第26話 亡き恋人に捧ぐ剣4
「二人が狩猟してくれるから、食事には困りませんね」
キャンプに戻ると解体師のアリーシャが、まるで魚を捌くかのようなスピードで黒森豚と南洋鴨を解体した。
「す、すげーな」
「解体師は皆これくらい普通ですよ? それに上位ランクの解体師になるともっと速いんですから」
「これよりも速いのか?」
「ええ、上位のクエストは大型モンスターが多いので、解体スピードが重視されるんです」
アリーシャが血のついた革製のグローブをはずし、水で手を洗っていた。
「マルディン。作戦変更です。青吐水竜をおびき出しましょう。解体したこの内臓を調査地域へ撒いてきてください」
「別にいいが、夜の森は危険じゃないか?」
「そうですよ。だから冒険者の二人が行くのです」
「なるほどね。そりゃそうだな。あっはっは」
「私たちは食事を用意してますね」
黒森豚と南洋鴨の内蔵や不要な部位を麻袋に詰め、俺とヴェルニカはキャンプを出発。
松明を持ち、薄暗い森を進む。
時折虫除けの清涼草を松明に投入。
これがないと大量の虫が寄ってくる。
特に黒紋蚊は厄介だ。
動物の血を吸う吸血虫の代表格で、病原菌を媒介することでも知られている。
「ねえ、マルディン。暑くない? 大丈夫?」
「ああ、すげー量の汗をかいてるが大丈夫だ。あっはっは」
「マルディンって雪国出身でしょ? どうしてこんな南国へ来たの?」
「何だ急に? どうした?」
「ほら、私はこのクエストで引退してこの地を離れるから、経験者に色々と聞いておきたくてね」
「なるほどね。まあ単純な理由だよ。極寒だったから温暖な地域に憧れてたんだ」
「そんなに寒いの?」
「ああ、全てが凍る。川も山も、……人もな。それに厳冬期の吹雪は一面真っ白になる。家から三歩離れると遭難するんだぜ」
「信じられないわね」
「俺にとっては、この暑さが信じられないわ。あっはっは」
目の前に巨大な黒紋蚊が見えた。
体長が五セデルトもあり、猛烈な羽音を出している。
「うお! ビビった!」
大きさに驚きながら松明で焼く。
南国の虫は巨大だ。
「でけーな。気持ちわりー」
俺の様子を見ていたヴェルニカが笑っていた。
「ヴェルニカはどこへ行くんだ?」
「まずはラクルと住む予定だった皇都タルースカよ」
「大都会じゃないか」
「そうよ。そこでラルクは冒険者として実績を積んで、冒険者ギルドの本国であるラルシュ王国へ渡る計画だったのよ」
「なあ、なんで皆本国へ行きたがるんだ?」
「冒険者ギルドの総本部だもの。主要機関が全て揃っていて設備が桁違い。それに伝説の英雄が所属してるのよ。世界を股にかける二つ名持ちのAランク冒険者たち。飛空船を開発した運び屋。世界最高の鍛治師と呼ばれる開発機関局長。解体師の歴史を変えたギルマス。そして、この世に二人しかいないSランク冒険者の国王と王妃。国王なんて今も現役でクエストへ行くのよ。冒険者なら名を売ってそこへ入りたいでしょう」
「ギルド上層部は化け物ばかりだなあ」
たまに噂を聞くギルドの英雄たち。
興味がないわけではないが、俺とは住む世界が違う。
それに俺はもう出世欲もなく、のんびりと生きていければ良い。
「さあ、着いたぞ」
調査地域に到着。
アリーシャの指示通り内臓や肉を撒いていく。
「これで来てくれるといいが」
「アリーシャの作戦だもの。絶対来るわ。明日が勝負よ」
「そうだな」
「じゃあ戻りましょう。美味しい料理が待ってるわ」
「楽しみだな」
松明片手に森を進み、キャンプへ戻った。
――
「おー、良い匂いだ」
キャンプに帰還。
俺は篝火に向かって、余っていた虫除けの清涼草を投入。
そして柵門に手をかけた。
「おかえりなさい」
「おかえり!」
声をかけてくれたアリーシャとラミトワ。
二人はレンガ造りのコンロで調理している。
「ちょうど今できたとこだよ。はい、お水」
「おお、助かる。ありがとう」
ラミトワが水を用意してくれた。
喉が渇いていた俺は一気に飲み干す。
「ぷはっ。うめーなー」
ヴェルニカはアリーシャの隣りに立つ。
「アリーシャ。指定の場所に撒いてきたわよ」
「ありがとうございます。明日は来ると思いますよ」
「ええ、信じてるわ」
鍋を見つめているヴェルニカ。
「それにしても、本当に豪華な夕食ね」
「食材が余ってしまうので、たくさん使いました。フフフ」
アリーシャが両手を叩いた。
「さあ、ご飯にしましょう」
夕食は獲れたばかりの素材をふんだんに使用。
黒森豚のカレー、黒森豚のスペアリブ、南洋鴨の香辛料漬け焼き、野菜スープとパンだ。
「よし、せっかくだからアレも開けるか!」
俺が持ってきた葡萄酒も開けた。
ラミトワが手を叩いて喜んでいる。
「ねえアリーシャ。これってもうパーティーだよね」
「フフフ、そうですね。美味しい料理を食べて、明日も頑張りましょう」
ラミトワがカレーを配り、ヴェルニカが野菜スープをよそる。
アリーシャはスペアリブを切り分け、俺は葡萄酒を四つの木製コップに注ぐ。
「確かにパーティーだな。あっはっは」
ラミトワが言うように、クエスト中とは思えない豪華な食事を楽しんだ。
――
食事を終えると森は夜に支配され、闇に包まれた。
緩やかな風が木々を揺らす。
日中に比べ涼しさを感じるが、南国の森は湿度が高く汗をかく。
「今日は風呂の日だ」
俺は荷車からいくつかの板と、一枚の薄い鉄板を取り出した。
これは組み立て式の簡易風呂で、飛空船を建造しているラルシュ工業が開発し製造販売している。
数年前にこの簡易風呂が登場するまで、クエスト中は体を拭くか、川や湖で身体を洗っていたそうだ。
不衛生による病を防ぐことが可能になったことで、今やクエスト中の入浴は標準化。
今回は水を大量に持ってきているため、二日に一度のペースで入浴する予定だ。
組み立てが完成。
人が一人入れるくらいの桶に水を張り、薪で湯を沸かす。
桶の周囲には板で目隠しの壁を作る。
「よっし。風呂が沸いたぞ。ほら順番に入っちまえ。俺は最後に入らせてもらうよ」
「マルディン。覗かないでよ?」
「おいおい、ラミトワなんてまだ子供だろ?」
「おい! 私はもう二十二歳だ!」
「あっはっは。すまんすまん。じゃあ、お嬢様、お先にどうぞ」
俺は優雅にエマレパ式の一礼を披露。
「もう、マルディンって絶対にモテないよね」
「うるさいわ!」
その様子を見ていたヴェルニカとアリーシャが笑っていた。




