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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第七章 薫風南より来たる

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第230話 奇妙な信頼関係と航海3

 航海三日目の夜。

 一日半も続いた俺の船酔いは、ようやく回復した。

 いや、慣れたと言ったほうが正解か。

 未だに船は揺れているのだから。


「マルディン様。大丈夫ですか?」


 シャルクナが床に正座して、ベッド上の俺に視線を向けていた。


「ああ、大丈夫だよ。迷惑かけたな。すまん」

「少し……やつれましたね」

「そうか?」

「はい。明日の朝食から食事は普通に戻しますが、よろしいですか?」

「ああ、頼むよ」


 ベッドから起き上がると、床にクッションと薄いシーツが二枚ずつ並べられていた。

 俺がベッドを占領してしまったせいで、二人は床に寝ていたようだ。


「すまなかった……」


 ティアーヌが、いつもの優しい微笑みを浮かべている。


「ほら、マルディンさん。私たちがいて良かったじゃないですかー」

「うっ……。そうだな。本当に助かったよ。ありがとう」

「もう、マルディンさんが考えなしに行動するから」

「悪かったって」


 その後もティアーヌは嫣然たる表情で、俺に小言を続けた。


 ――


「ちょっと外の空気を吸ってくるよ」


 俺は悪魔の爪(ヴォル・ディル)を腰に吊るし、甲板に出た。

 帆は畳まれており、錨が下ろされている。


「ふう。気持ちいいな」


 夜の海で冷やされた夜風が心地良い。

 月が照らす波は幻想的だ。

 だが、綺麗だからといって海面を眺めていると、また気持ち悪くなるかもしれない。


「周りは海だけか」


 陸地や島は見えない。

 今どこにいるのか、俺には全く検討もつかない。

 俺はポケットから細長い笛を取り出し、夜空に向かって吹いた。

 イスーシャたちは、まだこの船を発見していない。


「ん?」


 背後から近づく気配を感じた。

 悪魔の爪(ヴォル・ディル)の柄を握ったが、敵意も殺意もない。

 問題ないだろう。


「マルディン艦長、体調は大丈夫ですか?」

「サベーラか」


 サベーラが声をかけてきた。

 俺が船酔いだったことは、ばれてるだろう。


「酷い船酔いだったようですね」

「まあな……。船は苦手だ」

「飲みますか?」


 サベーラが葡萄酒の瓶を掲げた。

 ここで飲んだら、また船酔いするかもしれない。


「いらんよ」

「そうですね。失礼しました」

「ところで、凪の嵐(カーラル)のアジトはレイベール沖のラボーチェ諸島だったな」

「そうです」

「アジトの場所は、当局や皇軍にばれてないのか?」

「どうでしょう。ただ、ばれていても容易に近づくことはできない秘密があるんです……」

「秘密?」

「到着したら教えますよ」

「俺に教えていいのか?」


 サベーラが月を見上げた。


「俺は凪の嵐(カーラル)を抜けます」

「抜けるから、ばらすってか」

「いやいや、ばらすも何も、連れて行かないと艦長に殺されますから。はは」


 サベーラから、毒気が抜けたような印象を受ける。

 やけに素直だ。

 髪の色は完全に白く変化しており、表情もすっかり変わっている。

 今の海のように穏やかだ。


「俺は……足を洗います」

「お前は凪の嵐(カーラル)の艦長だ。やめても当局に身柄を確保されるぞ」

「逃げますよ。そうやって生きてきましたから。はは」

「お前の罪は消えんぞ?」


 厚い雲が月を隠した。

 途端にサベーラの表情が見えなくなる。


「それは……あんたも同じだろう……」


 僅かに低くなったサベーラの声が、闇夜に響く。


「そうだな、俺は人を殺し過ぎている。しかし、お前らとは違う。欲望のまま、奪うだけのお前たちとは違う」

「犯罪者だって生きるために必死だ。それに家族だっている」


 サベーラが冗談を言っているのか、本気なのかは分からない。

 だがこの理屈は通らない。


「ふざけたことを言うんだな……」


 もしサベーラの姿がはっきりと見えていたら、俺は胸ぐらを掴んでいたかもしれない。

 俺は大きく息を吸った。


「生きるためなら! 家族のためなら略奪が許されるのか! お前たちは人の幸せを、財産を、歴史を、想いを、尊厳を、愛を、命を奪う!」


 雲の切れ間から、月光が甲板を照らす。

 サベーラは真面目な表情を浮かべていた。


「大変失礼しました」


 深く頭を下げるサベーラ。


 興奮してしまったが、サベーラの言うことも分からないわけではない。

 生まれた環境によっては、略奪などの犯罪を犯さなければ生きていけない者もいるかもしれない。

 人の命は等しく公平だが、生まれた環境は不平等だ。

 だからといって、奪っていいわけではない。


「俺はこれまで数えきれないほど殺してきた。これからも殺していく。俺に安息はない。それが俺の罪なのだろう。だから、罪を背負って生きていくんだよ」


 南国でゆっくりと生きていこうと思ってこの地に来たが、俺の生きる道はあまりに血塗られていた。

 だが、愛するティルコアを守るためなら構わない。

 もう失いたくない。

 だから、守るために殺す。

 それが俺の覚悟だ。


「罪を……背負う……か」


 サベーラが海に視線を向けた。


「俺は罪から逃げますよ。艦長のような立派な人間じゃないんでね。だけど、もう罪は犯さない」

「好きにしろ。アジトに着いたら、二度とお前に会うことはないんだから」


 罪人は国外へ逃げる。

 国外へ出てしまえば、捕まることはほぼないからだ。

 しかし、国境越えはリスクが高い。

 正規の国境越えは街道、航路、空路になる。

 犯罪者はどのルートでも、国境警備隊に捕まる可能性が高い。

 かといって、それら以外の国境超えはモンスターに襲われる。

 リスクを取ってでも自由を得るか、捕まる可能性があっても国内に潜伏するか。

 いずれにせよ、サベーラが捕まれば激しい拷問の末、情報を抜かれ極刑になることは明白だ。


「俺は命が大切なんでね。国内の何処かに潜伏してますよ」


 生にしがみつくサベーラらしい。


「お前は捕まって死ね」

「まあそう言わずに。いつか会いに行きますから。取引しましょう。はは」


 サベーラが冗談を言いながら、六分儀を取り出した。

 星の位置から現在の位置を割り出すものだ。


「航海は予定通りです」

「そうか。航海に関してだけは信頼してやる」

「ありがとうございます」


 俺はサベーラの肩を叩き、艦長室へ戻った。


 ――


「さて、朝まで俺が見張りをするから、二人はベッドで寝てくれ」


 俺はベッドを指差した。


「見張りはもう大丈夫じゃないですか?」

「ええ、もう私たちに手は出さないと思われます」


 ティアーヌとシャルクナが答えた。


「じゃあ、なおさらだ。ベッドでゆっくり寝ろって」


 船酔いとはいえ、俺がベッドを占領してしまった罪悪感と、多少の恥ずかしさがあった。

 ティアーヌがクッションを抱え、微笑んでいる。


「三人で寝ましょうよ」

「嫌だって言ってんだろ」

「床で寝ると、身体が痛くなりますよ?」

「別に痛くねーし」


 何を言っても無駄なので、俺は床へ寝転びシーツに包まった。


「あーあー、意地張っちゃった……」

「潜入先ですし、別に気にしないのですけどね」


 ティアーヌはともかく、シャルクナまで同じようなことを言っていた。

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