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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第八章 真夏の大冒険

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第251話 夏の始まり1

「マルディン。火を運ぶ台風(アグニール)の予報が出たぞ。一週間後に上陸する」


 ギルドへ顔を出すと、ロビーで副支部長のパルマが声をかけてきた。


「ついに火を運ぶ台風(アグニール)が来るのか」


 マルソル内海南部は、毎年初夏に火を運ぶ台風(アグニール)と呼ばれる巨大な自然台風が発生する。

 猛烈な暴風雨は家屋を破壊し、港に係留している船をも陸に上げてしまう。

 その被害は死者を出すほどだ。


 そして、夏の到来を告げることでも知られていた。

 火を運ぶ台風(アグニール)が通過すると、この地方は本格的な夏が始まる。


「マルディン、今年の避難はどうするんだ?」

「自宅で過ごすつもりだよ」

「そうか、豪邸だしな。災害にも強いんだろ?」

「ああ、海の石(オルセ)のみんなが、自信を持って建ててくれた家だからな。火を運ぶ台風(アグニール)にも負けないと言っていたし、安心して家で過ごせるってもんさ」

「いいねえ。去年は大変だったからな。ゆっくりしてくれ」

「ああ、ありがとう」

「何人かはそっちへ行きたがるんじゃないか?」

「まあ、そうなったら受け入れるよ。災害だしな」

「ギルドのことは任せてくれ」

「頼りにしてるぜ、副支部長」


 俺はパルマの肩を軽く叩いた。

 食堂へ向かうために振り返ると、目の前で元気に手を挙げている娘がいた。


「はい! 私! 行きます!」

「出たな、ラミトワ。っていうか、お前は昨年ギルドにも避難してなかっただろ? 家にいろよ」

「昨年と今年は違うであります! 今年は避難を考えております!」


 どうせ、家に来たいだけだろう。

 最近は俺が不在の時も、どうやら家に来ているらしい。


「シャルムも連れて行くであります!」

「そうか。シャルムと一緒か。まあ家の厩舎は頑丈だからな。分かった、いいぞ」

「ありがとうございます!」

「良かったな。お前も厩舎でシャルムと一緒に過ごすんだぞ」

「なんでだよ!」


 ラミトワが俺に飛びつき、腹を殴ってきた。

 もちろん、何も痛くない。


「ははは。じゃあ、よろしくな。マルディン」

「はいよ」


 パルマと別れ食堂へ移動すると、カウンターでフェルリートが洗い物をしていた。

 ラミトワが早足でフェルリートに近づく。


「フェルリート。私は火を運ぶ台風(アグニール)の避難で、マルディンの家に行くよ」

「え? マルディンの家に行くの?」

「うん! おっさんが来いってうるさくてさ。もうやんなっちゃう」


 左手を腰に当て、右手で肩をすくめるラミトワ。

 目を見開き、絶妙にムカつく表情を浮かべている。


「言ってねーけどな」


 ラミトワを素通りし、俺はカウンターに座る。

 珈琲を注文すると、フェルリートが俺に視線を向けた。


「ねえ、マルディン。私も行っていい?」

「もちろんだ。元々、お前を誘うつもりだったしな」

「ありがとう。やっぱり怖くて……」


 フェルリートは台風で両親を亡くし、小さい頃から一人暮らしをしている。

 それ以来大きな台風が来ると、町役場へ避難していたそうだ。

 冒険者ギルドに就職してからは、ギルドへ避難している。


「うるさい奴もいるが、それは我慢してくれ」


 隣に座ったラミトワが、俺の顔を見上げた。


「私のこと?」

「他にいるか?」

「なんでだよ! こんなにおしとやかな美人なのに!」

「ほら、もううるさいんですけど?」

「おっさんのせいだろ!」

「おしとやかな女性は、そんな言葉遣いをしません」

「うるせーな! マルディンのバカバカバカ!」


 ラミトワが俺の腕を何度も叩く。

 フェルリートは特に気にした様子もなく、淡々と珈琲を淹れていた。

 まあいつものことだ。


「はい、珈琲だよ。ご飯も食べていく?」

「あー、そうだな。せっかくだし食っていくか」


 俺はフェルリート特製のカレーを注文。

 いつものように黒森豚(バクーシャ)のスペアリブをトッピングだ。

 ラミトワも俺の真似をして注文していた。


 完成したカレーが運ばれてくると、ラミトワが猛烈な勢いでスプーンを口に運ぶ。

 確かにフェルリートのカレーは旨いから、その気持ちは分からないでもない。

 フェルリートはそんなラミトワを全く気にせず、俺に視線を向けた。


「ねえ、マルディン。アリーシャを呼んでもいいかな?」

「もちろんさ。あ、じゃあ、アリーシャの店で肉を買っておくか」

「そうだね。みんなでお金を出し合って買おうよ」

「それくらい俺が出すって」

「え? 悪いよ」


 ラミトワがスプーンを運ぶ手を止めた。

 真顔で俺を見つめている。


「え? 出すの?」

「お前は出せよ」

「はあ! なんでフェルリートはよくて、私はダメなんだよ!」

「ラミトワは特別な存在なんだよ」

「もう! 私のことが好きだからって、いっつもいじめる! 腰痛おっさんなんてこっちからお断りだっつーの!」

「じゃあ来ないのか?」

「行くよ! バカ!」

「はいはい、金貨一枚になります」

「たけーよ! バカ!」


 ラミトワがスプーンを握りしめながら、椅子から飛び降りた。

 俺を睨みつけている。

 もちろん、金なんて取るつもりはない。


「おい、ラミトワ。お前、今日の仕事は?」

「え? 今日? もう終わりだけど」

「飯食ったら買い出しに行くぞ」

「やった! 買い出しだ! 黒糖ドーナツの材料も買おうよ!」

「ドーナツか。いいぞ」

「やった! やった! マルディン、結婚してあげる!」


 スプーンを握りながら、いつもの変なダンスを始めたラミトワ。


「それは断る」

「なんでだよ!」

「お前よりドーナツが好きだからな」

「ふざけんじゃねー!」


 ラミトワの叫び声が食堂に響くと、フェルリートが腹を抱えて笑っていた。

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