第263話 見つけに行こう10
夕飯は干し肉のスープと乾燥パンだ。
大量の汗をかいたため、塩は多めに入れている。
「それにしても、この洞窟はヤバいな。人工的な罠はなく自然の迷宮だ。何より蟲が多い。なんだったら引き返してもいいぞ? どうする、ティアーヌ」
硬いパンをスープに浸しながら、俺はティアーヌを見つめた。
「ここまで来たんです。もちろん進みます」
ラミトワとシャルクナも強い眼差しで頷き、ティアーヌに同意した。
娘たちが行く気であれば俺は止めない。
「宝の内容が、この探索に見合うといいな」
「マルディンってロマンがないよね。宝は内容じゃないんだよ。宝を探すことに価値があるんだよ」
「そうか。ラミトワさんは宝の内容に興味がないのか。じゃあ、宝はもらうぞ」
「ふざけんな! 宝は私のものだ!」
立ち上がって大声を上げるラミトワ。
俺を見下ろすように睨みつけている。
「ったく、うるせーな。蟲にビビってたくせによ」
「な、なんだと! ビビってねーよ!」
拳を握りながら頬を膨らませるラミトワ。
俺はその姿を見て安心した。
まだ余裕がある。
これなら大丈夫だろう。
「ふふふ。ラミトワちゃんは元気だなあ」
ティアーヌが笑いながら俺に視線を向けた。
「ところでマルディンさん、今の時間は分かりますか? 夕方くらいだと思いますが」
暗闇の中を進んでいたため、正確な時間が分からない。
だが、俺は最新の時計をラミトワに預けていた。
「ラミトワ、時計は?」
「えーと、今は十七時だね」
ラミトワがリュックから、手のひらに収まるほどの小さな四角い箱を取り出した。
これはラルシュ工業と開発機関が共同開発した携帯型の時計だ。
一日を二十四で区切り、針が一周すると一日が経過する。
これまでの時計はかなり大掛かりな装置なため、大きな都市にしかない。
そのため庶民は、太陽、月、星の位置や、日時計で一日の時間を把握していた。
それが持ち運べる大きさにまでなったことで、国家機関や貴族、豪商などが携帯時計を導入。
とはいえ、あまりにも高価で民間には流通していないそうだ。
俺は冒険者ギルドの上層部から、試作品として特別に支給された。
この携帯時計の原動力は『竜光石』だ。
数年前に竜種の住処で発見された竜光石。
鉱石の珍しさを示すレア度は、十段階中の九と非常に珍しく高価だ。
それもそのはず、竜光石は自ら発光する石だった。
当初は富裕層が照明として利用していたが、ラルシュ工業がとんでもない発明をした。
これに雷を流すと、動力を生み出すそうだ。
俺の糸巻きも、実はこの竜光石が原動力だという。
糸巻きの竜光石は一年に一回ほどの頻度で、交換する必要がある。
どうやって鉱石に雷を流すのかは分からないし、動力の原理も分からない。
ただ、世の中には信じられない天才がいることだけは分かる。
糸巻きを開発したリーシュもその一人だ。
「十七時ですか。マルディンさん。今日はもう少ししたら寝て、明日の早朝に出発しましょう」
「分かった。見張りはどうする?」
「順番はラミトワちゃん、シャルクナさん、私、マルディンさんです」
ティアーヌはリーダーとして、最も辛い順番を選んでいた。
その責任感はさすがだ。
「いや、ティアーヌと俺が変わろう。お前はゆっくり寝るんだ」
「でも……」
「気にすんな。俺は慣れてる。知ってるだろ?」
「そ、そうですね。では、お言葉に甘えて……。マルディンさん、ありがとうございます」
騎士時代は過酷な任務が多かった。
寝ずに見張りをするなんて当たり前で、僅かでも寝られることのほうが珍しい。
こういったことには慣れている。
俺たちは食事の片付けをして、眠りについた。
――
「皆さん、起きてください」
ティアーヌの声で目を覚ました。
テントは二つ設置しており、一つは女性陣、もう一つが俺用だ。
さすがにこの狭いテントで、娘たちと寝るのは無理がある。
俺のテントを開けたティアーヌが、笑顔を浮かべていた。
「おはようございます」
「おはよう、ティアーヌ。問題なかったか?」
「時折、千脚甲蟲が天井を通り過ぎたくらいですね」
「大丈夫だったか?」
「はい。単体でしたので。ふふ」
ティアーヌが、口に手を当てながら笑っていた。
俺はテントから出て、大きく伸びをした。
無事に朝を迎えたわけだが、洞窟内は暗闇だ。
早朝の爽快感はない。
「朝かどうかも分からんな。はは」
携帯時計がなければ、完全に時間が分からなくなっていただろう。
ティアーヌが朝食を準備してくれていたため、すぐに飯を食ってキャンプを片付けた。
「出発しましょう」
ティアーヌの掛け声で、二日目の探索を開始。
入り組んだ洞窟は、まさに天然の要塞だ。
そして、とにかく節足型モンスターが多い。
岩壁に擬態する擬岩蟲。
天井を埋め尽くす千脚甲蟲。
岩を走り回る磯蛆蟲。
岩の隙間に潜む赤百足。
他にもまだまだいる。
さらには、それらの節足型モンスターを喰らう海甲蛙。
食べかすや死骸を拾う寄生貝蟹など、洞窟内は食物連鎖が構築されていた。
「赤百足だ!」
俺は悪魔の爪を抜き、姿を現した赤百足の首を切り落とした。
体長二メデルトほどの身体が、身をよじりながら痙攣している。
このまま放置しても問題ない。
他のモンスターが死骸を食い尽くすだろう。
「ったく、悪魔の爪が体液まみれだぜ」
本来は糸巻きで離れたモンスターを切断したり、撃ち抜きたいところだが、俺は糸に体液がつくことを嫌った。
切れ味が落ちるし、何より手入れが大変で、最悪糸を交換する必要が出てくる。
俺が現在使用している糸は特別だ。
そう簡単に手に入る物ではない。
「また赤百足です!」
シャルクナが両断剣を抜き、赤百足を縦に両断した。
節足型モンスターは正直気持ち悪いが、不思議なもので討伐していくうちに慣れていった。
娘たちもそれなりに対応している。
こんな暗闇で、気持ち悪い蟲どもを相手によくやっていると思う。
「マルディン。次に広い空間があったら、そこでキャンプしよう。そろそろ夕方だよ」
「分かった」
ラミトワが携帯時計を確認していた。
しばらく進むと丁度いい広さの空間に出たため、テントを設置。
すぐに焚き火を焚いた。
シャルクナが食事を作っている隣で、ラミトワが地図に行程を記入している。
そして地図を指差した。
「マルディン、ここが現在地だよ」
「何で分かるんだ?」
「え? マルディンは分からないの?」
ラミトワが瞳を大きく見開き、不思議な表情で俺を見上げている。
「マルディン隊長は分からないの? どうして? 騎士だったんでしょ?」
不思議なふりをして、完全に俺をバカにしている。
蟲の時の仕返しだ。
「はいはい。ラミトワさんには敵いませんよー」
「なんだよ、相手してよ」
「おじさんはね、疲れてるの」
「ったくよー、これだからおっさんはよー」
ラミトワが諦めたように肩をすくめた。




