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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第八章 真夏の大冒険

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第252話 夏の始まり2

 俺とラミトワは、アリーシャの肉屋へ向かった。


「あ、マルディン見て。アリーシャが店番してるよ」

「本当だ。珍しいな」


 アリーシャは人気の解体師だ。

 しかも特定のパーティーを組んでいないので、クエストのオファーが次から次へと入るという。

 だが、今日はアリーシャが店番をしている。


「アリーシャ。店番か?」

「マルディン!」


 アリーシャが店のカウンターから外に出てきた。

 クエスト時の服装とは違い、長いスカートのワンピースにエプロンをしている。

 スカートの裾が、少し強くなってきた風になびく。

 金色の美しい髪は、いつものように一本の三つ編みにして右肩から前に出していた。

 この清楚な姿から、解体師なんて想像できない。

 どう見ても店の看板娘だ。


火を運ぶ台風(アグニール)が通過するまで、クエストを断っているんです」

「そうか。ギルドも近日中にクエストを禁止すると言っていたしな。風も出てきたし、懸命な判断だ」

「ありがとうございます。ところで、マルディンが買い物なんて珍しいですね」

火を運ぶ台風(アグニール)が来るから、食料の買い出しだよ」

「ということは、今年は自宅で過ごすんですか?」

「そうだ。ラミトワとフェルリートが、家に避難することになった。フェルリートはアリーシャも誘いたいと言っていたんだ。一緒に来ないか?」

「そうでしたか。私は毎年フェルリートと一緒に避難するので、フェルリートが行く場所へ行きますよ」


 アリーシャとフェルリートは本当の姉妹のような関係だ。

 きっとフェルリートが一人にならないように、昔からアリーシャが一緒に避難していたのだろう。


「やった! アリーシャも決定だ! 大きい肉! 大きい肉を用意して!」

「はいはい。ちゃんと用意しますよ。ラミトワは避難前に家へ寄って、肉を運んでくださいね」

「うん! もちろんだよ!」


 アリーシャがラミトワの頭に手を乗せながら、俺に視線を向けた。


「マルディン、他にも避難する人たちはいますか?」

「今のところはいないが、増えるかもしれんな」

「では、多めに用意したほうがよさそうですね」

「ああ、そうしてくれ」


 もし食材が余っても、家で使うから問題ない。


 その後、具体的な予算や分量について話し合った。

 肉の種類はアリーシャに全て任せる。


「じゃあ、アリーシャ。頼んだぞ」

「はい、分かりました。買い物楽しんでくださいね」

「ああ、ありがとう」


 ラミトワが両手を腰に当て、背筋を反らしながらアリーシャを見上げていた。


「これからドーナツの材料を買うんだ!」

「あら、いいですね。私にも食べさせてくださいね」

「じゃあ、アリーシャが作って!」

「ふふふ、分かりました。長爪鶏(ガロック)の卵を買っておいてくださいね。凄く柔らかいドーナツになりますよ」

「分かった!」


 ラミトワが元気よく返事をしているが、金を払うのは俺だ。

 まあでもアリーシャのドーナツは旨いから、たくさん作ってもらおう。


 俺たちは町の市場へ向かった。


 ――


 ついに火を運ぶ台風(アグニール)が上陸した。

 火を運ぶ台風(アグニール)の避難場所は、町役場、漁師ギルド、冒険者ギルドだ。


 俺の家は避難場所ではないが、災害に強い建物ということで、フェルリート、アリーシャ、ラミトワ、リーシュ、ティアーヌが避難していた。

 いや、避難というのだろうか……。

 リビングで、それぞれがまるで自宅にいるようにくつろいでいる。


 フェルリートはシャツを縫っていて、ラミトワは地図を広げて勉強だ。

 リーシュは設計図を描き、ティアーヌは書類作成に勤しんでいる。

 俺はキッチンのカウンターテーブルで、みんなの様子を眺めながら珈琲を飲む。


火を運ぶ台風(アグニール)でも、この家は全く問題ないな」


 自宅の窓ガラスは板で保護しているが、そもそもが頑丈な作りなので、それ以外は特に補強をしていない。

 火を運ぶ台風(アグニール)の猛烈な暴風雨でも、部屋の中では多少の風切音が聞こえるだけだ。

 家の中は驚くほど快適だった。

 上陸からすでに二日ほど経つが、特にトラブルは起きていない。


「マルディン、今日の夕飯の仕込みが終わりました」


 アリーシャがキッチンから姿を見せた。


「アリーシャに仕込みをやらせてすまんな」

「いえ、とんでもないです。家でたくさん買っていただきましたしね。ふふふ」


 アリーシャはシャルクナと一緒に調理をしていた。

 食材は豊富に用意している。

 アリーシャの肉屋から大量に購入したし、漁師ギルドからも魚を分けてもらえた。

 避難生活の数少ない楽しみが食事だ。

 そのため、アリーシャはいつもよりも豪華な食事を作ってくれていた。


「マルディン。漁師ギルドの予報では、今年の火を運ぶ台風(アグニール)は進行が速いようです。ですので、あと三日ほどで通過すると思います」

「あと三日か。今年の被害はどうなんだろうな」

「ここにいると全く感じませんが、今年の勢力も相当強いですね」

「そうか。怪我人が出てなければいいな」

「そうですね。レイリアさんが暇になるといいのですが」


 レイリアは医師として、町役場で待機している。

 昨年の俺は怪我をして世話になった。


「さて、俺は厩舎を見てくるよ」

「気をつけてくださいね」

「ああ、大丈夫だ。ジルダが地下道を作ってくれたからな」


 石工屋のジルダが、屋敷の地下室と厩舎を繋ぐ地下道を掘ってくれた。

 これで濡れずに厩舎まで行ける。


「本当に凄いお家ですね」

「そうだな。ジルダのおかげだよ」

「マルディンの周りって、凄い人ばかりが集まりますよね?」

「そうか? うーん、もしそうなら、その最たる人物はアリーシャだな」

「も、もう! からかわないでください!」

「あっはっは。ギルマス唯一のお弟子様だ。お前が一番凄いに決まってるだろう」


 アリーシャが珍しく、俺を睨みつけていた。

 もちろんそれは照れ隠しだ。

 それに美人が睨んでも、ただ綺麗な表情を浮かべているだけで何も怖くない。


 避難生活だというのに、昨年とは違い、ゆったりと時間は過ぎていく。

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