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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第七章 薫風南より来たる

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第231話 奇妙な信頼関係と航海4

「クワアア!」

「ん?」

「クワアア! クワアア!」


 獣の鳴き声で目が覚めた。


「この声は……。イスーシャか!」

「クワアア!」


 床から起き上がり、窓際へ走る。

 まだ薄暗い空を見上げると、二羽の大鋭爪鷹(ハースト)が船上を旋回していた。


 航海四日目の朝、ついに大鋭爪鷹(ハースト)が俺たちの船を発見。

 俺はイスーシャに手紙を取りつけ、皇都の特殊諜報室(ホルダン)に放つ。


「ファルシル、頼みましたよ」

「クワアア!」


 ティアーヌもファルシルに手紙をくくりつけ、ティルコアの冒険者ギルドに飛ばした。


 ――


 航海は順調で、五日目を迎えた。

 船員たちと馴れ合いはないが、反乱の意思は見られないので安心している。


 シャルクナとティアーヌは、一日三回の料理を楽しそうに作っていた。

 サベーラが言うには、二人の料理は大変好評とのことだ。

 二人の料理を食べたいからと、真面目に働いている者が多いという。


 俺は操縦室の机に、サベーラが用意したラボーチェ諸島の地図を広げ、凪の嵐(カーラル)のアジトを確認していた。

 集落や施設を書き込み、最短で制圧するためにシミュレーションをくり返す。

 今回の襲撃の標的は提督アッディだ。

 アッディがアジトに滞在しているかは不明だが、もし滞在している場合は砦か一番艦にいるらしい。


 ただし、この地図が正確か判断できないため、全てを信じるわけではない。

 もしかしたら、サベーラの罠かもしれない。


「マルディン艦長、アジトの秘密をお教えします」

「前に言っていたやつか」


 サベーラは操縦桿を握りながら、俺に視線を向けた。


「まず、ラボーチェ諸島は潮の流れが特殊で、諸島の内海には特定の時間しか入れません」

「特定の時間だと?」

「はい。一日に二回、朝と夕方に潮の流れが変わり、内海と外海の境目でいくつもの大渦が発生します。その潮に乗るんです」

「大渦に突っ込むのか? この船は大丈夫なのか?」

「大型のガレオン船でも大破するでしょう。しかし、一本だけ大渦を避ける潮の流れがあるんです。我々はその潮を進みます」

「その潮を知らなければ、入れないというわけか」

「ええ、そうです」

「しかし、今は飛空船がある。空から侵入できるだろう?」

「飛空船の登場はさすがに焦りました。ですが、島は港周辺以外ほとんどが未開で、着陸場所がありません。広い平地がないため空港も作れませんしね」

「なるほどね。空中停泊して上陸しようとしても、その間に墜とせばいいのか」

「ええ、そうです。ですから、過去一度もアジトを攻撃されたことはないんですよ。はは」


 サベーラが乾いた笑い声をあげる。

 今や他人事のようだ。


「お前は逃げると言っていたが、どうするんだ?」

「まず、本艦は港へ入ります。そこでマルディン艦長を下ろした直後に、俺たちはすぐに港を離れます」

「他の船員は?」

「実は……今回の件で、全員足を洗うと言ってます。奴らは海賊ですが、腕のいい船乗りなのは確かです。どこかで仕事に就くでしょう」

「お前はどうするんだ?」

「俺はしばらくの間、どこかの街に潜伏します。はは」


 サベーラがラボーチェ諸島の地図を指差した。

 諸島の入口から、アジトの港まで指でなぞる。

 これが大渦を避ける船のルートだろう。

 そして、指をなぞりながら、もう一度港から外海へ戻った。


「マルディン艦長を降ろした直後、俺は裏切った旨の信号旗を上げてすぐに出港します。潮の流れは間に合うはずです。俺たちが潮に乗って諸島を出ると、海流が閉じます。そうなると、次の渦は夕方なので俺たちは逃げ切れます」

「逃げた先で、船はどうするんだ?」

「船はどこかの浜に座礁させて放棄しますよ。はは」


 サベーラが左手を腰に当て笑っていた。


「わざわざ裏切りを示すのはなぜだ?」

「俺たちが騒ぎを犯せば、艦長も潜入しやすいでしょう?」

「なるほどね。囮になってくれるのか。だが、礼は言わないぞ?」

「はは、いりませんよ。むしろ足を洗うきっかけをくれたんだ。感謝してますよ」


 完全に毒気が抜けたサベーラ。

 凪の嵐(カーラル)は容易に組織を抜けられるのか不明だが、幹部がそうやすやすと抜けられるわけがない。

 それに、裏切りは激しい報復があるはずだ。

 ということは、サベーラは俺が凪の嵐(カーラル)を壊滅させると思っているのだろう。


「サベーラ、もう二度と犯罪を犯さないと誓うか?」


 サベーラに問うと、俺の顔を真っ直ぐ見つめた。

 その瞳は覚悟を決めたような力強さを持っている。


「ええ、誓います」


 心を入れ替えた人間には、一度くらい更生のチャンスがあってもいいだろう。


「分かった。上陸したら、当局に出頭しろ」

「出頭ですか? 拷問されちまう」

「させんよ。手は回す。だから、真っ当に罪を償え」

「俺は死罪ですよ。それが嫌だから逃げるんです。はは」

「そうかもしれんが……。もし、罰を受けて戻ってきたら、俺が使ってやる」

「使うって、何をするんですか?」

「小舟を買ってやる。観光客相手に釣り船をやれ」

「俺が釣り船? 俺が? はは! 釣り船だって! それもいいですね! あははは!」


 サベーラが腹を抱えて笑っていた。


「サベーラさん! モンスターです!」


 船員が叫びながら操縦室に入ってきた。

 これまで何度かモンスターに遭遇しているが、船は襲われていない。


「今度は何だ?」

「レ、海首竜(レシオクルス)です!」

「な、なんだと! この海域にはいないだろ!」

「そ、そうなんですが、もう完全に狙われてます!」

「ちっ! 逃げるぞ!」


 舌打ちしながらも、サベーラが船員に指示を出していた、


「いい、俺が出る」


 俺は船員と一緒に甲板に出た。

 海首竜(レシオクルス)は海竜型の首長類で、Bランクの水棲モンスターだ。

 海面から首を出し、左舷前方からゆっくりと近づいてくる。


 一般的な海首竜(レシオクルス)の全長は十二メデルトほどで、首の長さだけで五メデルトもある。

 細長い頭部は水中を泳ぐことに特化しており、強靭な顎に鋭い牙は、大型の魚類すら真っ二つに噛みちぎる。

 海首竜(レシオクルス)にとって、人間なぞ小魚と一緒だろう。

 漁師たちからは、非常に恐れられている海のモンスターだ。


 俺は悪魔の爪(ヴォル・ディル)を抜き、舷墻(げんしょう)の前に立った。

 俺の姿を視界に入れた海首竜(レシオクルス)

 この個体は首の長さが六メデルトはある。

 かなりの巨体だ。


「ギシャアアアア!」


 叫びながら、大きな顎を広げた。

 そのまま俺を噛みつこうと、頭上から迫りくる。


「わざわざ首を差し出してくれるとはな。ありがとう」


 俺は頭上のヤードに糸巻き(ラフィール)を発射し、身体を宙に浮かせた。

 海首竜(レシオクルス)の長い首を見下ろしながら、(フィル)を巻き取る。

 そして、甲板へ落下と同時に悪魔の爪(ヴォル・ディル)を振り下ろした。


「ギギャッ!」


 短い絶叫と共に、海首竜(レシオクルス)の巨大な首が、まるで大木を切り落としたかのように音を立てて甲板に落ちた。


「ボサっとするな!」


 サベーラが一喝すると、船員たちが滑車装置で海首竜(レシオクルス)の胴体を引き上げる。

 その動きはまるで漁師だ。


「信じられない……。海首竜(レシオクルス)を一撃なんて……」


 ティアーヌが甲板に出てきた。

 その後ろで、シャルクナが得意げな表情を浮かべている。


「マルディン様なら、これくらい当然かと」

「数日前まで船酔いで死にそうになっていた人ですよ?」

「しかし、マルディン様ですから」

「それもそうですね。マルディンさんですもんね。ふふ」


 二人は意味不明な会話をしていた。


「マルディン様、海首竜(レシオクルス)は美味しいです。さっそく今日の夕飯にしましょう」


 シャルクナが厚刃包丁(クルテル)を手に持ち、肉厚な部位を切り落としていく。

 この船には解体師がいないため、アリーシャのような精密な解体はできない。

 食べる分だけを取り、残りは海に捨てる。

 これほどの巨体であれば、豊富な海の栄養になるだろう。


 サベーラが両手を広げ、笑顔で歩いてきた。


「お見事でした。しかし、まさかこれほどとは……。首落としはモンスターに対しても有効なんですね」

「その名はやめろ」


 肩をすくめるサベーラ。


「しかし、あんなものを目の前で見せられたら……。俺は足を洗って良かったです。はは」

「まだ洗ってないだろ?」

「そうですね……」


 サベーラが舷墻(げんしょう)に手を置き、沖を眺める。


「マルディンさん、俺は出頭します。罪を償う。だから、いつか雇ってください。はは」

「ああ、いいだろう」


 サベーラは、夕日が映る海を穏やかな笑顔で見つめていた。

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