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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第七章 薫風南より来たる

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第233話 穢れた海の矜持1

「さて、行くか」

「「はい」」


 岬から上陸した俺たちは、サベーラの船を見送り、島の密林に入った。

 向かう先は凪の嵐(カーラル)の港だ。


 俺が先頭に立ち、地図を片手に密林を進む。

 すぐ後ろをティアーヌが歩き、最後尾にはシャルクナがいる。


「お二人とも蛇印草(ライパン)です。お気をつけを」


 シャルクナが声を上げた。

 ここの密林内は毒草が多いようだ。

 生い茂る草木と、起伏に富んだ地面が行く手を阻む。


「この地形だと、飛空船の着陸は難しいな」

「そうですね。海路も潮の流れを知らないと入れませんし、凪の嵐(カーラル)の守りは強固ですね。あ、ここにも蛇印草(ライパン)


 ティアーヌが船から持ってきた三日月剣(シャムシール)で、蛇印草(ライパン)を切り落とした。


 ラボーチェ諸島に侵入する方法は、海路か空路しかない。

 だが、海路は特殊な潮の流れがあり、熟知していないと侵入は不可能だ。

 空路は飛空船を着陸させる場所がない。

 仮に空中停泊をしても、投石機の餌食となるだろう。


「外部から侵入できないなんて、海賊のアジトとしては理想的だな」

「それでもマルディンさんは侵入してきましたけどね」

「運が良かったのさ」

「良かったのかな……」

「そりゃそうだろう。凪の嵐(カーラル)を制圧できるんだから」


 この島へ来る途中、大鋭爪鷹(ハースト)を使い、何度か特殊諜報室(ホルダン)及び冒険者ギルドと連絡を取り合った。

 結局俺は両組織から、凪の嵐(カーラル)のアジト制圧を任務として正式に受注。

 そしてティアーヌとシャルクナは、俺のサポート役として帯同することになった。


 この任務は全て後付けだ。

 俺の行動を受けて、ティアーヌに関してはウィル、シャルクナに関してはムルグスが同行を承認してくれた。

 このことで、ウィルとムルグスにはかなり迷惑をかけたと思う。

 帰ったら嫌味の一つや二つ、いや、一晩中小言を言われるかもしれない。

 またおっさん三人で飲むことがあったら、その時は俺が飲み代を出そう。


「それにしても、たった三人でアジト制圧なんて普通は無理ですよね。普通は」

「しかし、マルディン様ですから」

「本当ですよね。マルディンさんは、今や歩く厄災と言われてますからね」

「死神とも呼ばれているようです」


 ティアーヌとシャルクナの話し声がはっきりと聞こえる。


「聞こえるように言うなよ」

「聞こえるように言ってるんです。帰ったら皆さんに怒られてくださいよ。特にフェルリートちゃんとレイリアさんには」

「うっ。わ、分かってるよ」


 このままではティアーヌに嫌味を言われ続けてしまう。

 話題を変えよう。


「お前たち、作戦の流れを確認するぞ」


 任務の話をすると、途端に二人の表情が引き締まった。

 さすがは優秀な諜報員だ。


「まずは港へ向かい、一番艦が停泊しているか確認する」

「「はい」」


 サベーラの話によると、凪の嵐(カーラル)の提督アッディは、一番艦か砦にいるという。

 

「もし一番艦が停泊していなければ、話は簡単だ。砦へ直行する」

「はい。マルディンさんが砦を制圧している間に、私とシャルクナさんは資料を押収します」

「ああ、頼んだぞ」


 資料があれば凪の嵐(カーラル)の全容、金の流れ、そして夜哭の岬(カルネリオ)との繋がりも分かるだろう。


「もし一番艦が停泊していたら、船に潜入して様子を探る。アッディの居場所見つけることが最優先だ。だが、アッディはかなりの腕だという。お前たちは手を出すなよ」


 サベーラの話によると、アッディは俺が以前壊滅させた怒れる聖堂(ナザリー)のボス、イスラと同格かそれ以上らしい。

 イスラはビッツという肉体が強化される麻薬を服用していた。

 そのイスラよりも強いとなれば、いくら一流のティアーヌとシャルクナであっても危険だ。


「港が見えてきたぞ」


 密林の隙間から、輝く青緑色の海が見える。

 南国の美しい海なのだが、ティルコアの海とはまた違う美しさだ。


「海はこんなに綺麗なのにな……」


 海賊は海を穢すだけの、害虫のような存在だ。

 いや、一生懸命生きている虫にすら失礼だろう。


「さ、美しい海を取り戻すぞ」

「やっぱり、マルディンさんは詩人ですね」

「うるせーな!」


 ティアーヌの言葉を聞いて、シャルクナが微笑んでいた。


 ◇◇◇


 マルディンたちを降ろした七番艦は、信号旗を掲げながら凪の嵐(カーラル)の港へ接近。

 風になびく信号旗。

 無機質な旗なのだが、どこか誇らしげだ。


 信号旗の並びは、凪の嵐(カーラル)脱退を意味する。


 サベーラと七番艦の船員は、全員が凪の嵐(カーラル)から足を洗うと決意した。

 マルディン、ティアーヌ、シャルクナの影響だ。

 船員たちにとって、当初マルディンは恐怖の対象だったが、徐々にその人柄に惹かれていった。

 マルディンは海賊である船員たちと馴れ合ってはいない、と思っている。

 だが、船員たちは違う。

 マルディンは心を開いて、真摯に向き合ってくれたと感じていた。

 それがマルディンの魅力でもあり、人間力でもある。


「港から返信! 帰港せよとのことです! 港は混乱しているようです!」


 マストの見張り台で単眼鏡を覗く船員が、甲板に向かって大声で叫んだ。

 サベーラは港に混乱を招くことで、マルディンたちの潜入をサポートしていた。


「おっしゃー!」

「マルディンさん! 俺たちやったぜ!」

「お嬢の役に立った!」


 船員たちは大騒ぎだ。


「艦長! 港へ返信はどうしますか!」


 見張りの船員が、サベーラに向かって叫んだ。


「いらん!」

「信号旗はどうしますか!」

「下げてる余裕はない! 外海に出て下げる! お前もすぐに降りてこい!」

「了解です!」

「このまま内海を出る! 急げ!」


 一流の船乗りであるサベーラは、潮の流れが閉じるまでにラボーチェ諸島を脱出する自信がある。

 外海に出てしまえば、次に潮の流れが変わる夕方まで、追跡は不可能だ。

 つまり、完全に逃げ切ることができる。


 全速力で進む必要があるため、全ての船員を帆の操作に割り当てた。

 サベーラ自ら操縦桿を握り、船員に指示を出す。

 七番艦は巧みに大渦を避け、外海に出る潮の流れに乗った。


 ――


「よし! 間に合うぞ!」


 サベーラは長年の経験から、潮流が変わる前に外海へ脱出できると確信した。


 上陸したら当局に出頭して罪を償い、人生を変える。

 何年かかるか分からないが、必ずマルディンの元へ戻る。

 マルディンが言っていた釣り船屋を、サベーラは楽しみにしていた。


「かか、艦長! 一番艦だ! 右舷前方だ!」


 一人の船員が声を荒げた。


「な、なんだと!」


 外海へ向かう七番艦と入れ替わるように、一番艦が内海へ流れる潮に乗って、港へ向かっていた。


「ちっ! 信号旗を下ろせ! 見られたら終わりだ!」


 船員の一人がシュラウドを駆け上がる。

 そして、マストの間に掲げた信号旗を急いで巻き取った。


 ◇◇◇

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