第245話 暴走の後始末5
特殊諜報室の飛空船に便乗した俺とティアーヌとシャルクナは、ティルコアに帰還した。
俺たちを自宅で降ろすと、ムルグスはすぐに出発すると言う。
「ティルコアには滞在しないのか?」
「ああ、早急に帰還しなければならない案件があるんだ」
「そうか、残念だ。ムルグス、今回は本当に世話になった」
俺はムルグスに頭を下げた。
「結果的には全てが丸く収まった。それでよしとしよう」
「そう言ってもらって助かるよ」
「では、マルディン。シャルクナをよろしく頼む」
「ああ、任せてくれ。じゃあな」
ムルグスに別れを告げ、俺はまず漁師ギルドへ向かった。
ムルグスの手配で、俺の状況は伝わっていたそうだ。
ギルマスのイスムには散々怒られたが、凪の嵐の壊滅によって、ティルコア近海での海賊行為が激減することは感謝してくれた。
「この年齢になって、こんなに怒られるとはな……」
「自業自得です」
「ぐっ……」
隣を歩くシャルクナの言葉に、反論することもできない。
両断剣使いらしく、俺の心を両断した。
続いて、冒険者ギルドへ足を運ぶ。
ラーニャに説明しなければならない。
「あら、マルディン。帰ってきたのね」
「ああ、色々と迷惑かけたな」
「迷惑だなんて。町のためを思った行動でしょう? 感謝してるわよ」
「そ、そうか……」
珍しく、ラーニャの態度に嫌味がない。
いつもこうあってほしいものだ。
「状況は伺ってるわ」
「そうなのか?」
「ええ、ティアーヌちゃんから報告が入っていたもの。でも、本当に無理はしないでよ」
「ああ、分かってるよ」
「そうそう、マルディンに来客よ。間もなくいらっしゃるわ。私の言いたいことを言ってくださると思うから、私からは以上よ」
応接テーブルには焼き菓子が置かれている。
そしてラーニャが立ち上がり、珈琲ポットを用意した。
支部長室の扉をノックする音が響く。
入室してきたのはティアーヌだ。
「マルディンさん。お疲れ様でした」
「来客って、ティアーヌか?」
「いえ、私はお迎えに行ってきたんです」
「お迎え?」
「どうぞ、お入りください」
扉を開いたまま、ティアーヌが廊下に向かって声をかけた。
すると、一人の男が入室。
身長は低く、金色の短髪は無造作で、笑顔を浮かべた男。
腰に二本の両刃短剣を吊るしている。
「お前! ウィル!」
「やあ、マルディン。元気かい」
「あ、ああ。おかげさまで……」
ウィルが妙に明るい。
本来はもっとやる気がなさそうな、気だるい印象だ。
ウィルが笑顔のまま、ラーニャに視線を向けた。
「ラーニャ支部長。恐縮だが、ちょっと席を外してもらえるかな?」
「かしこまりました、ウィル様」
「申し訳ないね」
「とんでもないことでございます」
ラーニャが一礼して退室した。
部屋に残ったのは、俺、シャルクナ、ウィル、ティアーヌだ。
「さて……」
ソファーに飛び込むように座るウィル。
背もたれに身体を預けたまま、大きく息を吸い、俺を見つめた。
「てめえ! なにやってんだよ!」
突然まくしたてるウィル。
この態度こそ、いつものウィルだ。
「な、なんだよ」
「海賊のアジトに一人で乗り込むやつがいるか! バカが! もっとよく考えろ!」
「し、仕方ないだろ……」
「お前の実力は知ってる! 海賊の一つや二つ、簡単に壊滅させるだろうよ! だがな、あまりにも軽率過ぎる!」
何も言い返せない。
「ティアーヌまで巻き込みやがって!」
「そ、それは申し訳ないと思ってるよ」
「仮にも騎士隊長だっただろうが! 部下の安全を考えろよ!」
ティアーヌはウィルの直属の部下だそうだ。
大切な部下を危険にさらされたら、俺だって怒る。
ウィルに対し、改めて謝罪の言葉を考えていると、扉がゆっくりと開いた。
「ウィルには言われたくないわよねえ。あなただって相当無茶してきたでしょうに」
一人の女性が声をかけてきた。
フードを被った女性は、気配も足音も感じさせずに入室。
続いて赤髪の女が部屋に入ってきた。
この赤髪の女は知っている。
「あ、あんたは! リマ団長か!」
「やあ、マルディン。久しぶりだな。アタシの美貌を覚えていたかい?」
リマはラルシュ王国の騎士団長だ。
この赤髪の騎士団長は、王妃から離れないことで知られている。
ということは……。
ティアーヌが床に跪く。
ウィルは立ち上がり、フードの女性に対し、両手を大きく振った。
「ちょっと! 早いですよ! これからもっと追い込むんですから!」
「いいじゃない。時間もないことだし、早々に要件を済ませましょう」
女性がフードを取ると、美しく輝く金色の髪が、流れる水のように舞い落ちた。
後頭部で一つに結わっているその髪は、金細工師が一本一本作り上げたかのような繊細さだ。
肌は雪よりも白く、切れ長の瞳は紺碧に染まり、通った鼻筋に、桃色の薄い唇。
まさに、地上に舞い降りた女神だった。
「う、嘘でしょう……」
思わず呟いてしまったが、俺は即座に起立し、そして跪いた。
シャルクナも同じく隣で跪いている。
「ちょうどタルースカでキルスと会談があってね。ウィルがティルコアへ行くというから、私の警護として同行させたの。だから今回は、リマとウィルが揃っちゃったわ。うふふ」
目の前にいるのはラルシュ王国王妃、レイ・パートその人だ。
世界三大美女の一人で、世界三大剣士の一人でもある。
世界に影響を与える大物中の大物。
こんな田舎のギルドに来るような人物ではない。
「マルディン、座って」
「はっ!」
王妃に促され、俺はソファーに座った。
対面にレイ王妃が座ると、背後にウィルとリマが立つ。
ティアーヌとシャルクナは扉の前に立ち、部屋の警護に当たる。
シャルクナは王妃の来訪を知らなかったが、さすがの立ち回りだ。
「事情は聞いたわ」
「はっ!」
「そう緊張しないで。普通に接しなさい」
「そ、そうは言っても……」
緊張するなというほうが無理だ。
王妃は俺よりも若いのだが、威厳に満ち溢れている。
元騎士団長というが、それだけでこれほどの威厳が身につくものだろうか。
「私は立ち寄っただけなの。オルフェリアから伝言を頼まれてね」
「オルフェリア殿からですか?」
「そうよ」
オルフェリアは冒険者ギルドのギルドマスターだ。
やはり今回のことで、迷惑をかけたのだろう。
また……、怒られるというわけか……。




