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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第七章 薫風南より来たる

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第248話 暴走の後始末8

「マルディン、おかえりなさい」

「よくここにいることが分かったな」

「シャルクナさんが教えてくれたの」


 フェルリートが俺に近づき、包帯を巻いた顔を見つめている。

 その大きな瞳に、俺の姿が映って見えるほどだ。


「ちょっ! ち、近いぞ!」

「怪我したの?」

「まあちょっとな。大したことはないよ。レイリアが治療してくれたから傷跡も残らない」

「よかったー。ずっと心配してたんだよ」

「すまんな、フェルリート。心配かけた」

「ううん。町のことを想ってやってくれたって分かってるもん。いつもありがとう」


 レイリアが用意した椅子に座るフェルリート。

 妙に明るいが、無理して明るく振る舞っているのだろうか。


「ねえ、マルディン。夕飯を食べに行かない?」

「夕飯? ああ、構わんぞ」


 フェルリートがレイリアに視線を向けた。


「レイリアさんも一緒に」

「私も? いいの?」

「うん。今日はみんなを誘ってるの。マルディンが帰ってくるって聞いていたから、町のレストランを予約したんだ。みんなで釣りの打ち上げをするの」

「そうね。マルディンがいなくなって、それどころじゃなかったものね」


 二人が俺を見つめている。


「うっ、まあ、あれだ。今日は俺が奢るよ」

「大丈夫だよ。あの時シャルクナさんが釣った一角鮪(グラーダ)を売ったお金があるの。それにね、イスムさんが『ちゃんと食え』って、新鮮な一角鮪(グラーダ)を提供してくれたんだ」

「そうか。そりゃ、ありがたいな」


 俺たちは診療所を出て、のどかな町道を歩く。

 すでに夕焼けが始まっており、翠玉色の海が光輝く黄金色に変化した。

 いつものティルコアの景色だが、久しぶりということもあり、俺は懐かしさを感じていた。


 これが俺の故郷の景色で、俺の海だ。


「なあ、フェルリート」


 俺は立ち止まり、前を歩くフェルリートに声をかけた。

 振り返るフェルリート。


「ん? どうしたの?」

「心配かけてすまなかった。だけどな、俺は何があっても絶対に帰ってくるよ」

「え……。う、うん。ありがとう」

「だから、安心してくれ」


 フェルリートが俯いた。

 表情が影となりよく見えない。


「本当はね。怖くてたまらなかったの。マルディンが帰ってこなかったらって……」

「大丈夫だ。絶対に帰る。ここは俺の故郷だしな。それに、お前を一人にはさせないさ」

「マルディン……」


 フェルリートが、突然俺の胸に飛び込んできた。


「うう、うう」


 俺に抱きつき、涙を流している。


「あらあら、またフェルリートを泣かしたわね」


 レイリアがフェルリートの背中を擦る。


「そんなつもりじゃなかったんだが……」


 俺もフェルリートの頭をそっと撫でた。


「うう、マルディン、レイリアさん、ごめんなさい。私、泣いてばかりだ」

「いいのよ、フェルリート。マルディンには本当の自分を出しなさい。あなたはすぐに我慢するんだから」

「うう、ごめんなさい」

「もう我慢しなくていいのよ」


 レイリアの言葉を聞いた瞬間、堰が切れたように号泣するフェルリート。

 俺たちはしばらくその場で、フェルリートが泣き止むのを待った。


「フェルリート、大丈夫か?」

「うん、ごめんなさい。もう大丈夫」


 俺から離れたフェルリートは、ハンカチで涙を拭う。

 目は腫れているが、元気は出たようだ。


「ふふ、泣いたらお腹減っちゃった」

「はは、いいことだ。じゃあ、飯を食いに行くぞ」

「うん!」


 フェルリートが顔を上げ、満面の笑みを見せてくれた。

 やはりこの娘は笑顔が最も似合う。


 レイリアも笑顔を浮かべながら、風に流れる黒髪を耳にかけ、海を眺めた。

 暖かく湿った海風が、潮の香りを運ぶ。


「そろそろ本格的に夏が始まるわね。火を運ぶ台風(アグニール)が来るわよ」

「そうだな。もう夏だな」


 ティルコアに来て、二回目の夏が始まる。

 夏の暑さは経験したから、もう大丈夫だ。

 それに、しばらくは夜哭の岬(カルネリオ)も大人しくなるだろう。


「よし。今年は夏を満喫するぞ」


 これこそ、俺がこの町に来た理由だ。


 レイリアが手を口に当て、笑っていた。


「あなた、泳げないでしょ?」

「うるさいよ。泳ぐだけが夏じゃないんだよ」


 フェルリートが身体をかがめ、俺の顔を覗き込んできた。


「じゃあ、なにするの?」

「そ、それを見つけるんだよ」

「あはは、今から見つけるんだ」

「そうさ、時間はあるんだ。ゆっくり見つけるさ。あっはっは」


 夕日に照らされた三人の影が、長く伸びる。

 俺たちは、紅く染まった道をゆっくりと歩いた。

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