第24話 亡き恋人に捧ぐ剣2
数日の審査を経て、ヴェルニカの依頼は受理された。
今日はギルドの食堂でヴェルニカと打ち合わせだ。
「おはよう、マルディン。これが依頼書よ」
「お、どれどれ?」
四人がけの丸テーブルにつく俺とヴェルニカ。
フェルリートが気を利かせて、珈琲を二つ出してくれた。
珈琲カップを手に取りながら、依頼書に目を通す。
◇◇◇
クエスト依頼書
難度 Cランク
種類 討伐
対象 青吐水竜
内容 青吐水竜一頭の討伐
報酬 金貨三枚
期限 一ヶ月以内
編成 C ランク二人以上
特記 出現場所は指示書参照 詳細は契約書記載 冒険者税徴収済み
◇◇◇
「報酬は金貨三枚か。依頼料は結構な金額だったんじゃないか?」
「そうね。でもいいのよ」
「メンバーは?」
「私とあなた、解体師と運び屋。四人よ」
「ってことは、実際に討伐するのは俺とヴェルニカか」
「ええ、お願いね。報酬の内訳は運び屋と解体師が一人銀貨五枚。残りは全てマルディンが受け取って。素材を売却したら皆で分けてちょうだい」
「え? お前の報酬は?」
「いいの。……私はこのクエストで引退するから」
「な! マジか!」
「ええ。本当はね、ラクルと結婚して私は引退するはずだったのよ。彼はBランクになったから、都会の冒険者ギルドに移籍する予定だったの。私は一緒に移住して彼のサポートをするって……」
珈琲カップを手に持ち、揺れる水面を見つめているヴェルニカ。
少しだけ笑顔を見せているが、その表情は未だ悲しみに支配されているようだ。
俺も騎士時代に、幾人もの死者や残された者たちを見てきた。
辛いものだ。
「引退のタイミングを逃しちゃったから。ふふ。だから青吐水竜を討伐して……。ラクルの仇を討って引退するの」
「その後はどうするんだ?」
「旅をしようと思ってる。彼と住むはずだった街へ行き、彼が見たかった世界を私が見るの」
「そうか。お前の弓が見られなくなるのは残念だ」
「ふふ。ありがとう」
ヴェルニカはCランク冒険者だが、弓の達人だ。
俺がこれまで見てきた中でも上位に入るほど。
以前ヴェルニカと食材を獲りに行った時は、たったの一矢で百メデルト先の茶毛猪を仕留めていた。
その後も話を詰めて、クエスト出発は三日後の朝となった。
――
出発当日の早朝。
ギルドの前に集合したクエストメンバー四人。
ヴェルニカの号令で出発した。
青吐水竜が姿を見せたのは、町外れの海岸付近だ。
徒歩で半日ほどだが、今回は討伐のため、運び屋が操縦する荷車に乗り込み移動。
荷車を引くのは、Eランクモンスターの甲犀獣。
五メデルトの巨体で、猛烈なパワーと無尽蔵のスタミナを誇る。
硬い甲羅のような鱗は、鉄と同じくらいの硬度だ。
甲犀獣は農耕などにも使用され、人と共存できる数少ないモンスターとして知られている。
「マルディン。今回は討伐するまで帰らないわ」
「ああ、そのつもりだ。お前たちも大丈夫だろう?」
俺は解体師と運び屋に視線を向けた。
「はい。もちろんです」
「うん。当然だよ」
返事をした二人の女。
Cランク解体師で、二十七歳のアリーシャ。
常に冷静で優秀な解体師として知られており、優しく落ち着いた雰囲気は町の男どもに人気があった。
そしてCランク運び屋で、二十二歳のラミトワ。
物怖じしない性格のため大胆な行動に出ることもあるが、運び屋として深い知識を持っている。
「ってかよー、なんで全員女なんだよ?」
「私のいつものメンバーだもの。でも、いいじゃない。女ばかりで嬉しいでしょう?」
「バカ言うな。子供だろう?」
「何言ってるのよ。皆二十代よ?」
「俺から見たら子供だ」
「あなたとそんなに変わらないでしょ? もう、照れちゃって。マルディンこそ子供よね」
「うるさいよ!」
「ふふ、よろしくね。おじさん」
女だらけのパーティーになってしまったが、正直俺は気にしない。
こんな若い子たちが、おっさんの俺を男として見るわけないからだ。
だから俺も普段通り、気楽に接することができる。
「ヴェルニカ、荷車は予定通り崖のキャンプ地へ停めるね」
「ええ、お願い。ラミトワ」
運び屋のラミトワが、甲犀獣の手綱を巧みに操作。
沿岸に広がるカーエンの森に入りしばらく進むと、明らかに人の手で開拓された場所に到着。
崖を背にし、木の柵で半円形に囲まれている。
直径二十メデルトほどの敷地内には、小屋やレンガ造りのコンロが完備。
「こんな場所があるのか」
「マルディンは初めて? これはね、うちのギルドの運び屋たちで開拓したキャンプ地なんだよ。カーエンの森の中にはこういうキャンプ地がいくつかあって、クエストで使用するんだ」
「へえ、すげーな」
「これも運び屋の仕事だからね。でもここからはマルディンの仕事だよ?」
「もちろんだ。すぐに青吐水竜を見つけるさ」
俺は装備を取り出し、長剣を左腰に吊るした。
そして、新開発の糸巻きを右腕に装着。
「マルディン、私も準備できたわ」
「よし、じゃあ行くか」
俺は解体師のアリーシャに視線を向けた。
「アリーシャ、日没までには帰ってくる」
「ええ、気をつけてくださいね。私とラミトワはキャンプ地の設営をして、夕食の準備をしてます」
ラミトワが笑顔で手を振っている。
「二人ともいってらっしゃい!」
俺とヴェルニカは調査に向かった。
森とはいえ、すぐ先は砂浜と海だ。
心地良い波の音が聞こえる中、ヴェルニカと森を進む。
「青吐水竜は、体内に溜めた海水を投石のように吐き出して獲物を狩るの。あの海水の塊が当たれば、人間は簡単に意識を失うわ。頭部に当たれば最悪死ぬ……」
ヴェルニカの恋人でBランク冒険者だったラクルは、青吐水竜討伐中に死んだ。
詳しい話は聞いてないが、恐らくラクルもそれが原因だろう。
「ああ、だから今回は盾を持ってきた」
俺は普段盾を使わないが、今回は装備している。
直径五十セデルトの木製で、周囲を鉄で補強したタイプ。
左腕の前腕に二箇所のベルトで留めている。
「目撃情報があったのはこの先の砂浜よ」
「魚を狩っていたのか?」
「恐らくね。だけど青吐水竜の行動範囲は広いわ。沿岸部の森と砂浜を行き来するのよ」
森を抜けて砂浜に出る。
砂浜には体長十セデルトの砂走蟹たちの姿があった。
数千匹はいるであろう大量の砂走蟹は一斉に鋏を動かし、一心不乱に餌を食べている。
さすがは砂浜の清掃員と呼ばれる砂走蟹だ。
だが、俺たちの姿を感知した瞬間、砂浜を駆け抜けていった。
「いつ見ても砂走蟹ははえーな」
「ふふ。砂浜を走ることに特化した蟹だもの」
砂走蟹は茹でると美味いそうだが、あまりにも速すぎて捕獲は苦労する。
「ねえ、マルディン。この足跡って……」
「ん?」
ヴェルニカが指差す方向に視線を向けると、砂浜に三本の鉤爪のような跡が残っていた。
踵の部分は深く抉れている。
「竜骨型脚類の足跡だ。この大きさの足で、ヒレの跡まである。青吐水竜で間違いない」
「そうよね。やっぱりここに出現したのね」
「よし。この周辺を重点的に調査しよう」
足跡は森に向かっていたため、砂浜だけではなく付近の森も調査。
だが、なかなか決定的なものは見つからなかった。