第242話 暴走の後始末2
海賊たちとの話し合いが終わると、俺はすぐにティアーヌとシャルクナと合流し、一番艦に移動。
アジトに滞在する間、俺たちは一番艦で過ごすことにした。
恐らくここが最も安全な場所だろう。
一番艦の船員たちが船内の死体を片付け、アジトの墓地へ埋葬。
甲板も清掃済みだ。
豪華な装飾を施された艦長室で、俺たち三人はテーブルについた。
ようやく気が抜ける。
「二人とも、大丈夫だったか? 砦はどうだった?」
「副提督を始末して、関係書類もすでに入手しています」
ティアーヌが、大きなリュックを指差した。
リュックははち切れんばかりだ。
「このアジトに乗り込んで、僅かな時間で任務完了か。二人ともさすがだな」
「一番艦の帰還が重なったことで、砦が手薄になったんです。それと、今まで一度も侵入者がいなかったようで、防衛意識が全くありませんでした」
笑顔を浮かべるティアーヌ。
この娘の明るさには、いつも助けられている。
「そうは言ってもな。お前たちじゃなければ、これほど早く制圧はできなかったさ」
「マルディンさんが、アッディを討ったからです。本当に凄いです」
ティアーヌの隣に立つシャルクナが、心配そうな表情で俺を見つめていた。
「あの……。マルディン様、お顔が……」
「ん? ああ、大丈夫だ」
「いえ、これは縫わないと、またすぐに血が出る傷です」
アッディの仕込み杖で頬を抉られていたが、血が乾いていたため気にしていなかった。
「応急処置をします。ティルコアに戻ったらレイリア様に治療していただきましょう」
「分かった。そうするよ」
シャルクナが塗薬を塗布し、包帯を巻いてくれた。
「大げさじゃないか?」
「いえ、傷が残ってしまうので、応急処置はしっかりと行います」
「傷なんて構わんよ。男だぞ?」
「ダメです。傷が残ったら、皆様に怒られてしまいます」
「怒る奴なんていないさ」
シャルクナが俺を見つめながら、いつもより少しだけ瞳を見開き、小さく溜め息をついた。
シャルクナにしては珍しい態度だ。
「な、なんだよ?」
「無自覚……ですか」
隣りでティアーヌが、口を手で抑えて笑っていた。
――
一通りの治療を終え、俺は甲板に出た。
サベーラの七番艦が戻ってきたか確認するためだ。
すると背後から、珈琲の香りが潮風に乗って鼻をくすぐった。
「マルディンさん、サベーラたちはどうなったのでしょうか?」
ティアーヌとシャルクナだ。
ティアーヌから珈琲カップを受け取り、少し冷まして口をつけた。
「サベーラたちはアッディに見つかったが、生きているそうだ」
俺はアッディから聞いた内容を説明した。
「そうだったんですね。良かったです」
「アッディなりに、部下のことを考えていたようだ」
俺は舷墻に手を置き、外海に視線を向けた。
右隣でティアーヌも同じように外海を眺めている。
「マルディンさん、アッディはどうでした?」
「そうだな。恐ろしく強かったよ。これほどの傷をつけられたのは、本当に久しぶりだし」
「音切りと呼ばれていたのですよね?」
「ああ、重鞭使いだった」
人間相手にここまで傷を負ったのは、いつ以来だろうか。
まさしく強敵だった。
シャルクナが左隣に立ち、俺を見つめていた。
「あの、マルディン様。重鞭相手にどうやって戦ったのですか? マルディン様の糸巻きと間合いが被るのでは?」
「ああ、普通に戦えばそうだな。しかも威力は重鞭が上だ。だから、モンスターとの戦い方に切り替えたんだよ」
「え? モンスターとの戦い方ですか? それはどういう?」
「知りたいか?」
「はい」
俺はどんな状況でも、対人戦闘では負けるつもりはない。
だが、この糸巻きと、モンスターとの戦闘経験がなければ、勝負はどうなったか分からない。
つまり、俺は冒険者になったおかげで、アッディに勝てたと言っても過言ではないだろう。
冒険者になったおかげで、リーシュに糸巻きを開発してもらい、新しい戦い方を会得した。
騎士を続けていたら、得られなかったものだ。
俺はシャルクナの瞳を見つめた。
「いつかな」
「え?」
「いつか教えてやるよ。あっはっは」
右隣に立つティアーヌが、突然俺の右腕を強く掴んだ。
「えー! 意地悪しないでくださいよ!」
「バカだな。手の内を晒すわけがないだろう?」
「そこまで言っておいて! ずるいですよ!」
「お前たちと戦うことになったら、俺が不利になるだろ?」
「なっ! 戦うわけないじゃないですか!」
今度はシャルクナが、俺の左腕に軽く触れた。
「それでは、今確かめてもいいですか?」
「は? お、お前……」
「戦えば教えてくださるという意味で理解しました」
「ま、待て!」
シャルクナの表情は真剣だ。
この娘は、冗談なのかいつも分からない。
「シャルクナさん! もうやっちゃってください!」
「煽るなっつーの!」
ティアーヌが素早い動きでシャルクナの背後に回る。
まるで後押しするかのように、シャルクナの両肩に手を乗せていた。
「私はいつでも戦えます」
「私も手伝いますよー!」
「やめろっつーの!」
広い甲板に、俺たちの声が響き渡った。




