第25話 亡き恋人に捧ぐ剣3
「ヴェルニカ、今日は引き上げよう。また明日だ」
「そうね。皆の意見も聞いて調査した方がいいわね」
ヴェルニカに声をかけ、キャンプ地へ帰還。
アリーシャとラミトワが食事の用意をしていた。
「おかえりなさい。今日はカレーですよ」
「おお、カレーか。いいな」
俺はエマレパ皇国に来て、初めてカレーというものを食べた。
初めは辛くて二度と食べないと思ったのだが、なぜかこの辛さが癖になっていく。
また、エマレパ産の香辛料は辛さだけではなく、複雑で奥深い旨味を持っていた。
俺がエマレパ皇国を気に入った理由の一つが、この香辛料やカレーだ。
食事をしながら、今日発見した青吐水竜の痕跡場所を伝えると、ラミトワが地図に印をつけた。
そして、地図をアリーシャに見せる。
「ねえ、アリーシャ。この砂浜にいるってことは、この付近が寝床じゃない?」
「そうですね。青吐水竜は湿った森林を好みますし、行動範囲を考えるとラミトワの言う通りでしょう」
「ヴェルニカ、明日はこの付近を調査して」
ラミトワが地図に円を描き、ヴェルニカに手渡した。
「分かったわ。ありがとう二人とも。さすがね」
解体師はモンスターの生態に精通しているし、運び屋は地形を知り尽くしている。
頼もしい二人だ。
「さあ、今日は早めに寝るとしよう。明日から本格的な調査だ」
俺は全員に声をかけ、見張りの順番を決めて就寝した。
――
「マルディン」
「ん?」
「見張りの番だよ」
声をかけられ目を覚ます。
ラミトワが俺の肩を軽く揺すっていた。
深夜の見張りだ。
「ああ、ありがとう」
他のメンバーを起こさないように小声で話す。
「異変はなかったよ。清涼草を忘れないでね」
「分かった。じゃあゆっくり寝てくれ」
「うん。おやすみ」
俺は静かに小屋を出て、柵の外へ向かった。
柵の外側には鉄製の篝火台を六台設置しており、キャンプ地に到着してから昼夜問わず篝火を焚いている。
その理由は虫除けだ。
俺は篝火に向かって、虫除け効果がある清涼草を投入。
これで虫は寄りつかない。
もしこの清涼草が切れると、無数の虫が集まってしまう。
虫除けは夏場のクエストで最も重要なアイテムの一つだ。
俺はキャンプ地を出て周辺を歩く。
南国の森は騒がしい。
様々な小動物や、昆虫の鳴き声がそこら中から聞こえる。
厄介な昆虫黒紋蚊も飛び交ってるが、清涼草を燃やした松明を持っているため近寄ってこない。
「ん?」
前方で木の枝が大きく揺れた。
だが風はないし、音が聞こえたのは一箇所だけだ。
不審に思った瞬間、前方頭上に生き物の気配を感じた。
「闇翼鼠!」
俺は松明を前方に掲げる。
Cランクモンスター闇翼鼠の姿を発見。
体長二メデルトほどで、夜行性の肉食モンスターだ。
性格は獰猛。
鋭い両手足の四爪は獲物を簡単に引き裂き、二本の突き出た長い前歯で食いちぎる。
最大の特徴は、手と足の間にある翼のような大きな膜だ。
手足を広げ膜を伸ばすことで、高所から滑空する。
風に乗ると数キデルト以上滑空することもあるという。
「キャンプを狙われたか。ちっ、厄介だぞ」
基本的にモンスターや動物は火に近寄らない。
だが闇翼鼠は上空から襲撃するため、篝火も柵も簡単に飛び越える。
木から木へ、枝から枝へ素早く滑空する闇翼鼠。
俺の頭上を越え、キャンプの方角へ飛んでいく。
「行かせねーよ!」
俺はすぐに松明を地面に刺し、糸を発射。
闇翼鼠は空中で身体を捻り急旋回。
糸をかわし、そのまま俺に向かって、爪を剝き出しにして飛びかかってきた。
「くっ!」
俺はとっさに右へ飛び込み、地面で一回転しながら身体を起こす。
着地した闇翼鼠は俊敏な動きで木を駆け上がり、再度滑空しながら襲ってくる。
あの爪が当たれば俺の身体は引き裂かれるし、前歯で噛まれたら頭蓋骨なんて簡単に砕かれるだろう。
俺に向かって一直線で飛びかかる闇翼鼠。
「喰らえ!」
糸を発射するも、恐るべき反射神経を誇る闇翼鼠は空中で身体を斜めに捻り、一回転しながら糸をよけた。
だが、その分滑空スピードは落ちる。
俺にとって十分な余裕が生まれた。
長剣を抜き、滑空する闇翼鼠の頭部に向かって振り下ろす。
後は勝手に闇翼鼠が滑空しながら、俺の左右を通り過ぎてくれるだけだ。
頭部から尻尾まで真っ二つに両断された闇翼鼠。
左右対称に別れたそれぞれの半身は、膜の影響で十メデルトほど滑空したまま地面に滑り落ちた。
「ふう、危なかった」
闇翼鼠の死骸に近づく。
「そういや、ギルドのクエストボードに闇翼鼠の狩猟クエストが貼ってあったな」
闇翼鼠の死骸を回収し、やむを得ない緊急討伐だったことをギルドに報告すれば、クエスト完了扱いになる。
「どうすっか。報告すると金は入るが、一人で闇翼鼠を討伐したことがバレちまう……」
俺は地面に刺した松明を抜き、闇翼鼠の死骸を照らした。
すると、少し離れた木々の隙間に、いくつかの小さく光る玉を発見。
「あれは?」
炎が眼球に反射した南狐や黒山猫だった。
夜行性の小型肉食動物だ。
人間を恐れて襲ってこないため危険はない。
「あー、腹減ってるのか。いいぞ。美味い食事をどうぞ。あっはっは」
動物たちに声をかけ、その後もしばらく見張りを続けたのち、俺はキャンプへ戻った。
――
二日目の朝。
俺は深夜の出来事がなかったかのように朝食を取る。
誰も気づいてない。
「マルディン、行くわよ」
「ああ、準備できた。行こう」
調査のためヴェルニカとキャンプを出発。
ラミトワの地図を見ながらポイントへ向かった。
日没直前まで調査したものの、この日は収穫なし。
「今日はダメだな。そろそろ日が暮れる。戻ろう」
「そうね」
「ん? おい、ヴェルニカ。何か動いたぞ」
「え? ああ、あれは黒森豚よ」
俺は黒い物体が動いたようにしか見えなかった。
黒森豚は体長一メデルトほどの中型草食動物だ。
環境への適応力が高く繁殖力が強いため、世界中の森林に生息する。
柔らかな赤身と脂身は、どんな料理にも使えるほど美味い。
家畜としても飼育されており、世界中で人気の食材だ。
「お前、視力いいな」
「射手は視力が大切だもの。せっかくだし、狩っておこうかしら」
「そうだな。黒森豚は」
俺が話している途中に、ヴェルニカが矢を二回放つ。
「……美味いからな」
「アリーシャに解体してもらうわ。今夜は黒森豚のカレーね」
ヴェルニカが言い終わると同時に、百メデルト先で黒森豚の悲鳴が聞こえた。
ヴェルニカの実力は相当なものだ。
特に弓を構え発射するまでのスピードが尋常ではない。
「お前すげーな」
「ふふ、師匠が良いからね。弓の腕だけならAランクにも劣らないと思ってるもの」
俺はまだAランク冒険者に会ったことはないので分からないが、アリーシャの弓の腕前は、俺が在籍していた月影の騎士でも間違いなく上位に入る。
「さあ、黒森豚を持ち帰るわよ」
仕留めた黒森豚の元へ歩き始めると、草木が揺れ、茂みから鳥が羽ばたく音が響く。
「マルディン! 南洋鴨よ!」
南方の海に生息する水鳥の南洋鴨だ。
体長は五十セデルトほどで、足の水かきを巧みに使い水上で生活する。
餌を求めて森林にも姿を現す。
南洋鴨の肉は脂身が少なく弾力性に優れ、濃厚な味がするため南国では人気食材の一つだった。
「あー、飛び立っちゃったわね。私好きなのになあ」
ヴェルニカが弓を構える前に飛び立った南洋鴨。
「まあ待て」
南洋鴨は地上から飛び立つ速度が遅い。
俺は糸巻きを構え発射。
糸の長さは最大で十メデルトある上に、発射速度を最高に設定している。
この距離なら十分間に合う。
「グアガァ!」
南洋鴨に絡みついた糸。
俺は再度手首を回し糸を巻き取った。
「おっし! 捕れたぞ!」
「な、何それ? ずるくない? 反則的な装置ね」
「俺もここまで凄いものになるとは思わなかったんだよ」
「マルディンも大概よね。やっぱり、あなた実力隠してるんじゃないの?」
「んなわけねーだろ。俺は万年Cランクのしがないおっさん冒険者さ」
「ふーん」
その後、俺が黒森豚を担ぎ、ヴェルニカが南洋鴨を持ってキャンプへ帰った。