第258話 見つけに行こう5
準備を終えた俺たちは、後部ハッチから砂浜に降り立った。
周囲にモンスターの気配はない。
「シャルクナ。周囲で何か気配を感じるか?」
「いえ、今のところ感じません。小動物がいるくらいです」
「そうだな。俺も同じ意見だ」
さすがは一流の諜報員であるシャルクナだ。
小動物の気配すら察知している。
飛空船のハッチを閉じてから、俺はティアーヌに視線を向けた。
「さて、リーダー。号令を」
「はい! では出発です!」
俺たちは砂浜から密林に入った。
鬱蒼と木々が生い茂る密林内の景色は、カーエンの森とほとんど同じだ。
「気候が同じなのだから、当たり前か」
本格的な夏が始まったことで、密林内の湿度は恐ろしく高い。
その上、木々が風を遮っており、まるで水中にいるような気分だ。
鎧は湿度で曇り、インナーシャツは絞れば水滴が落ちそうなほど濡れていた。
だが、危険が伴う孤島の探検だ。
暑さを我慢して、俺は最高の装備を装着している。
俺の装備は剣も鎧も一角虎の固有名保有特異種、ヴォル・ディルの素材だ。
純白の長剣は悪魔の爪と名付けられ、漆黒の軽鎧は宵虎鎧と命名された。
ティアーヌの武器は俺と同じく、ヴォル・ディル素材の重槌を背負っている。
名は悪魔の重撃という。
鎧は軽鎧だ。
鎧の色は金色の長髪に合わせているのか、深みのある黄色だ。
素材はモンスターの素材だと思われる。
シャルクナは、自身の身長と同じくらいの両断剣を背負っている。
素材は分からないが、かなりの業物だろう。
鎧は薄い青色の軽鎧だ。
ラミトワは運び屋のため、武器を持たない。
採取短剣を腰に装着している。
鎧は白色に染めた軽革鎧だ。
俺は初めて見る。
「ラミトワ。鎧を新調したのか?」
「うん。私も『ティルコアの彗星』なんて呼ばれるようになったからね。グラント師匠が作ってくれたんだ」
「いいじゃないか。装備にこだわりは必要だ」
「へへへ、ありがとう」
ラミトワが鼻をこすりながら笑顔を浮かべた。
冒険者は装備が重要だ。
ここに金をかけるかどうかで、冒険者としてのレベルが分かる。
装備なんて何でもいいと言う者もいるが、俺から言わせればそれは二流以下だ。
一流の冒険者ほど、装備に金をかけている。
命を守るものだから、冒険者の装備は驚くほど高価だ。
鎧一つで家を買えるほどの物も存在する。
俺の悪魔の爪と、ティアーヌの悪魔の重撃は制作者が同じで、世界最高の鍛冶師と呼ばれるローザが打ったものだ。
市場に出回れば、値段がつかないほどの価値がある。
「密林の中に少し入っただけなのに……」
「方向感覚が失われるから気をつけてね。ティアーヌさん」
ラミトワがいつになく真剣な表情を浮かべていた。
密林を少し進んだところで振り返ったが、もう砂浜は見えない。
周囲は全て同じような木々だ。
ラミトワの言う通り、油断すればすぐに遭難するだろう。
だが、今はラミトワが地図と方位計を持っているし、十メデルトおきに木や枝に印をつけている。
問題ないはずだ。
「虫が多いな。清涼草を炊こう」
俺は虫よけの清涼草に火をつけた。
その途端、厄介な黒紋蚊は姿を消す。
「いくらか快適になったな。さあ、進むぞ」
――
密林内ではモンスターに遭遇することはなかった。
小動物を見かけたくらいだ。
「この島はモンスターがいないのか?」
「どうでしょうね。今のところ気配は感じませんが……。でも一応、ギルドに申請していますので、遭遇しても狩猟は問題ありません」
「さすがだな、ティアーヌ」
冒険者ギルドは、無許可によるモンスターの狩猟を禁止している。
だが、やむを得ない事情があった場合は、ルールの適用外だ。
もちろん、あらかじめ申請している場合も問題ない。
ティアーヌはギルド職員で、しかも調査機関の支部長という立場にある。
そういったルールは当然把握しているし、抜かりはない。
先頭を歩くラミトワが立ち止まり、振り返った。
「アリーシャに聞いたけど、この島に高ランクの大型モンスターはいないみたいだよ。ただ、海棲モンスターや空のモンスターが出る可能性はあるんだって」
「なるほど。空か」
俺は頭上を見上げた。
木々で覆われており、空はほとんど見えない。
密林内では空から襲われることもないだろう。
「あと、気候的に節足型モンスターはいてもおかしくないって」
「節足型か」
節足型はモンスターの中でも特殊で、虫を巨大化させたような存在だ。
その容姿や生態から、特に忌み嫌われている。
正直……俺は嫌いだ。
「ティアーヌさん、少し休憩しよっか」
「そうですね」
ラミトワが腰ほどの高さの岩に座ろうと膝を曲げた。
「ラミトワさん!」
突然、シャルクナが叫びながら両断剣を抜き、放たれた弓矢のごとき速さでラミトワに接近。
そのまま躊躇なく、両断剣を振り下ろす。
「おい! シャルクナ!」
俺が制止するよりも前に、ラミトワが座る前に岩を真っ二つに切り捨てた。
「ちょっとおおおお!」
座る場所をなくしたラミトワが、大きく腕を回しながら、背中から地面に転がる。
「いてっ!」
転がりながらも、岩の断面に視線を向けたラミトワ。
「あ! これは!」
「ラミトワさん、申し訳ありません。大丈夫ですか?」
「うん。シャルクナさん、ありがとう。油断してたよ、ごめん」
「よかったです」
シャルクナが安堵の表情を浮かべた。




