第246話 暴走の後始末6
俺の心を読んだかのように、王妃が笑みを浮かべた。
「『冒険者ギルドとしては、マルディンを全面的に支持する』そうよ」
「え? 支持……ですか?」
「ええ、そうよ。国際的な冒険者ギルドとはいえ、他国に干渉することはできないわ。でも、犯罪組織の壊滅は、現在のギルドの使命でもあるのよ。それに、あなたはこれまで、ギルドのために数々の難しいクエストをこなしてくれたもの。今度はギルドがあなたを全面的に支援するということよ。ちなみに、そのギルドの本国ってどこか知ってる?」
「まさか!」
冒険者ギルドの本国はラルシュ王国だ。
「公式には言えないけどね。ラルシュ王国も可能な限りあなたに協力するわ。私もね、騎士団長時代は犯罪組織と戦ったのよ。数々の組織を潰したわ。私の立場ではもうできないけど、今でも現場に出たいと思っているのよ。うふふ」
さすがは世界三大剣士の一人だ。
美しい見た目とは裏腹に、驚くほど武闘派だった。
背後に立つリマとウィルが、苦笑いしている。
そういえば、騎士団長時代の王妃は、犯罪組織にかけられた懸賞金が最高額だったと聞いたことがある。
「キルスとの会談内容に入ってないけど、その点も話すつもりよ」
「そうでしたか。お手数をおかけして申し訳ございません」
「国家間の交渉事があったら、協力するから遠慮なく言ってね」
「も、もったいなきお言葉、感謝申し上げます」
「もう、普通にしてって言ったでしょう」
少しだけ頬を膨らませる王妃。
威厳に満ちているとはいえ、美しさの中に可愛らしさが見える。
「ところで、レイ陛下のティルコア来訪を知る者はいるのですか?」
「キルス陛下だけだよ」
答えたのはリマだった。
「このギルドには、ウィルが立ち寄ることしか伝えてない」
「なるほどね。では、俺が今日この場でレイ陛下に謁見した事実はないということか」
「理解が早くて助かるよ」
リマが片目を閉じて、笑みを浮かべた。
「さて……」
正面に座る王妃が姿勢を正すと、途端に部屋が張り詰めた。
「ねえ、マルディン」
「はっ!」
王妃の表情が引き締まった。
細身の身体から発せられるオーラとでも言うのだろうか、見えない圧倒的な迫力を感じる。
達人は周囲の空気すら支配するというが、まさにそれを体現している王妃。
少しでも気を抜くと、飲まれそうだ。
「凪の嵐へ乗り込んだ状況は聞いたわ。でも、自分を犠牲にするようなことはやめなさい。あなたの帰りを待つ人たちがいるの。それを忘れないで」
「かしこまりました」
「勇敢と無謀は違うわ」
「はい。肝に命じます」
王妃が手を叩いた。
先ほどとは打って変わって、女神のような優しい微笑みを浮かべている。
「さあ、硬い話はここまでよ。美味しいフリッターを食べに行きましょう。それが楽しみで、この町に来たのだから」
「無理です」
リマが呆れた表情で即答した。
「リマのケチ」
「買いに行かせてますので、それで我慢してください」
「分かったわよ。お店で食べたかったなあ」
「また今度です」
「またっていつよ? いつもそうやってはぐらかすじゃない」
「立場を考えてください」
王妃が溜め息をつきながら、立ち上がった。
「はあ、仕方ないわね。自由に動けるマルディンが羨ましいわね」
そう呟きながら、フードを被る。
「じゃあ、マルディン。私たちはタルースカへ行ってくるわね」
「かしこまりました。道中の安全を祈っております」
「ありがとう」
ムルグスが帰還する理由は、王妃の来訪に違いない。
今頃皇都では、入念な準備が行われているのだろう。
「またね。マルディン」
「はっ!」
俺は扉まで王妃を見送る。
部屋を出る直前で立ち止まった王妃は、俺の肩に手を置いた。
「マルディン。今度招待するから、遊びに来なさい。アルも会いたがっていたわよ」
「か、かしこまりました」
「その時は、糸巻きと悪魔の爪を忘れないでね。たくさん稽古しましょう。うふふ」
王妃の瞳が一瞬だけ剣士のそれになった。
どうして、こうも戦い好きな君主が多いのだろう。
「その時は、よろしくお願いいたします」
俺が一礼すると、リマが先導して王妃が退室した。
続いてウィルが俺の肩に手を置く。
「マルディン。言いたいことはたくさんあるが、ひとまずお前たちが無事でよかったよ」
「心配かけてすまなかったな」
「いいさ、オイラでもそうしただろうし」
「はあ? じゃあ、なんであんなに怒ったんだよ?」
「オイラにも立場ってもんがある。お前が自由にやりすぎるから、たまには怒っておかなきゃな。ははは」
「ちっ。まあ気をつけるよ。今度ゆっくり飲もうぜ」
「ああ、お前の奢りでな」
「もちろん、そのつもりさ」
「ティアーヌの処遇は追って連絡する」
「寛大な処置を頼むよ」
ウィルもティアーヌを伴って退室した。
極秘の来訪ということで、王妃たちの見送りは不要だという。
郊外に、ラルシュ王国の旗艦である旅する宮殿を停泊させているらしい。
二階の支部長室の窓から外を眺めると、王妃は白駿馬に跨った。
王妃が自ら乗馬するなんて信じられないが、この人はなんでもありだ。
「ほら、エルウッド。行くわよ」
「ウォン!」
白駿馬が歩き始めると、銀色の狼牙が王妃のあとをついていく。
俺の視線に気づいた王妃に、俺は焦って一礼した。
「恐ろしいお人だ……」
ラルシュ王国の一行を窓から見送ると、シャルクナが隣で俺に会釈した。
「私は屋敷に戻ります。マルディン様は、レイリア様の病院へ向かってください」
「そうだったな。忘れていたよ」
顔の傷は応急処置のままだ。
俺はシャルクナと別れ、レイリアの診療所へ向かった。




