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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第八章 真夏の大冒険

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第249話 独身おっさんたちの憂鬱1

 ◇◇◇


 ティルコア港には、漁師が利用する食堂がある。

 新鮮な魚を、安く大盛りで提供することで人気だ。

 もちろん漁師以外も利用は可能だが、早朝の客は漁師だけだった。


 深夜の漁から帰港したグレクが、食堂で朝食をとっていた。

 店のマスターが厨房から顔を出す。


「グレクさん! 今日の大剃鯵(フーレル)は脂が乗ってたよ!」

「だろ、マスター。今が旬だしな。それに、今年は例年に比べて大きいんだ」

「そうか、明日も頼むよ! お! いらっしゃい!」


 店の扉が開くと、マスターが声を張り上げた。


「ジルダさんか。珍しいねえ」

「ちょっと朝から仕事でね。マスター、今日のオススメは?」

「活きのいい大剃鯵(フーレル)が入ったんだよ。グレクさんが獲ったんだ」

「お、いいね。じゃあそれを頼むよ」

「はいよー」


 店に入ってきたのは石工屋のジルダだ。

 ジルダはすぐにグレクに気づき、向かいの席に腰を下ろした。


「ようグレク。調子はどうだ?」

「ぼちぼちさ。それより、お前がこの店に来るなんて珍しいな。どうしたんだ?」


 この二人は同い年の幼馴染で、親友であり、昔からの悪友だ。

 

「ああ、マルディンの家を工事していてな。今日もこれから行くんだよ」

「工事? 家は完成してるだろ?」

「今は地下道を掘ってるんだよ。そろそろ火を運ぶ台風(アグニール)が来るから、その前に完成させたいんだ」

「地下道? そんなの掘ってどうすんだ?」

「厩舎と地下室を、地下道で繋ぐんだ」

「なるほどね。台風でも厩舎に行けるようにするのか」

「そうだ。あいつの黒風馬(ルドフィン)って、皇帝陛下から賜ったらしいからな。そんな貴重な馬だから、いつでも様子を見に行けるようにしてるんだ」

「その話は聞いたよ。あいつマジで凄すぎんだろ」


 田舎の庶民にとって、皇帝陛下なんて伝説上の人物に等しい。

 ほとんどの人間は、目にする機会すらなく生涯を終える。


「凄いっていやあ、あいつ、海賊を壊滅させたんだって?」

「まあ色々あってな」

「あいつ、前は怒れる聖堂(ナザリー)を壊滅させたんだぜ」

「お前が大怪我したやつだろ」

「そうだよ。俺は数人にやられて死にそうになったってのに、あいつは一人で組織ごと潰したんだ。信じられんよ」


 ジルダは以前、マルディンと怒れる聖堂(ナザリー)に関わったことがあった。

 ジルダの生死をさまようほどの大怪我に、マルディンは激昂。

 怒れる聖堂(ナザリー)を壊滅させた。


 そして先日、ティルコアの漁船を襲った凪の嵐(カーラル)に激怒したマルディンは、そのままアジトへ乗り込み凪の嵐(カーラル)を壊滅させた。

 グレクはその漁船に乗船しており、剣士の表情に変貌したマルディンを目の当たりにしていた。


「あいつは特別だと思うぞ。まあでも、今回はシャルクナさんと、ティアーヌさんも一緒に行ったんだよ」

「え! マジかよ! シャルクナさんってメイドじゃないのか?」

「分からん。だけど、マルディンの家で住み込みのメイドをやるくらいだ。普通じゃないんだろうよ」

「そうだよなあ……」


 朝からマルディンを話題にする二人。

 二人ともマルディンの親友だが、知らないことは山ほどある。

 もちろん、マルディンがどれほど凄い人物でも、その友情は変わらない。


「ん? 先輩たちじゃん。二人揃って何してんの?」

「なんだ、パルマか。珍しいな」


 二人に声をかけたのは、冒険者ギルドの副支部長パルマだ。

 パルマは二人の後輩で、年齢は一つ下になる。

 とはいえ、社会に出た今は、幼馴染みとして対等に付き合っている。


「アミルの体調が悪くて、寝かせてるんだ」

「マジかよ。アミルちゃんは大丈夫か?」

「ああ。昨日、レイリア先生が往診してくれたよ。季節の変わり目で体調を崩したそうだ。数日寝てれば元気になるってさ」

「そりゃ良かった」


 安心したグレクが、麦茶を飲み干す。

 空になったグラスに、パルマがやかんの麦茶を注ぐ。


「グレクもいい加減結婚しろよ。レイリア先生狙いだろ?」

「あ? レイリア先生? もうとっくに諦めてるわ。レイリア先生は……マルディンのことが……。見てりゃあ分かるだろ」

「まあ、そうだな……」


 若干、涙目になりながら、グレクがジルダに視線を向けた。


「そういや、ジルダはアリーシャさん狙いだろ?」

「はっ、無理無理。アリーシャさんもマルディンのことが好きみたいだしな。とっくに諦めてるわ」

「だよなあ……」


 二人が同時に肩を落とす。

 グレクもジルダも、意中の女性が別の男に好意を持ったことで諦めていた。


 ジルダが手に取った麦茶のグラスを見つめる。


「でもよう、相手がマルディンだから仕方ねーよ」

「だな。そこら辺の男だったら勝てる自信はあるけど、マルディンはなあ」

「ああ、あいつはマジですげーよ。怒れる聖堂(ナザリー)の時は本当に世話になった。思わず惚れそうになったくらいだしな」

「分かる。凪の嵐(カーラル)が襲ってきた時なんて、あいつは一人で海賊の船に乗り込んだんだ。正直、あれには痺れたぜ」


 二人は顔を見合わせた。


「「はああ」」


 そして同時に深い溜め息をついた。


「ははは。マルディンはAランク冒険者だしな。そりゃ化け物だよ」


 パルマが笑顔を浮かべながら、二人に声をかけた。


「ちっ、んなこと分かってるよ」

「ってか、なんでお前が嬉しそうなんだよ」


 グレクが不満そうにパルマを睨みつけた。


「マルディンは今やうちの支部のエースだぞ。いや、恐らく……この国で最も優れた冒険者さ。犯罪組織なんかに負けないって」


 冒険者ギルドの職員として、所属冒険者の活躍は鼻が高い。

 マルディンの活躍が、心から嬉しいパルマだった。


「パルマさん、おまたせー」

「おお、こりゃ旨そうな大剃鯵(フーレル)だな。脂が乗ってる」

「グレクさんが獲ったからね」


 パルマが注文した料理がテーブルに置かれると同時に、店の扉が開いた。

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