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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第七章 薫風南より来たる

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第240話 穢れた海の矜持8

 俺はアッディの瞳を見つめ返す。

 その時、船腹から人の気配を感じた。


「アッディ!」


 元提督の爺さんが姿を見せた。

 港へ帰れと言ったのに、縄梯子で登ってきたのだろう。


 爺さんがアッディの元へ走った。


「アッディ! アッディ!」

「何しに来た……。はあ、はあ」


 爺さんが俺に向かって、その場で土下座した。


「マルディン! 頼む、この通りじゃ! アッディの願いを聞いてやってくれ。儂の命も捧げる」

「余計なことをするな。みっともねーだろ。俺は老師に認められた誇り高き凪の嵐(カーラル)の提督だ。責任の取り方ってもんがあんだよ」


 急にアッディの呼吸が戻った。

 もう痛みも感じないのだろう。

 死ぬ間際に突然息を吹き返すことがある。

 今のアッディはその状態だ。


「アッディ、お前の望みを言え」

「残った者どもの命を助けてやってくれ。その後のことは、お前たちに任せる」

「対価は?」

「このアジトと全ての財産。そして、俺の首だ」

夜哭の岬(カルネリオ)の情報もだ」

「それだけはできん。だが、砦の資料に載っている内容もある。それで我慢してくれ」


 命が尽きようというのに、力強く俺を見つめている。

 『老師』という存在が、夜哭の岬(カルネリオ)に大きく関わっていることは間違いない。

 色々と聞き出したいが、どうせ何も喋らずこのまま死ぬ。


「分かった。いいだろう」

「すまんな」


 アッディの表情が緩んだ。

 そして、隣に立つ爺さんに視線を向けた。


「爺さん。老師の銀カップで果汁が飲みたい」

「わ、分かったのじゃ」


 アッディの言葉を聞いた部下の一人が、爺さんよりも早く反応し、すぐに艦長室へ走った。


「提督、お持ちしました」

「わりいな、副艦長」

「とんでもないことです」


 アッディは仕込み杖(ソードスティック)を副艦長に手渡し、銀カップを握りしめて一気に飲み干す。

 いや、もうほとんどが口からこぼれていた。


「くうう、この銀カップで飲む果汁はうめーぜ」


 味なんて分からないだろう。

 アッディは満足げな表情で、もう一度仕込み杖(ソードスティック)を握った。


「マルディン。夕方の潮の流れで、七番艦は港へ漂着するはずだ」

「七番艦だと?」

「サベーラたちは生きている。まあ、あのバカどもは恐怖で気絶してるがな。くくく」

「どういうことだ?」

「だから言っただろうが。希望を聞いてやったって」

「殺したんじゃないのか?」

「七番艦のマストと舵を破壊しただけだ。それでも陸に上がる知恵と勇気と覚悟があれば、社会に出てもやっていけると思ったんだがなあ。あのバカ、殺されると勘違いして気絶しちまったよ。くくく」


 力なく笑うアッディ。

 この男なりに、仲間を想っていたようだ。


「あー、もうそろそろだな。頼んだぜ、マルディン」

「分かった」

「男の約束だ」

「ああ、皇軍には必ず伝える。残った者は処罰されるが、殺しはしない」

「殺さなきゃ酷い罰を与えてもいいぜ。クズだが意外と根性はあるんだよ。くくく」


 アッディが港に視線を向けた。

 三回の深呼吸の間に、何を思っていたのかは分からない。

 そして、甲板を見渡した。


「お前ら、俺がいなくてもしっかりやれよ!」

「「「提督!」」」


 アッディの言葉に、海賊たちが涙を流していた。

 そして、俺の瞳を見つめるアッディ。


「んじゃ、約束の俺の首だ」

「分かった」


 俺は糸巻き(ラフィール)を構えようと、左腕を動かした。


「いらん! これが凪の嵐(カーラル)最後の提督! 俺の矜持だ!」


 アッディが表情で俺の動きを制した。


「持っていけ! 首落とし!」


 アッディが左手の仕込み杖(ソードスティック)で、自らの首を切り落とした。

 満足げな笑みを浮かべたアッディの首が、甲板を転がる。


 首を差し出すとは言ったが、自ら首を落とす人間なんて初めて見た。


「敵ながら、見事な最期だ」


 海賊は奪うだけのクズだ。

 だが、壮絶な死に様を見た。

 海賊を許す気はないが、アッディの死を辱めることはしない。


「お前の身体は海に還してやるよ。アッディ提督」


 俺は首を拾い上げた。

 防腐処理を施せば、常温でも一ヶ月は持つ。

 皇軍が確認したのちに、処理するだろう。


「マルディン。首を預かる」

「ああ、頼んだ」


 爺さんがアッディの首を受け取った。


「爺さんの小船をもらうぞ」

「ああ、構わんよ」


 続いて、副艦長と呼ばれた男に視線を向けた。


「副艦長、油と燃石を用意しろ」

「分かりました」


 俺はアッディの身体を右脇に抱え、油と燃石が入った麻袋を持ち、爺さんの船のマストに向かって糸巻き(ラフィール)を発射した。

 甲板に着地し、アッディを寝かせる。

 油と燃石を撒き、糸巻き(ラフィール)で一番艦へ戻った。


「火矢を用意しろ」

「はい」


 副艦長が篝火に火をつけ、俺に弓と火矢を手渡した。


「海賊どもに追悼の言葉はあるのか?」

「ありません」


 副艦長が首を横に振った。


「そうか。寂しいな……」


 俺は船に横たわるアッディに視線を向けた。


「アッディ提督、海に還る!」


 俺はティルコア漁師の別れの言葉を告げ、火矢を放った。


「「「アッディ提督、海に還る!」」」


 海賊どもが涙を流し、俺の真似をして叫んでいた。


 徐々に炎に包まれるアッディ。

 首のない死体だが、この美しい海に眠るだろう。


 舷墻(げんしょう)からその様子を眺めていた爺さんが、俺に視線を向けた。


「マルディン。ありがとう。儂も責任を取るよ」

「責任?」

「儂も凪の嵐(カーラル)の提督じゃったからのう」

「それはもういい。罪を償え」

「アッディを一人にはさせんよ」

「ま、待て!」

「この海が……、美しくも穢れた海が、儂らの海なんじゃ」


 爺さんが舷墻に手をかけると、燃え盛る自分の船へ飛び降りた。


「くそ!」


 糸巻き(ラフィール)を発射する間もなかった。

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