第233話 穢れた海の矜持1
「さて、行くか」
「「はい」」
岬から上陸した俺たちは、サベーラの船を見送り、島の密林に入った。
向かう先は凪の嵐の港だ。
俺が先頭に立ち、地図を片手に密林を進む。
すぐ後ろをティアーヌが歩き、最後尾にはシャルクナがいる。
「お二人とも蛇印草です。お気をつけを」
シャルクナが声を上げた。
ここの密林内は毒草が多いようだ。
生い茂る草木と、起伏に富んだ地面が行く手を阻む。
「この地形だと、飛空船の着陸は難しいな」
「そうですね。海路も潮の流れを知らないと入れませんし、凪の嵐の守りは強固ですね。あ、ここにも蛇印草」
ティアーヌが船から持ってきた三日月剣で、蛇印草を切り落とした。
ラボーチェ諸島に侵入する方法は、海路か空路しかない。
だが、海路は特殊な潮の流れがあり、熟知していないと侵入は不可能だ。
空路は飛空船を着陸させる場所がない。
仮に空中停泊をしても、投石機の餌食となるだろう。
「外部から侵入できないなんて、海賊のアジトとしては理想的だな」
「それでもマルディンさんは侵入してきましたけどね」
「運が良かったのさ」
「良かったのかな……」
「そりゃそうだろう。凪の嵐を制圧できるんだから」
この島へ来る途中、大鋭爪鷹を使い、何度か特殊諜報室及び冒険者ギルドと連絡を取り合った。
結局俺は両組織から、凪の嵐のアジト制圧を任務として正式に受注。
そしてティアーヌとシャルクナは、俺のサポート役として帯同することになった。
この任務は全て後付けだ。
俺の行動を受けて、ティアーヌに関してはウィル、シャルクナに関してはムルグスが同行を承認してくれた。
このことで、ウィルとムルグスにはかなり迷惑をかけたと思う。
帰ったら嫌味の一つや二つ、いや、一晩中小言を言われるかもしれない。
またおっさん三人で飲むことがあったら、その時は俺が飲み代を出そう。
「それにしても、たった三人でアジト制圧なんて普通は無理ですよね。普通は」
「しかし、マルディン様ですから」
「本当ですよね。マルディンさんは、今や歩く厄災と言われてますからね」
「死神とも呼ばれているようです」
ティアーヌとシャルクナの話し声がはっきりと聞こえる。
「聞こえるように言うなよ」
「聞こえるように言ってるんです。帰ったら皆さんに怒られてくださいよ。特にフェルリートちゃんとレイリアさんには」
「うっ。わ、分かってるよ」
このままではティアーヌに嫌味を言われ続けてしまう。
話題を変えよう。
「お前たち、作戦の流れを確認するぞ」
任務の話をすると、途端に二人の表情が引き締まった。
さすがは優秀な諜報員だ。
「まずは港へ向かい、一番艦が停泊しているか確認する」
「「はい」」
サベーラの話によると、凪の嵐の提督アッディは、一番艦か砦にいるという。
「もし一番艦が停泊していなければ、話は簡単だ。砦へ直行する」
「はい。マルディンさんが砦を制圧している間に、私とシャルクナさんは資料を押収します」
「ああ、頼んだぞ」
資料があれば凪の嵐の全容、金の流れ、そして夜哭の岬との繋がりも分かるだろう。
「もし一番艦が停泊していたら、船に潜入して様子を探る。アッディの居場所見つけることが最優先だ。だが、アッディはかなりの腕だという。お前たちは手を出すなよ」
サベーラの話によると、アッディは俺が以前壊滅させた怒れる聖堂のボス、イスラと同格かそれ以上らしい。
イスラはビッツという肉体が強化される麻薬を服用していた。
そのイスラよりも強いとなれば、いくら一流のティアーヌとシャルクナであっても危険だ。
「港が見えてきたぞ」
密林の隙間から、輝く青緑色の海が見える。
南国の美しい海なのだが、ティルコアの海とはまた違う美しさだ。
「海はこんなに綺麗なのにな……」
海賊は海を穢すだけの、害虫のような存在だ。
いや、一生懸命生きている虫にすら失礼だろう。
「さ、美しい海を取り戻すぞ」
「やっぱり、マルディンさんは詩人ですね」
「うるせーな!」
ティアーヌの言葉を聞いて、シャルクナが微笑んでいた。
◇◇◇
マルディンたちを降ろした七番艦は、信号旗を掲げながら凪の嵐の港へ接近。
風になびく信号旗。
無機質な旗なのだが、どこか誇らしげだ。
信号旗の並びは、凪の嵐脱退を意味する。
サベーラと七番艦の船員は、全員が凪の嵐から足を洗うと決意した。
マルディン、ティアーヌ、シャルクナの影響だ。
船員たちにとって、当初マルディンは恐怖の対象だったが、徐々にその人柄に惹かれていった。
マルディンは海賊である船員たちと馴れ合ってはいない、と思っている。
だが、船員たちは違う。
マルディンは心を開いて、真摯に向き合ってくれたと感じていた。
それがマルディンの魅力でもあり、人間力でもある。
「港から返信! 帰港せよとのことです! 港は混乱しているようです!」
マストの見張り台で単眼鏡を覗く船員が、甲板に向かって大声で叫んだ。
サベーラは港に混乱を招くことで、マルディンたちの潜入をサポートしていた。
「おっしゃー!」
「マルディンさん! 俺たちやったぜ!」
「お嬢の役に立った!」
船員たちは大騒ぎだ。
「艦長! 港へ返信はどうしますか!」
見張りの船員が、サベーラに向かって叫んだ。
「いらん!」
「信号旗はどうしますか!」
「下げてる余裕はない! 外海に出て下げる! お前もすぐに降りてこい!」
「了解です!」
「このまま内海を出る! 急げ!」
一流の船乗りであるサベーラは、潮の流れが閉じるまでにラボーチェ諸島を脱出する自信がある。
外海に出てしまえば、次に潮の流れが変わる夕方まで、追跡は不可能だ。
つまり、完全に逃げ切ることができる。
全速力で進む必要があるため、全ての船員を帆の操作に割り当てた。
サベーラ自ら操縦桿を握り、船員に指示を出す。
七番艦は巧みに大渦を避け、外海に出る潮の流れに乗った。
――
「よし! 間に合うぞ!」
サベーラは長年の経験から、潮流が変わる前に外海へ脱出できると確信した。
上陸したら当局に出頭して罪を償い、人生を変える。
何年かかるか分からないが、必ずマルディンの元へ戻る。
マルディンが言っていた釣り船屋を、サベーラは楽しみにしていた。
「かか、艦長! 一番艦だ! 右舷前方だ!」
一人の船員が声を荒げた。
「な、なんだと!」
外海へ向かう七番艦と入れ替わるように、一番艦が内海へ流れる潮に乗って、港へ向かっていた。
「ちっ! 信号旗を下ろせ! 見られたら終わりだ!」
船員の一人がシュラウドを駆け上がる。
そして、マストの間に掲げた信号旗を急いで巻き取った。
◇◇◇




