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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第八章 真夏の大冒険

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第253話 夏の始まり3

 早朝に目を覚ますと、外から風の音は聞こえなくなっていた。

 俺は台風用の裏口から外へ出てみる。


「おお! 台風一過だぞ!」


 無風で雲一つない快晴だ。

 火を運ぶ台風(アグニール)が通過すると、数日間だけ空の色が変化する。

 それは青空と夜空を混ぜたような、独特の濃い蒼色だ。


「マルディン、おはよう! 凄いね!」


 フェルリートが外へ出てきた。

 俺の隣で空を見上げている。


「じゃあ、最後にみんなで朝飯を食うか」

「うん。今回はずっとアリーシャとシャルクナさんに、料理を作ってもらっちゃったなあ」

「たまにはいいんじゃないか?」

「うーん、なんか落ち着かない……。お家の片付けと掃除は私がやる! 任せてね!」

「はは、頼むよ」


 フェルリートは張り切っているが、一人にやらせるわけにはいかない。


 全員で朝食を済ませた後、分担して片付けを開始。

 俺は庭の片付けだ。

 自宅は小高い丘の上にあるため、それほど飛来物はない。

 折れた枝が転がっているくらいだった。


 片付けが終わり、これで避難生活は終了。

 各自帰宅していった。


 帰り際にアリーシャが、黒森豚(バクーシャ)のスペアリブと黒糖ドーナツを配っていた。

 避難生活に手土産なんて呑気な話だが、それくらいこの家では平穏に過ごすことができたということだろう。

 ラミトワは手土産に喜び、「歓喜の踊り!」と叫びながら、いつもより激しく踊っていた。


 全員を見送った後、俺は出かける準備を行う。

 我が家は平穏でも、町はそういかない。

 特に港は被害が大きいだろう。


「シャルクナ。俺は港の後片付けを手伝いに行ってくるよ」

「かしこまりました。いってらっしゃいませ」


 俺は漁師ギルドに顔を出した。

 イスムに話を聞いたところ、今年の被害も大きかったそうだ。

 しかし幸いにも、昨年に続き死者はいないとのことだった。


 桟橋へ向かうと、船の片付けをしているグレクの姿を発見。


「よう、グレク!」

「マルディン、手伝いに来てくれたのか!」

「もちろんさ。漁師ギルドの避難生活は大丈夫だったか?」

「ああ、今年も無事に過ごせたよ。そっちはどうだった?」

「さすが海の石(オルセ)が建てた家だ。全く問題なかったよ」

「すげーな。ってか、また娘たちが集まったんだって?」

「ただの避難だぞ?」

「はいはい、モテる男はいいねえ」

「モテてねーっつーの!」


 グレクとバカな話をしながら作業を開始。

 高波で砂浜に上がった漂流物や、暴風で陸に乗り上げた船を運ぶ。


 そして、俺にしかできない作業を引き受けた。

 屋根や木の枝などの高所に引っかかった漂流物を、糸巻き(ラフィール)で巻き取る。

 人の手が必要な場合は、俺が直接登って処理した。

 俺の作業を見ていた漁師たちは、全員驚いていたようだ。


 一息ついたところで、グレクが俺の肩を叩いてきた。


「相変わらず、すげー装置だな」

「まあな。ギルドの天才が作ったからな」

「あのリーシュって娘だよな。あの娘、釣りが上手いんだよ。港でよく釣りしてるぞ。しかも、釣り竿のリールを改良してるしな」

「はは。そもそもリールを開発したのはリーシュの叔父さんだからな」

「なんつう一族だ。しっかし、なんでこんな田舎の港町に凄い人たちが集まるんだ?」

「そりゃお前、温暖で、景色が綺麗で、飯が旨い。それだけで住む価値があるってもんだろ」

「はは、そう言ってくれると嬉しいぜ」


 昼飯を食ってからはフェルリートも駆けつけ、一緒に手伝ってくれた。


 夕焼けが始まる前には、一通りの作業が終わり解散。

 俺たちは今日の謝礼ということで、漁師ギルドから大量の魚を貰った。


「マルディン、今日もお家に行っていい?」

「ん? 別に構わんぞ」

「夕飯は私が作るね」

「いいのか?」

「うん。避難中はアリーシャとシャルクナさんがずっと作ってくれたから、今日はお返しに私が作りたいなって」

「そうか。じゃあ任せた。フェルリートの料理も楽しみだよ」


 二人で町道をゆっくりと歩く。

 道端には、折れた高木や岩が散乱していた。

 火を運ぶ台風(アグニール)の勢力の強さがよく分かる。


「そろそろ夕焼けだよ」

「ああ、火を運ぶ台風(アグニール)通過後のご褒美だな」


 火を運ぶ台風(アグニール)通過後は、その名称の由来となる夕日を見ることができる。


 太陽を中心に外へ広がるほど、黄橙色から緋色へ変化していく空。

 熱せられた空気が揺らめいており、それはまるで空が燃えているようだ。


 立ち止まって空を眺めていると、フェルリートが俺の腕を掴んできた。


「来年も一緒に見られたらいいなあ」

「見られるだろ?」

「マルディンはずっとティルコアにいるの?」

「もちろんさ。ここはもう俺の故郷だからな」

「嬉しいな。ふふふ」


 フェルリートが少し先へ走り、小さくジャンプして振り返った。


「マルディン! 今年の夏も楽しみだね!」

「ああ、そうだな」

「また一緒に海へ泳ぎに行く?」

「はは、機会があればな」


 昨年はフェルリートたちと海に行った。

 泳げない俺は、泳ぐというよりも海に浸かっただけだが。


「そういえば、やりたいことは見つかった?」

「ん? まだだな。まあゆっくり探すさ。あっはっは」


 フェルリートと話していると、道の先に人影が見えた。

 逆光で顔は見えないが、シルエットで分かる。


「あのメイド服は、シャルクナだな」


 俺が気づいたことを察知したようで、一礼してきた。

 迎えに来たのだろう。


「まったく、真面目な奴だな」

「シャルクナさーん!」


 フェルリートがシャルクナの元へ走る。


「本当に元気な娘だ」


 俊足を誇るフェルリートは、すぐにシャルクナと合流した。

 俺に向かって大きく手を振っている。


「さて。腹も減ったし、旨い魚を食わせてもらうか」


 俺はいつもよりも少し早足で、家路についた。

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