第27話 亡き恋人に捧ぐ剣5
三日目の朝。
朝食を取り、昨夜内臓を撒いた場所へ向かう。
「あ、あれは!」
ヴェルニカが声を上げた。
俺にはまだ見えないが、視力が良いヴェルニカには見えているのだろう。
「青吐水竜か?」
「そうよ!」
「同じ個体なのか?」
「間違いないわ! ラクルがつけた傷が残ってるもの!」
俺は単眼鏡を取り出した。
青吐水竜の体長は三メデルトと言われているが、あの個体の大きさはそれをゆうに超えている。
「大きいな」
二足歩行の青吐水竜は、長い尻尾でバランスを取りながら、頭を地面に向け内臓を喰らっていた。
頭を動かす度に、光沢のある青い鱗に反射する陽の光。
「確かに頭部に傷がある」
「あいつよっ! あいつがラクルをっ!」
ヴェルニカが身を低く構え、ゆっくりと接近しながら弓を構える。
だが青吐水竜も、こちらの存在に気づいた様子だ。
「ちっ、風上だ」
風下にいる青吐水竜。
俺たちの匂いを感じ取ったのだろう。
「風上は有利!」
叫びながら、即座に弓を放つヴェルニカ。
確かに弓にとって風上は有利だ。
ヴェルニカの弓は百メデルト先の獲物を仕留めるほどの正確性を持つ。
まさに達人だが、あえて欠点を挙げるなら僅かに威力が低い。
それを風が補完する。
空気を切り裂く速度で放たれた矢。
対して青吐水竜は咆哮を上げた。
「口を開いた! 水塊が来るぞ!」
青吐水竜は飲み込んだ海水を圧縮して吐き出す。
百メデルト近く距離はあるとはいえ、当たれば無事では済まないだろう。
人の頭ほどの水塊を発射した青吐水竜。
お互いの中間地点で矢と水塊が衝突。
水塊の威力が勝り、矢をへし折った。
水飛沫に反射した光が虹を描く。
「ヴェルニカ! 伏せろ!」
唸りを上げて迫る水塊。
俺はヴェルニカの前に立ち、左腕の盾を構え水塊を受けた。
「ぐっ! この距離ですげー威力だ!」
左腕が弾き飛ぶ。
ヴェルニカは再度弓を放つ。
「ヴェルニカ! 遠距離は分が悪い! 接近戦に持ち込むんだ!」
「死ねええええ!」
俺の声が耳に入っていない。
怒りに身を任せたまま弓を射るヴェルニカ。
凄まじい速度で連射。
だが、ヴェルニカが放った矢は、ことごとく水塊に弾かれた。
「ヴェルニカ! 落ち着け! 冷静になれ!」
迫りくる水塊を盾で受ける度に、鈍い破裂音と水飛沫が上がる。
その衝撃はまるで振り下ろした鉄槌のようだ。
鉄で強化した盾にもかかわらず、中心の木製部分に亀裂が発生。
「た、盾がもたない!」
水塊を吐きながら接近してくる青吐水竜。
接近すればするほど弓は不利だ。
「死ねええ!」
ヴェルニカが放つ矢は、全て水塊で弾かれる。
逆に水塊の威力が上がっていく。
「くっ! ダメだ!」
亀裂が広がり、ついに盾が破壊された。
青吐水竜はすでに十メデルトほどの距離にいる。
「ラクルの仇!」
ヴェルニカが叫びながら長剣を抜き、突進した。
そのヴェルニカに向かって、口を大きく開いた青吐水竜。
水塊を吐くつもりだ。
この至近距離で水塊を喰らったら、間違いなく死ぬ。
「ヴェルニカ!」
俺は瞬時に糸を発射。
腕を捻り、青吐水竜の口を巻き取るように糸を操作した。
「よし!」
糸は青吐水竜の口を束縛し、完全に塞いだ。
これで水塊は吐けず、青吐水竜の攻撃手段は消えた。
俺は糸を巻き取る。
抵抗しようと首をよじり逃げようとするが、一気に糸が張ったことで青吐水竜の動きが止まった。
「ヴェルニカ! 今だ! とどめを刺せ!」
「死ねええええ!」
ヴェルニカの長剣が、青吐水竜の喉に突き刺さる。
「ギギャアアアア!」
絶叫する青吐水竜。
飛び散る鮮血。
「ラクルの仇!」
ヴェルニカはすぐに剣を抜き、頭部の傷に向かってもう一度剣を突き刺した。
「あの傷! ラクルがつけた傷か!」
音を立てて、その場に崩れ落ちる青吐水竜。
目に光はなく、絶命している。
「はあ、はあ。うう、ううう」
ヴェルニカもその場に座り込む。
肩で息をしながら両手で顔を塞ぎ、声を上げて泣き始めた。
「ヴェルニカ。よくやったぞ」
俺はヴェルニカの肩に手を置く。
「マルディン。ごめんなさい」
「ん? どうした? 何を謝っている」
「怒りが込み上げて……。あなたを危険な目に合わせた」
「何言ってんだ。お前が攻撃してくれたおかげで、俺に危険なんてなかった。それに仕留めたのはお前だぞ? 本当に良くやったよ。凄いぞ」
「ごめんなさい」
「お前が仇を取ったんだ。ラクルの剣でな。ラクルも喜んでるよ」
「……ラクル。ラクル」
俺は気づいていた。
ヴェルニカが使用した長剣は、ラクルが愛用していたものだ。
ラクルの剣で、ラクルが最後につけた傷にとどめを刺したヴェルニカ。
「おまえたち二人の力で討伐した。さすがだ」
「……ラクル」
「ほら、胸を張って誇るんだ」
俺は青吐水竜から長剣を抜き、ヴェルニカの前にそっと置いた。




