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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第七章 薫風南より来たる

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第244話 暴走の後始末4

 皇軍の迅速な対応によって、海賊たちは拘束された。

 純粋な海賊だけではなく、商店の人間や花街の女もいる。

 そういった者たちは聴取の上、扱いが決まるだろう。


 俺はワイトに、アッディとの約束を伝えてある。

 皇軍もその条件に異論はないそうだ。

 ワイトに任せて大丈夫だろう。


 ――


 夕方にはムルグスが到着したことで、砦の一室で会議が開かれた。

 参加者は、俺とティアーヌとシャルクナ、ワイト、ムルグスだ。


 ムルグスが俺の顔を見るなり、深い溜め息をつき、不満の表情を浮かべた。


「まったく……またやらかしたな。マルディン」

「う、うるせーな。でも、凪の嵐(カーラル)壊滅は、皇国にとっても利益がある話だろう?」

「それに関しては異論はない。しかしな、思いつきで動かれては困るんだよ。お前も元騎士だ。それくらい分かるだろう」

「その点は申し訳ないと……思ってるよ」


 巨大な犯罪組織になると、監視や捜査の対象になる。

 凪の嵐(カーラル)がその対象かどうかは分からないが、ムルグスのこの言い方だと、特殊諜報室(ホルダン)は動いていたのだろう。


「仕方がないだろう。ティルコアの漁船が襲われたんだぞ?」

「だからといって、そのまま単身で乗り込む奴がいるか。まずはその場を凌げばいいだろう。襲撃するにしても、普通は後日だ。入念な準備をしてからだろう?」

「そ、それは……」


 ムルグスが、気持ちを落ち着かせるように珈琲を口にした。

 珍しく興奮していたようだ。

 まあ、それは俺のせいなのだが。


「ティルコアの住民を心配させないように、手配はしてある。自宅もそれとなく警備しているから安心しろ」

「すまん。感謝する」

「まあいい。結果としては、これ以上ない成果を上げたからな」


 もう一度溜め息をつき、ムルグスは椅子の背もたれに身体を預けた。


「ははは、ムルグス殿が声を荒げるなど珍しいですね。マルディン殿は、それほどのことをしたということです」


 ワイトが笑いながら、俺に視線を向けていた。


「それはどういう意味ですかな? ワイト将軍?」

「ははは、良い意味で捉えてください。今回は皇軍にとって、莫大な臨時収入ですからね」


 ワイトの説明によると、一番艦から七番艦は皇軍の戦利艦となる。

 ガレオン船一隻とキャラック船六隻だ。

 建造費だけでも相当な予算を必要とする。


 そして、この島自体を皇軍の基地として活用するそうだ。

 港を拡張し、空港も作るという。

 いわば皇軍は、労せず膨大な軍備を手に入れたことになる。


凪の嵐(カーラル)の財産もあります。とはいっても、盗品なので精査する必要はありますが、現金などは国が没収します」

「その分、夜哭の岬(カルネリオ)の勢力は、大きく削がれるわけですね」

「そうですね。凪の嵐(カーラル)夜哭の岬(カルネリオ)の大切な収入源でしょうし、何よりこの島はマルソル内海を掌握するのに、最も重要な拠点の一つです。夜哭の岬(カルネリオ)にとっては、痛いどころの話ではないでしょう」


 マルソル内海には、凪の嵐(カーラル)以外にも海賊が存在する。

 海賊の勢力図は大きく変わっただろう。

 何より、マルソル内海南部に拠点を置いていた凪の嵐(カーラル)が壊滅し、そのアジトが皇軍の基地となった。

 この海域の治安は格段に上がる。

 ティルコア漁師にとっては朗報だ。


 ムルグスがシャルクナに視線を向けた。


「さて、シャルクナ」

「はい」

「報告書では、マルディンが海賊船に乗った時、君も自分の意志で乗ったそうだが?」

「仰る通りです」


 真面目なシャルクナらしく、正直に報告していた。

 今回の件は、俺の命令に従ったと報告するように伝えたのだが、シャルクナは聞き入れなかった。


「マルディンの暴走は仕方がないし、君でも止めるのは難しいだろう。しかし、今回の件はあまりに軽率だ。君らしくもない」

「申し訳ございません」

「それに今回のことで、町の人には普通のメイドではないことはバレただろう?」

「はい。覚悟の上です」

「そうか。覚悟を持っていたか……」


 ムルグスは大きく息を吐いた。

 そして、真剣な眼差しで、シャルクナの瞳を見つめている。


「シャルクナ。君の処分を言い渡す」

「はい」

「君を一年間、中央局調査室(ブレッサ)へ貸し出す」

「え? 貸し出す?」

「そうだ。ティルコアにいる間は、君の上司はマルディンになる。今後はマルディンの指示に従うように」

「マルディン様の部下……ですか?」

「そうだ。君の暴走はマルディンの責任になる。まあ、そもそも上司であるマルディンが暴走するんだ。つまり……マルディンの責任において、好きにやっていいということだ」


 シャルクナが目を見開いて、身体の動きを止めた。

 珍しく驚いているようだ。


「ただし、特殊諜報室(ホルダン)にも所属している。今まで通り、逐一報告するように」

「かしこまりました。寛大な処置に感謝いたします」


 シャルクナが深くお辞儀をした。

 僅かながら、笑みがこぼれていたように見える。


 しかし……だ。


「待てよ! 勝手に決めんなよ!」

「今回に限り、お前に断る権利はない。お前の身勝手な行動で、シャルクナとティアーヌ殿の命を危険に晒したんだ。ティアーヌ殿に何かあったらどうするつもりだ。冒険者ギルドだけではなく、ラルシュ王国との外交問題にもなるんだぞ」

「ぐっ、そ、それは……」


 今回は俺の行動に巻き込んでしまった。

 正式な任務での怪我や死亡とはわけが違う。

 ムルグスの指示は、全面的に受け入れるしかない。


 俺はティアーヌに視線を向けた。

 いつものように笑顔を浮かべている。


「マルディンさん、私にも処罰があると思います。追って連絡が来るかと」

「分かってる。ウィルか……」

「ウィル様、激怒してたなあ」

「うっ……」


 俺も騎士隊長だった。

 もし自分の部下が、他所の隊長のせいで命の危険にさらされたら、激怒していただろう。

 ムルグスとウィルの気持ちは痛いほど理解できる。


「何も……言えんよ……」

「まあ、そう落ち込むな、マルディン。お前には相応の報酬が支払われる」

「報酬か」

「そうだ。先程、ワイト将軍が仰ったように、国家にとっては莫大な収入となる。お前の報酬にも反映されるだろう」


 今回は金のために動いたわけではない。

 ティルコアの安全のためだ。

 

 それに、俺にはアッディとの約束がある。


「ムルグス。今回俺が受け取る報酬は、全て凪の嵐(カーラル)の更生費用に使ってくれ」

「いいのか? 恐らく金貨数千枚の金額になるぞ」

「構わんよ。俺は金に執着しない」

「そうだったな……」

「クズどもに、一度は更生のチャンスをやる。厳しくても構わん。二度と海賊に戻らないようにしてくれ」

「分かった。そのように手配する」

「すまんな。よろしく頼む」


 その後も会議は進み、今後のことを話し合った。

 その都度ムルグスに嫌味を言われながら。


 ――


 会議が終わり、数日が経過した。


 ラボーチェ諸島の潮の秘密が共有されたことで、港内には皇軍の軍艦や輸送船が次々と入港していた。

 これから本格的に軍事基地へと移行する。

 凪の嵐(カーラル)の海賊たちは、その作業に従事するそうだ。

 見込みのある者たちは、皇軍でも採用してくれるという。

 ワイトの柔軟な判断には感謝しかない。


 凪の嵐(カーラル)の事後処理に関して、俺にできることはもうない。

 俺たちは、ムルグスが乗ってきた特殊諜報室(ホルダン)の飛空船で、ティルコアへ帰還することになった。


 最期にサベーラに別れを告げようと思ったが、特別対応になるため、ワイトに迷惑がかかる。

 それに、サベーラの風当たりもキツくなるだろう。


「サベーラ、頑張れよ」


 俺は飛空船の窓から、徐々に小さくなる島を眺めた。

 生きていれば、いつか会うかもしれない。

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