第244話 暴走の後始末4
皇軍の迅速な対応によって、海賊たちは拘束された。
純粋な海賊だけではなく、商店の人間や花街の女もいる。
そういった者たちは聴取の上、扱いが決まるだろう。
俺はワイトに、アッディとの約束を伝えてある。
皇軍もその条件に異論はないそうだ。
ワイトに任せて大丈夫だろう。
――
夕方にはムルグスが到着したことで、砦の一室で会議が開かれた。
参加者は、俺とティアーヌとシャルクナ、ワイト、ムルグスだ。
ムルグスが俺の顔を見るなり、深い溜め息をつき、不満の表情を浮かべた。
「まったく……またやらかしたな。マルディン」
「う、うるせーな。でも、凪の嵐壊滅は、皇国にとっても利益がある話だろう?」
「それに関しては異論はない。しかしな、思いつきで動かれては困るんだよ。お前も元騎士だ。それくらい分かるだろう」
「その点は申し訳ないと……思ってるよ」
巨大な犯罪組織になると、監視や捜査の対象になる。
凪の嵐がその対象かどうかは分からないが、ムルグスのこの言い方だと、特殊諜報室は動いていたのだろう。
「仕方がないだろう。ティルコアの漁船が襲われたんだぞ?」
「だからといって、そのまま単身で乗り込む奴がいるか。まずはその場を凌げばいいだろう。襲撃するにしても、普通は後日だ。入念な準備をしてからだろう?」
「そ、それは……」
ムルグスが、気持ちを落ち着かせるように珈琲を口にした。
珍しく興奮していたようだ。
まあ、それは俺のせいなのだが。
「ティルコアの住民を心配させないように、手配はしてある。自宅もそれとなく警備しているから安心しろ」
「すまん。感謝する」
「まあいい。結果としては、これ以上ない成果を上げたからな」
もう一度溜め息をつき、ムルグスは椅子の背もたれに身体を預けた。
「ははは、ムルグス殿が声を荒げるなど珍しいですね。マルディン殿は、それほどのことをしたということです」
ワイトが笑いながら、俺に視線を向けていた。
「それはどういう意味ですかな? ワイト将軍?」
「ははは、良い意味で捉えてください。今回は皇軍にとって、莫大な臨時収入ですからね」
ワイトの説明によると、一番艦から七番艦は皇軍の戦利艦となる。
ガレオン船一隻とキャラック船六隻だ。
建造費だけでも相当な予算を必要とする。
そして、この島自体を皇軍の基地として活用するそうだ。
港を拡張し、空港も作るという。
いわば皇軍は、労せず膨大な軍備を手に入れたことになる。
「凪の嵐の財産もあります。とはいっても、盗品なので精査する必要はありますが、現金などは国が没収します」
「その分、夜哭の岬の勢力は、大きく削がれるわけですね」
「そうですね。凪の嵐は夜哭の岬の大切な収入源でしょうし、何よりこの島はマルソル内海を掌握するのに、最も重要な拠点の一つです。夜哭の岬にとっては、痛いどころの話ではないでしょう」
マルソル内海には、凪の嵐以外にも海賊が存在する。
海賊の勢力図は大きく変わっただろう。
何より、マルソル内海南部に拠点を置いていた凪の嵐が壊滅し、そのアジトが皇軍の基地となった。
この海域の治安は格段に上がる。
ティルコア漁師にとっては朗報だ。
ムルグスがシャルクナに視線を向けた。
「さて、シャルクナ」
「はい」
「報告書では、マルディンが海賊船に乗った時、君も自分の意志で乗ったそうだが?」
「仰る通りです」
真面目なシャルクナらしく、正直に報告していた。
今回の件は、俺の命令に従ったと報告するように伝えたのだが、シャルクナは聞き入れなかった。
「マルディンの暴走は仕方がないし、君でも止めるのは難しいだろう。しかし、今回の件はあまりに軽率だ。君らしくもない」
「申し訳ございません」
「それに今回のことで、町の人には普通のメイドではないことはバレただろう?」
「はい。覚悟の上です」
「そうか。覚悟を持っていたか……」
ムルグスは大きく息を吐いた。
そして、真剣な眼差しで、シャルクナの瞳を見つめている。
「シャルクナ。君の処分を言い渡す」
「はい」
「君を一年間、中央局調査室へ貸し出す」
「え? 貸し出す?」
「そうだ。ティルコアにいる間は、君の上司はマルディンになる。今後はマルディンの指示に従うように」
「マルディン様の部下……ですか?」
「そうだ。君の暴走はマルディンの責任になる。まあ、そもそも上司であるマルディンが暴走するんだ。つまり……マルディンの責任において、好きにやっていいということだ」
シャルクナが目を見開いて、身体の動きを止めた。
珍しく驚いているようだ。
「ただし、特殊諜報室にも所属している。今まで通り、逐一報告するように」
「かしこまりました。寛大な処置に感謝いたします」
シャルクナが深くお辞儀をした。
僅かながら、笑みがこぼれていたように見える。
しかし……だ。
「待てよ! 勝手に決めんなよ!」
「今回に限り、お前に断る権利はない。お前の身勝手な行動で、シャルクナとティアーヌ殿の命を危険に晒したんだ。ティアーヌ殿に何かあったらどうするつもりだ。冒険者ギルドだけではなく、ラルシュ王国との外交問題にもなるんだぞ」
「ぐっ、そ、それは……」
今回は俺の行動に巻き込んでしまった。
正式な任務での怪我や死亡とはわけが違う。
ムルグスの指示は、全面的に受け入れるしかない。
俺はティアーヌに視線を向けた。
いつものように笑顔を浮かべている。
「マルディンさん、私にも処罰があると思います。追って連絡が来るかと」
「分かってる。ウィルか……」
「ウィル様、激怒してたなあ」
「うっ……」
俺も騎士隊長だった。
もし自分の部下が、他所の隊長のせいで命の危険にさらされたら、激怒していただろう。
ムルグスとウィルの気持ちは痛いほど理解できる。
「何も……言えんよ……」
「まあ、そう落ち込むな、マルディン。お前には相応の報酬が支払われる」
「報酬か」
「そうだ。先程、ワイト将軍が仰ったように、国家にとっては莫大な収入となる。お前の報酬にも反映されるだろう」
今回は金のために動いたわけではない。
ティルコアの安全のためだ。
それに、俺にはアッディとの約束がある。
「ムルグス。今回俺が受け取る報酬は、全て凪の嵐の更生費用に使ってくれ」
「いいのか? 恐らく金貨数千枚の金額になるぞ」
「構わんよ。俺は金に執着しない」
「そうだったな……」
「クズどもに、一度は更生のチャンスをやる。厳しくても構わん。二度と海賊に戻らないようにしてくれ」
「分かった。そのように手配する」
「すまんな。よろしく頼む」
その後も会議は進み、今後のことを話し合った。
その都度ムルグスに嫌味を言われながら。
――
会議が終わり、数日が経過した。
ラボーチェ諸島の潮の秘密が共有されたことで、港内には皇軍の軍艦や輸送船が次々と入港していた。
これから本格的に軍事基地へと移行する。
凪の嵐の海賊たちは、その作業に従事するそうだ。
見込みのある者たちは、皇軍でも採用してくれるという。
ワイトの柔軟な判断には感謝しかない。
凪の嵐の事後処理に関して、俺にできることはもうない。
俺たちは、ムルグスが乗ってきた特殊諜報室の飛空船で、ティルコアへ帰還することになった。
最期にサベーラに別れを告げようと思ったが、特別対応になるため、ワイトに迷惑がかかる。
それに、サベーラの風当たりもキツくなるだろう。
「サベーラ、頑張れよ」
俺は飛空船の窓から、徐々に小さくなる島を眺めた。
生きていれば、いつか会うかもしれない。




