第254話 見つけに行こう1
◇◇◇
「はあ、困りました」
調査機関の事務所で、ティアーヌが溜め息混じりに呟く。
机に両肘をつき、頬杖をついてうなだれている。
「ティアーヌ支部長、どうしたんですか?」
部下の女性が反応した。
「凪の嵐の件で、私に処分が下されました」
「え! な、内容は!」
「三週間の謹慎です」
「謹慎……ですか?」
「ええ、三週間も仕事ができません」
「いやいや、支部長。それは、なんというか……。こう言ってはなんですが、悪いことではないと思うのですが……」
「えー、仕事ができないんですよ。困るじゃないですか」
「困りますか?」
「だって、仕事は楽しいじゃないですか」
「そ、そうですか……」
支部長席で処分が記載されている書類を眺めるティアーヌ。
もう一度、大きな溜め息をついた。
「支部長、書類を見せていただいてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
書類を受け取った部下は、一通り書類に目を通すと、呆れた表情を浮かべながらティアーヌに視線を向けた。
「あの、支部長。これ、今日からですよ?」
「だから、困ってるんです」
「どうして事務所にいるんですか?」
「だって、することないですし……」
「支部長って、ティルコアに来てからほとんど休んでないじゃないですか。きっと上層部もそれを心配して、今回の処分を決定したのでは?」
「ちゃんと休んでますよ」
部下がティアーヌの背後に回り、席を立たせた。
そして、ティアーヌ愛用のリュックを持たせて背中を押す。
「いーえ、休みでも仕事してます! これは総本部からの命令です! 今日から三週間、仕事のことは一切忘れてください!」
「ちょ、ちょっと!」
部下に背中を押されるティアーヌ。
向かう先は事務所の扉だ。
「謹慎中は事務所に来ちゃダメですよ!」
「ま、待って!」
「それでは休暇を楽しんでくださいね」
外に出されたと思ったら、扉を閉められてしまった。
完全に事務所を追い出されたティアーヌ。
「はあ、書類を見せるんじゃなかった……」
しかし、これは正式な命令だ。
部下は何も間違っていない。
「休みっていっても……」
仕方がないので、ティアーヌはリュックを背負い、繁華街を歩き始めた。
冒険者ギルドに就職してから、三週間もの長い期間を休んだことがない。
ティアーヌは非常に優れた人材で、冒険者ギルド内でも引く手数多だった。
元々はギルド職員として就職したのだが、能力の高さから調査機関の諜報員となり、業務上必要だった冒険者カードを取得。
それも最難関のAランクに合格した。
短い期間とはいえギルドハンターにも就任している。
現在はウィルの直属の部下として、ギルド内でも特殊な地位と立場にあった。
「そうだ! クエストへ行けば! ……って、これも仕事かあ」
道端で立ち止まり、俯くティアーヌ。
「私って、仕事以外何もないのかな……」
いつも笑顔のティアーヌから、微笑みが消えかけた瞬間、背後から肩を叩かれた。
「ティアーヌ、どうした?」
「マルディンさん!」
振り返ったティアーヌは、マルディンの顔を見上げた。
「仕事じゃないのか?」
「それが……、聞いて……ください。うぅ、うう」
マルディンの落ち着いた声と優しい表情を見た瞬間、これまで我慢していた感情が決壊したティアーヌ。
突然、瞳から涙が溢れ出た。
「お、おい! どうした!」
「うう、ううう」
両手で顔を隠し、その場で嗚咽をもらす。
「ちょ、ちょっと!」
「うう、ううう」
繁華街のため、人通りが多い。
マルディンは注目を集めてしまった。
「こ、ここじゃまずい! おい! ティアーヌ!」
◇◇◇
俺はティアーヌを連れて、近くのレストランに入った。
座席は窓際だ。
ひとまず珈琲を注文。
ティアーヌの涙が止まるまで、しばらく待つことにした。
「すみません。お恥ずかしいところをお見せしてしまって……」
二杯目の珈琲を飲み干したところで、ティアーヌが声を絞り出した。
「いや、構わないさ」
俺は店員を呼び、冷めてしまったティアーヌの珈琲を下げてもらい、新しい珈琲を注文した。
「でも、どうしたんだ?」
「元はといえば、マルディンさんのせいなんです」
「俺の……せい?」
「凪の嵐の件で、処分が決まりました」
「な、内容は!」
「それが……三週間の謹慎なんです」
「え? それだけ?」
「それだけって……。私にとっては大事なんです!」
大泣きしているから、降格や左遷などもっと酷い内容を想像していた。
この謹慎は、恐らくウィルの気遣いだろう。
「いいじゃないか。ウィルから休暇のプレゼントだろう? ゆっくり休めよ」
「私……、やることがなくて……」
「趣味とかないのか?」
「仕事です」
「そ、そうか。じゃあさ、これから見つければいいだろ?」
ティアーヌが珈琲を口にした。
そのまま目線だけを俺に向ける。
「じゃあ、マルディンさんが付き合ってください」
「俺が? 若い娘の趣味なんて付き合えるわけないだろ!」
「誰のせいだと思ってるんですか?」
「うっ、それを言われちゃあ」
「はあ、マルディンさんのせいで、こんなに辛い思いをするなんて……」
「わ、分かったよ! 付き合えばいいんだろ!」
今はちょうど、ギルドハンターや調査室の仕事が入っていない。
クエストに関しては、特定のパーティーを組んでいないため、自分で好きなように調整できる。
長期の休みを取ることは可能だ。
「ティアーヌは何かやってみたいことはないのか?」
「特にないんです」
「料理なんてどうだ?」
「一応できます。この町にいたら、できないように見えますけど」
ティアーヌの料理はそれほど凝ったものではない。
だが、それはいつも一緒にいるメンバーたちが料理人と言っていいほどの腕前だからだ。
普通に考えたら上手い部類に入るだろう。
ましてや、料理ができない俺から見たら尊敬に値する。




