第248話 暴走の後始末8
「マルディン、おかえりなさい」
「よくここにいることが分かったな」
「シャルクナさんが教えてくれたの」
フェルリートが俺に近づき、包帯を巻いた顔を見つめている。
その大きな瞳に、俺の姿が映って見えるほどだ。
「ちょっ! ち、近いぞ!」
「怪我したの?」
「まあちょっとな。大したことはないよ。レイリアが治療してくれたから傷跡も残らない」
「よかったー。ずっと心配してたんだよ」
「すまんな、フェルリート。心配かけた」
「ううん。町のことを想ってやってくれたって分かってるもん。いつもありがとう」
レイリアが用意した椅子に座るフェルリート。
妙に明るいが、無理して明るく振る舞っているのだろうか。
「ねえ、マルディン。夕飯を食べに行かない?」
「夕飯? ああ、構わんぞ」
フェルリートがレイリアに視線を向けた。
「レイリアさんも一緒に」
「私も? いいの?」
「うん。今日はみんなを誘ってるの。マルディンが帰ってくるって聞いていたから、町のレストランを予約したんだ。みんなで釣りの打ち上げをするの」
「そうね。マルディンがいなくなって、それどころじゃなかったものね」
二人が俺を見つめている。
「うっ、まあ、あれだ。今日は俺が奢るよ」
「大丈夫だよ。あの時シャルクナさんが釣った一角鮪を売ったお金があるの。それにね、イスムさんが『ちゃんと食え』って、新鮮な一角鮪を提供してくれたんだ」
「そうか。そりゃ、ありがたいな」
俺たちは診療所を出て、のどかな町道を歩く。
すでに夕焼けが始まっており、翠玉色の海が光輝く黄金色に変化した。
いつものティルコアの景色だが、久しぶりということもあり、俺は懐かしさを感じていた。
これが俺の故郷の景色で、俺の海だ。
「なあ、フェルリート」
俺は立ち止まり、前を歩くフェルリートに声をかけた。
振り返るフェルリート。
「ん? どうしたの?」
「心配かけてすまなかった。だけどな、俺は何があっても絶対に帰ってくるよ」
「え……。う、うん。ありがとう」
「だから、安心してくれ」
フェルリートが俯いた。
表情が影となりよく見えない。
「本当はね。怖くてたまらなかったの。マルディンが帰ってこなかったらって……」
「大丈夫だ。絶対に帰る。ここは俺の故郷だしな。それに、お前を一人にはさせないさ」
「マルディン……」
フェルリートが、突然俺の胸に飛び込んできた。
「うう、うう」
俺に抱きつき、涙を流している。
「あらあら、またフェルリートを泣かしたわね」
レイリアがフェルリートの背中を擦る。
「そんなつもりじゃなかったんだが……」
俺もフェルリートの頭をそっと撫でた。
「うう、マルディン、レイリアさん、ごめんなさい。私、泣いてばかりだ」
「いいのよ、フェルリート。マルディンには本当の自分を出しなさい。あなたはすぐに我慢するんだから」
「うう、ごめんなさい」
「もう我慢しなくていいのよ」
レイリアの言葉を聞いた瞬間、堰が切れたように号泣するフェルリート。
俺たちはしばらくその場で、フェルリートが泣き止むのを待った。
「フェルリート、大丈夫か?」
「うん、ごめんなさい。もう大丈夫」
俺から離れたフェルリートは、ハンカチで涙を拭う。
目は腫れているが、元気は出たようだ。
「ふふ、泣いたらお腹減っちゃった」
「はは、いいことだ。じゃあ、飯を食いに行くぞ」
「うん!」
フェルリートが顔を上げ、満面の笑みを見せてくれた。
やはりこの娘は笑顔が最も似合う。
レイリアも笑顔を浮かべながら、風に流れる黒髪を耳にかけ、海を眺めた。
暖かく湿った海風が、潮の香りを運ぶ。
「そろそろ本格的に夏が始まるわね。火を運ぶ台風が来るわよ」
「そうだな。もう夏だな」
ティルコアに来て、二回目の夏が始まる。
夏の暑さは経験したから、もう大丈夫だ。
それに、しばらくは夜哭の岬も大人しくなるだろう。
「よし。今年は夏を満喫するぞ」
これこそ、俺がこの町に来た理由だ。
レイリアが手を口に当て、笑っていた。
「あなた、泳げないでしょ?」
「うるさいよ。泳ぐだけが夏じゃないんだよ」
フェルリートが身体をかがめ、俺の顔を覗き込んできた。
「じゃあ、なにするの?」
「そ、それを見つけるんだよ」
「あはは、今から見つけるんだ」
「そうさ、時間はあるんだ。ゆっくり見つけるさ。あっはっは」
夕日に照らされた三人の影が、長く伸びる。
俺たちは、紅く染まった道をゆっくりと歩いた。




