺の背後に立ち、擬岩蟲を見上げていた。
「近づくなって」
「大丈夫だよ。触らなければ害はないもん」
ティアーヌとシャルクナも、こちらに歩いてきた。
ティアーヌが外殻の前で片膝をつき、触れないように観察している。
「ちょっと失礼しますね。外殻を少しだけ削ります」
重槌を構え、岩壁を削るように砕いた。
そして、地面に落ちた破片を拾い上げ、凝視している。
「嘘でしょ……。これ……恐らく数千年生きてます」
「す、数千年だと!」
「はい。これ見てください。何重もの層になってますよね」
ティアーヌが言う通り、外殻の断面が樹木の年輪のように層を重ねていた。




