第241話 暴走の後始末1
俺は燃え上がる船を、ただ見つめていた。
憎むべき海賊にかける言葉などない。
だが……。
「生まれ変わったら、誇れる海の男になれ」
マストが崩れると、二人は炎に包まれその姿は見えなくなった。
俺は周囲に警戒しながらも黙祷。
「あの……、マ、マルディン……さん」
「なんだ?」
背後から副艦長が声をかけてきた。
「港が騒ぎになっています」
港に目を向けると、桟橋に大勢の人間が集まっていた。
港までは二百メデルトといったところか。
こちらの異変に気づいている様子だ。
小船を出そうとしている者たちもいる。
「副艦長、一番艦を港につけろ」
「分かりました」
「そういえば、砦に副提督がいると聞いているが?」
「はい。提督が海に出ている時は、必ず副提督が砦にいます」
「そうか。じゃあ、恐らく始末されているはずだ」
「え?」
「仲間が砦に潜入している」
副艦長が目を見開くと、動きが止まった。
「え! で、でも!」
「俺と同等の者が二人潜入してるんだ。必ずやり遂げる」
「なっ!」
声を張り上げ、驚愕の表情を浮かべる副艦長。
「嘘だと思うか?」
「い、いえ……」
副艦長は周囲に横たわる死体に視線を向けた。
この状況で俺が嘘を言うわけがないと頭で理解しながらも、信じたくないといったところか。
もちろん俺は、二人がどこまでやっているのか分からない。
だが、あの二人は超一流の諜報員だ。
潜入に関しては、俺を遥かに凌ぐ。
「お、俺……私たちは、どうすればよいのでしょうか?」
副艦長が顔面蒼白の状態で、声を絞り出した。
その巨体が崩れ落ちるほど、大きくうなだれている。
「お前が残りの海賊どもをまとめろ」
「え! 私が?」
アッディの壮絶な最期は、一番艦の船員たちに大きな影響を及ぼした。
ここの船員たちに抵抗の意志はない。
だが、港にいる者たちはどうだろうか。
いきなり海賊をやめろと言われても、納得できないだろう。
俺を殺そうとする者もいるはずだ。
「アッディとの約束は守る。だが、反抗する者は始末するしかないぞ」
「はい」
「お前の言葉で説得できるか?」
「分かりません……。ですが、やってみます」
呟くように答えながら、副艦長は操舵輪へ向かう。
そして、船員たちに接岸の指示を出す。
俺も副艦長と一緒に操舵輪へ進んだ。
「副艦長。お前は海賊から足を洗うのか?」
「い、今は……分かりません」
「正直な奴だな。しかし、アッディとの約束があるとはいえ、海賊を続けるのであれば殺す」
「は、はい……」
副艦長の全身からは大量の汗が流れ、身体を痙攣させながらも、必死に操舵輪を握っている。
時折嗚咽も出るほどだ。
精神的に相当混乱していることは間違いない。
まあ無理もない。
「お前たちは皇軍に拘束される。だが、俺はアッディとの約束は必ず守る」
「はい。お、お願いします」
「海賊は救いようのないクズだ。だが……、アッディの部下を想う姿勢は……見事だった」
「はい……。ありがとうございます」
副艦長は巨体を丸め、涙を流しながら操舵輪を握っていた。
「ア、アッディ提督は今頃、大好きな蜂蜜果汁を飲んでいると思います」
「酒じゃないのか?」
「提督は酒が飲めません」
「あいつ、海賊のくせに酒が飲めなかったのか」
「はい。果汁ばかり飲んでました」
「変な奴だな」
「はい。難しくて、おっかなくて、でも……本当に優しい方でした」
アッディの人柄は分からないが、死んだ後でもこう言わせるということは、部下たちに慕われていたのだろう。
――
一番艦が帰港した。
まず俺と副艦長が船を降り、帰港している別の艦の艦長たちを集め説得を開始。
反抗する者が出ると予想していた俺は、場合によっては戦って理解させる必要があると思っていた。
実際、短気の者たちは剣を抜いた。
それでも副艦長が必死に説得。
そして、アッディの最期の言葉を伝えた。
さらに俺が、怒れる聖堂を壊滅させた本人だと分かり、最終的に全員が降伏を選択。
もちろんそれは、生か死かという究極の二択でもあった。
生きることを選んだ海賊たちは、皇軍に拘束されることが分かっても、意外にも秩序的だった。
逃げ出す者はいない様子だ。
厳密には、船を出さなければこの島から逃げられない。
諦めたのだろう。
海に出ている海賊船は帰港次第、拘束することになる。
そのため、航海中の海賊船には、凪の嵐が飼育していた大鋭爪鷹で帰還命令を出すよう命じた。




