第243話 暴走の後始末3
やる気になったシャルクナをなんとかなだめた後は、三人で食事をとった。
つかの間の休息だ。
一番艦には食材が豊富に残っていたため、シャルクナとティアーヌが腕をふるってくれた。
呼び出していたシャルクナの大鋭爪鷹が到着したため、皇軍へ状況を報告。
これまでの連絡で、皇軍はいつでも出動できるように待機しているという。
そのため、明日には皇軍の飛空船がこの島に到着するはずだ。
青い海が夕焼けに染まり始めると、湾内の潮の流れが変化。
港付近は穏やかだが、沖の方は素人目で見ても分かるほど、潮流が唸りを上げていた。
まるで洪水時の川の流れのようだ。
すると、アッディが言っていたように、七番艦が姿を見せた。
マストがないことは遠目でも分かる。
あの重鞭で、マストを砕くようにへし折ったのだろう。
本当に恐ろしい相手だった。
七番艦が海岸から二百メデルトまで流れ着くと、船員たちが次々と海に飛び込んだ。
マストと舵を壊されているため、船では接岸できない。
泳ぐ船員たちを眺めながら、俺は港内の砂浜へ足を運んだ。
全員が砂浜まで泳ぎきった。
息を切らしながらも、ずぶ濡れのまま俺の正面に立つ船員たち。
先頭にいるのはサベーラだ。
「マルディンさん!」
「サベーラ。生きていたようだな」
「はい! アッディ提督が姿を見せた時は、正直死んだと思いましたがね。はは」
「アッディは『陸に上がる知恵と勇気と覚悟があれば、社会に出てもやっていける』と言っていたよ」
「そ、そうだったんですね……。恥ずかしながら、提督に殺されたと思って、俺たちは全員気を失っちまって……。気づいた時には外海へ出る潮が閉じて、なす術なく港に戻る潮に乗ってしまったんです」
サベーラが一番艦に視線を向けた。
「ところで、アッディ提督はどうなりましたか?」
「アッディは死んだよ。俺が倒した」
「え!」
俺はアジトに上陸後の一部始終を説明。
アッディは、最後まで部下のことを想って死んでいったことも合わせて伝えた。
「そうでしたか……。提督……」
サベーラが黄金に輝く海に向かって一礼し、黙祷した。
船員たちもそれに倣う。
しばらくの間、穏やかな波の音だけが砂浜に鳴り響いた。
「結局、最後まで提督のお世話になりっぱなしだった。提督はおっかなかったけど、常に部下のことを考えていたお方だった」
海を眺めるアッディの頬を、一筋の涙が伝う。
「サベーラ、明日には皇軍が来る。お前は一番艦の副艦長や、他の艦長と協力して手下を抑えろ。アッディの死を無駄にするな」
「し、しかし、俺は裏切り者だ……」
「それを乗り越えろ。それこそアッディが課した試練と同じだろう?」
「た、確かに……。そうですね……」
サベーラが両手を握りしめ、強い眼差しで海を見つめた。
「やってみせます」
海賊だったとは思えない、固い決意を持った男の表情だ。
「サベーラ。全てが終わったら、ティルコアに来るといい」
「マルディンさんは、これからもティルコアにいるんですか?」
「そうだ。俺の……故郷だからな」
「故郷か。いいですね」
水平線に向かって沈みゆく夕日が、一本の光の道を作っている。
それはまるで、アッディが示す道のようだ。
「マルディンさん。俺は罪を償ったら、必死に勉強します。そして、こいつらと何か商売を始めますよ。提督の真似じゃないが、俺がこいつらの面倒を見る。そして、いつかはマルディンさんのように故郷を見つけたい。それくらいできなきゃ、提督に笑われちまう」
「そうか……。自分で探すのか」
「ええ。俺も提督やマルディンさんのように、自分の海を見つけたい」
もしまた海賊に戻っていたら、俺が直々に殺しに行く。
そう口に出そうと思ったが、そんな野暮なことは言わなくていい。
サベーラは大丈夫だ。
「自分の海か。見つかるといいな」
俺の言葉に、笑顔を見せるサベーラ。
そして、船員たちを見渡すと、海賊だった頃の面影はなかった。
――
翌日の早朝、皇軍の飛空船が到着。
俺はティアーヌとシャルクナを引き連れ、砂浜で出迎えた。
輸送用の大型船サンシェル級で、全長は六十メデルト近くある。
砂浜の上空に空中停泊すると、兵士たちが後部ハッチからロープで降下を始めた。
次々と上陸する兵士たち。
数百名はいるだろう。
それとは別に、数人の兵士が昇降機で砂浜に上陸していた。
佇まいから士官クラスだと思ったのだが、一人は知った顔だ。
「マルディン殿! ご無事で何よりです!」
「あ、あなたは、ワイト将軍!」
「お久しぶりですな」
ワイトはレイベール地方を統括する将軍だ。
以前、怒れる聖堂を壊滅させた時に、事後処理で世話になった。
俺の両隣で、ティアーヌとシャルクナが礼式を行う。
ワイトは片手を上げて、それを制した。
「ティアーヌ殿も久しぶりですな」
「はい! ワイト将軍!」
握手を交わす二人。
「シャルクナ殿もお元気そうで……。良かったです」
「はっ! 将軍閣下! お心遣い感謝申し上げます!」
シャルクナは皇国の人間だ。
二人は顔見知りなのだろう。
皇軍の軽鎧は薄黄色だが、士官になるとある程度の自由が認められている。
ワイトの鎧は明るい赤黄色だ。
黒い短髪と威厳のある顎髭が、鎧の色ととてもよく似合っている。
ワイトが他の士官たちに指示を出し、先に行かせた。
「まさか、怒れる聖堂に続き、凪の嵐も壊滅させるとは思いませんでした」
「まあ、なんというか、成り行きで。はは」
「経緯は報告書で読みました。今日から数日間、マルディン殿にはご協力いただきます」
「もちろんです。この件はワイト将軍が担当するのですか?」
「はい。皇軍内の上層部には、夜哭の岬と繋がっている人間もいると聞き及んでおります。特定はできていませんがね。ですので、私が指揮を取ります」
「なるほど……。それでは、ワイト将軍の潔白はどうやって証明するんですか?」
「ははは、さすがです。私にそれを言える人間は、皇軍にほぼいませんからね」
ワイトがバッグから、一枚の書類を取り出した。
まるで俺の質問を予想していたかのようだ。
「特殊諜報室のムルグス室長、皇軍グレイグ大将軍、そしてキルス皇帝陛下が証明してくださっております。これが直筆サインの書類です」
「皇帝陛下まで。分かりました。大変失礼いたしました」
「とんでもないです。むしろ、そのような懸念をいだかせてしまい、申し訳なく思っております」
どの軍隊でも不正やスパイの潜入があることは、俺も知っている。
こればかりはどんなに気をつけても、防げるものではない。
そのため、様々な防止策が取られている。
その一つに、軍の監視があるのだが、皇軍を監視する機関の中に特殊諜報室も名を連ねているそうだ。
「ムルグス殿も、皇都からこちらに向かっております」
「なんですって!」
「シャルクナ殿の報告を読んで、頭を抱えたそうですよ。ははは」
笑い事じゃない。
シャルクナを巻き込んだ責任を取るつもりではあるが、まさか本人が来るとは思わなかった。
凪の嵐を壊滅させたことよりも、事後処理のほうが面倒になることは間違いない。




