第255話 見つけに行こう2
「釣りは?」
「普通にできます。マルディンさんが絶望的に下手なだけです」
「うるさいよ! 俺の釣りは関係ないだろ!」
この町で趣味といえば、まず考えられるのが釣りだ。
そして、釣りといえば釣った魚で料理が定番といえる。
釣りと料理、それ以外でこの町で何かあるのか……。
そもそも、ティアーヌのスキルは異常に高い。
剣術や体力はもちろん、語学も堪能で、数学や情報処理にも長けている。
やりたいと思えば何でもできるはずだ。
「お前ほど優秀なら、何でもできるだろう?」
「何でもできるから、これといってやりたいことがないのかもしれません」
平然と自分で言ってのけたが、この娘はそれを納得させる実力を持つ。
「うーん。趣味の定番といえば旅行なんかもあるが、お前は諜報員で世界を飛び回っただろうしなあ」
飛空船が普及して、旅行が大流行した。
費用はかかるが、ティアーヌならそれくらいの金は持っているはずだ。
「え? 私と旅行がしたいんですか?」
「ちげーよ!」
「でも、確かに美しい景色を見たり、行ったことのない土地へ行くのは好きです」
「なるほどね。じゃあ、その方向性で考えてみるか」
俺はふと思い出したことがあった。
「あ、そういえば」
「なんですか?」
「いや、趣味というわけではないんだが、面白い物を貰ったんだ」
「面白い物?」
「ああ、凪の嵐の後処理の最中に、ワイト将軍から貰ったんだよ。なんだと思う?」
「えー、なんですか?」
俺は身体をかがめ、ティアーヌに顔を近づけた。
「宝の地図だ」
「た、宝の地図!」
「バカ! 声がでかい」
「ん!」
ティアーヌが両手で口を塞いだ。
「宝の地図ですか?」
ティアーヌもテーブルに伏せるかのように身体をかがめ、小声で話した。
「凪の嵐の宝物庫で発見したそうだ。とはいえ、信憑性は低いからな。ワイト将軍も調査するつもりはないということで、譲り受けたんだよ」
ティアーヌの瞳が輝いている。
「それは興味が湧きますねえ」
「趣味ってわけではないが、暇つぶしにはちょうどいいだろ? 行ってみるか?」
「はい! ぜひお願いします!」
ティアーヌに笑顔が戻った。
やはりこの娘は笑顔が最も似合う。
「うん。やっぱり笑ってるティアーヌが一番可愛いよ」
「あら? 惚れちゃいましたか?」
「惚れてねーっつーの!」
「そんなに強く否定しなくてもいいじゃないですか……」
「す、すまん」
呆れた表情を浮かべるティアーヌの視線が痛い。
俺は誤魔化すように珈琲を口にした。
「ところで、その宝の地図はどこにあるんですか?」
「家にあるよ。見に来るか?」
「はい。今から行ってもいいですか?」
「ああ、構わんよ」
「その前に昼食にしませんか?」
瞳を輝かせ、笑みを浮かべているティアーヌ。
「なるほどね……。分かったよ。好きなもん食え」
「やったー! 料理は作るより食べるほうが好きです!」
ティアーヌは遠慮せず、この店で一番高いメニューを注文していた。
まあ、こうなったのも俺のせいだ。
お詫びとしてご馳走しよう。
――
食事を終え、俺たちは自宅に戻った。
「ティアーヌさん、どうされました?」
「シャルクナさん、聞いて下さい。マルディンさんのせいで、三週間の謹慎になったんです」
「そうだったんですね。それは大変申し訳ございません」
「シャルクナさんは関係ないですよ! あくまでも、マルディンさんのせいですから!」
ティアーヌが俺を睨んでいる。
「はいはい、俺のせいですよ」
「うわー、開き直ってる……。最低……」
「うるせーな! ほら、リビングで待ってろ!」
俺は二階の書斎へ行き、筒状に丸めた宝の地図を取り出す。
そして、一階のリビングへ戻り、テーブルに地図を広げた。
ティアーヌが地図に顔を近づけ、状態を確認している。
「触ってもいいですか?」
「もちろん」
地図に優しく触れたティアーヌ。
指で軽くなぞっている。
「モンスターの革ですね」
「ああ、それも海棲モンスターだな」
古びた地図だが、厚い革製のため破損はない。
ただ、インクはかなり滲んでいる。
かすれている部分もあり、辛うじて見えるという状態だ。
「相当古いですね。数百年、いや、もっとかな……」
地図は正方形で、一辺の長さは五十セデルトほどだ。
地図には海と、いくつかの島しかない。
その中の一つの島が、円で囲まれている。
左下には島を拡大した地図もあり、南西の岬の先端に印がついていた。
「この印が宝の場所ということですかね」
岬の印の隣には、文章らしきものが記載されている。
しかし見たこともない文字で、俺には理解できない。
「この文字は……」
「ティアーヌ、読めるのか?」
「古代語ですね。私はそれほど詳しくないですが……。えーと『海、西、太陽、黄金』。文章になってますが、私はこの単語しか読めませんでした」
古代語が読めるだけでも凄い。
やはりティアーヌは優秀だ。
珈琲を淹れたシャルクナも、地図を覗き込んでいる。
凪の嵐の件で、シャルクナはただのメイドではないことがバレてしまったが、本人は気にせずメイドを続けている。
「どうだ、ティアーヌ。興味が湧いたか?」
「はい! 見つけに行きたいです!」
「じゃあ、行くか。俺も特に予定はないし、最長で三週間は空けられるぞ」
「やったー!」
興味深そうに地図を眺めているシャルクナに、俺は視線を向けた。
「シャルクナも行くか?」
「はい、もちろんです。私はマルディン様の部下ですから」
「いやいや、シャルクナさん。これは仕事ではないですよ?」
「マルディン様の暴走を抑えるのが、私の仕事です」
「しねーっつーの!」
俺は珈琲を口にしながら、テーブルの地図を眺めた。
行くのはいいが、まずはこの島を見つけることから始めなければならない。
「これは古代地図だね。古代王国のものだから、二千年以上前の地図だよ」
「そんなに古いのか。よく残ってたな」
「ねえ、この島の場所は分かってるの?」
「それなんだよなあ。この地図だけじゃ、どこの海かも分からん。まずはこの海と島を探すところ……から……」
この部屋にいるはずがない人間の声に気づく。
声の方向に視線を向けると、テーブルに頬杖をついて、地図を眺めている水色の長髪の娘がいた。




