第259話 見つけに行こう6
俺も状況を理解した。
シャルクナが切ったのは岩ではなく生物だ。
切断面は内臓のようなものが見えており、液体が垂れている。
だが、初めて見る生物だ。
「これは何だ?」
「擬岩蟲だよ」
ラミトワが起き上がり、尻の埃を払っていた。
「これが擬岩蟲か。確かEランクモンスターだったよな」
「うん、そうだよ」
俺に返事をしたラミトワが、全員を見渡す。
「完全に油断していた。ごめんなさい」
ラミトワが頭を下げた。
擬岩蟲は、岩に擬態することで知られる節足型の殻類モンスターだ。
俺はモンスター事典で読んだことがあるだけで、実物を見るのは初めてだった。
擬岩蟲の体長は一メデルトほどで、外観はどう見ても岩だ。
裏返すと地面に接触する部分に無数の小さな足があり、移動速度は一日で数メデルトだという。
俺は真っ二つに切られた擬岩蟲に近づき、片膝をつきながら切断面を観察。
すると、俺の隣にラミトワが立ち、半分に切られた擬岩蟲を指差していた。
「擬岩蟲は、外殻に止まった獲物に針を刺すんだ」
「なるほど。よく見ると外殻に小さな穴が空いているな」
「うん。この穴から針を出すんだ。そして、獲物の体液を吸う。昆虫が獲物だけど、今の私みたいに、座った人間の血や体液を吸うこともある。体液を吸われて死ぬことはないけど、激しい痛みに襲われるよ。何より病原菌を媒介するから、死亡率は高いんだ」
「見た目は完全に岩だな。こりゃ分からんよ」
「そうなんだよ。でも私は知ってたはずなのに……。油断しちゃった。気をつけます」
「まあ無事で良かったよ。俺も気づかなかったしな。みんなで気をつけよう」
「うん、ありがとう」
俺はもう一度、擬岩蟲に目を向けた。
腰から採取短剣を抜き、外殻を叩くと、鈍い音が響く。
発する音は岩そのものだ。
「よくシャルクナは気づいたな」
「はい。以前見たことがあります。あと特有の匂いを発してました」
「なるほど。聞いたことがあるぞ。獲物の昆虫を呼び寄せる匂いってやつだろう?」
「はい。仰る通りです」
擬岩蟲など一部の節足型モンスターは、身体から特殊な匂いを発し、獲物を呼び寄せるという。
しかし、人間に嗅ぎ分けることが可能なのだろうか?
俺には全く分からなかった。
もしかしたら、シャルクナの嗅覚は異常なのかもしれない。
それに、生物とはいえ擬岩蟲の外殻は岩と同じ硬度だ。
それを一振りで真っ二つに切断するとは、剣の性能もシャルクナの腕も尋常ではない。
「ねえ、マルディン」
ラミトワが俺の耳に顔を近づけた。
「シャルクナさんって、ただのメイドじゃないよね?」
「まあな……。だから怒らせるなよ」
「う、うん。気をつける」
ラミトワが少し緊張した面持ちでシャルクナを見つめる。
すると、シャルクナは優しい微笑みを返してきた。
「マルディン様、ラミトワさん。この先にも擬岩蟲がいると思います。気をつけてください」
「あ、ああ。気をつけるよ。な、ラミトワ」
「う、うん。油断しません」
漁師たちを一瞬で虜にする美しい笑顔なのだが、俺もラミトワも僅かに恐怖を感じていた。
「さあ、改めて出発しましょう」
ティアーヌの掛け声で、俺たちは気を引き締め直し出発した。
――
「地図上だと、ここら辺が岬の入口なんだけどなあ」
ラミトワが周囲を見渡しながら呟いている。
砂浜から約三キデルトの距離を歩いてきたが、斜面を登ってきたため時間がかかった。
「では、入口を探す前に少し休憩しましょう」
各々水筒を口に運ぶ。
汗が滝のように流れ出すほどの気候だ。
こまめに水分補給をしないと、脱水症状を起こす。
だが、誰も愚痴や不満を吐かない。
Aランク冒険者のティアーヌは当然ながら、Bランクの運び屋であるラミトワもこういった環境には慣れているだろう。
シャルクナは冒険者ではないが、それこそさらに過酷な任務もこなしているはずだ。
「なあ、ラミトワ。この付近に洞窟の入口があるのか?」
「地形からそうだと思うよ。岬に入れば丘陵は急斜面になる。その下が洞窟になっているはずだよ」
「なるほどね。じゃあ、この付近を重点的に探すか」
岬の入口は、幅が約二キデルトとそれほど広くはない。
慎重に歩けば、洞窟の入口は見つかるだろう。
休憩を終えた俺たちは、岬の探索を開始した。
しかし、しばらく歩いたものの、それらしい地形は見つからない。
「ラミトワ、もう少し岬に入ったほうがいいんじゃないか?」
「うーん、洞窟は岬の入口から続いていると思うんだ……よ……な」
ラミトワが一点を見つめながら、急に動きを止めた。
「ん? どうした?」
「あれ?」
岩壁を指差すラミトワ。
「岩壁? 岩……。ま、まさか!」
「擬岩蟲だね」
「マ、マジか。あれが入口を塞いでたってことか」
「そうだね。何匹いるんだろ」
擬岩蟲が重なり合い、岩壁を作っていた。
正確には分からないが、十匹や二十匹ではないだろう。
「岩だったら何も感じないが、あれが虫だと思うと気持ち悪いな」
「虫って。ただのモンスターですよ? ふふふ」
「同じだろ?」
ティアーヌが片手で口を抑えて笑っていた。
「じゃあ、私の出番ですね」
「頼めるか?」
「もちろんです」
ティアーヌが重槌を背中から下ろし、両手で構えた。




