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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第七章 薫風南より来たる

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第228話 奇妙な信頼関係と航海1

 俺たち三人は航海中、艦長室で寝泊まりする。

 部屋はなかなか広い。

 大きなベッドに、机と椅子がある。

 部屋の四方には窓が設けられているが、甲板側はカーテンを閉め、覗けないようにした。


「男と一緒ですまんな」

「いえ、問題ございません」


 シャルクナが一礼した。


「おいおい、ここではメイドじゃない。仲間の一人だ。普通に接してくれ」

「いえ、まだメイドとしての任務期間中です。メイドとして働きます」

「ったく……」


 ティアーヌが笑顔を浮かべている。


「私も問題ありません。なんだか船旅みたいで楽しいですね」

「旅って……」


 女に飢えた海賊たちがいるというのに、呑気なことを言っている。

 まあ、この二人は相当な修羅場をくぐり抜けているはずだ。

 これくらい何でもないのだろう。


「マルディン様、部屋を片づけます」

「そうだな。お前たちが過ごしやすいように模様替えするか」


 ベッドは二人に使ってもらって、俺は床に寝る。


「三人でベッドに寝ると少し狭いですね。寝返りうてるかな」


 ティアーヌが呟きながら、ベッドのシーツを取り替えていた。


「はあ? 寝ねーよ」

「えー、別に私はいいですよ?」

「俺は床に寝るっつーの!」


 シャルクナが一礼した。


「私も構いません」

「俺が嫌だよ!」


 ティアーヌが右手を口に当て、意地の悪い笑みを浮かべている。

 まるでラミトワのような表情だ。


「あれ? マルディンさん、もしかして照れてますか?」

「照れてねーよ!」

「数日なんですから、一緒でいいじゃないですか」

「嫌だ!」

「もう! すぐ意地になるんだからー」

「なってねーよ!」


 その様子を見ていたシャルクナが、珍しく微笑んでいた。


 ――


 部屋の片付けが終わると同時に、扉をノックする音が響く。


「食事ができました」


 扉の外の気配は一人。

 シャルクナが扉の左側に立ち、ティアーヌが右側でノブを掴む。

 二人とも片手に暗殺短剣(カーティル)を握っている。


 俺が扉の正面に立ち、ゆっくりと鍵を回す。

 そして、ティアーヌが拳一つ分の隙間で扉を開けた。


「あの、食事が……」


 感じた気配通り、海賊の男が一人で立っている。

 顔の半分だけが見えるが、その表情は怯えているようだ。

 問題ないだろう。


「分かった。今行く」


 ティアーヌに視線で合図を出すと、扉を全開した。

 まずは俺が外に出て周囲を確認。


「二人とも、出て大丈夫だ」


 警戒しながらも、俺たちは船内の食堂へ向かった。

 二十人ほどなら一斉に食事ができる広さだ。

 海賊船だから、略奪品がなければ空間に余裕があるのだろう。


 テーブルにはスープと干し肉と乾燥パン、そして果物の蜜黄玉(カミュ)が一つ。

 シャルクナの眉が僅かに動くと、そのまま海賊たちを見渡した。


「コックは?」

「お、俺……です」


 シャルクナの問いかけに、恐怖で顔が引きつるコック。

 まだ若そうだ。

 二十代前半といったところだろう。

 シャルクナの美しい顔が、冷酷な恐ろしさを演出している。


「キッチンへ案内しろ」

「え? こ、こちらです」


 シャルクナがコックの後ろをついていく。

 俺とティアーヌも同行するが、シャルクナが手を挙げてそれを制した。


「問題ございません」

「いや、そうは言ってもな」


 シャルクナの手には暗殺短剣(カーティル)が握られている。


「食事を作ってきます」


 一人にすると危ないと思ったが、そもそも二十人がかりでもシャルクナをどうすることもできない。

 それにシャルクナは怒っている様子だった。

 好きにさせるのが得策だ。


 ◇◇◇


 コックの案内でキッチンへ入ったシャルクナ。


「食材は?」

「倉庫にあります」

「リストは?」

「こちらです」


 マルディンから離れた途端、氷のような冷たい眼差しでコックに視線を向けた。

 シャルクナもまた、略奪者である海賊を心底嫌悪しており、今すぐにでも船内の全員を殺したいと思っているほどだ。

 当然ながら、それを可能にする実力も持ち合わせている。


 シャルクナは少しだけ頭を左右に振り、小さく息を吐いた。


「今から言う食材を持ってこい」

「は、はい」


 シャルクナはあえて強い口調を使っている。

 その迫力と殺気に押され、コックは完全に服従した。


 ――


 用意された食材で、シャルクナが調理を開始。


「私を襲ってもいいが、得られるものは死だ」

「そ、そんなことしません! 何でもしますから、命だけは!」


 シャルクナはその様子を見て、コックに包丁を持たせることにした。


「壊血病は知っているか?」

「はい。そのために蜜黄玉(カミュ)黄檸玉(リトム)を乗せています」

「それなのに、あの調理か? 海上の調理一つで健康や命が左右されるのだぞ?」

「そ、それは……仰る通りですが……。調理どころではなかったので……」


 コックの言うことはもっともだが、そもそも襲うほうが悪い。


蜜黄玉(カミュ)黄檸玉(リトム)を絞って、蜂蜜を入れろ」

「は、はい!」


 シャルクナは、干し肉の塊を一人分の大きさに切り分けていき、一つ一つを緑爽(レテュ)の葉で包んだ。

 それをスープで煮込む。

 次のメニューを作ろうとしたところで、キッチンの奥に木箱を発見した。

 覗いてみると、解体された一角鮪(グラーダ)の切り身の塊だった。


「この一角鮪(グラーダ)はどうした?」

「今朝釣りました」

「海賊じゃなく漁師をやればいいものを……」


 コックの言葉を聞き、シャルクナは大きく溜め息をついた。

 自分が釣った一角鮪(グラーダ)ではないが、これをマルディンに食べてもらおうとメニューを変更。


 取り出した一角鮪(グラーダ)の身を厚めに切っていく。

 塩と胡椒で下味をつけ、小麦粉をまぶす。

 フライパンにオリーブオイルを引き、香蒜(ガーリオ)のみじん切りを入れる。

 香蒜(ガーリオ)に火が通り、香ばしい匂いが広がったところで、一角鮪(グラーダ)の切り身を投入。

 焦げ目をつけ火酒をかけると、瞬間的に大きな火柱が上がった。

 そして、鮮香(パセ)消香(ロズマ)爽香(タム)の乾燥香草をまぶす。

 最後に黄檸玉(リトム)の果汁を入れ、酸味の効いた特製ソースを作る。

 以前、グレクから教わった一角鮪(グラーダ)のステーキだ。


 シャルクナの流れるような美しい調理に心奪われたコック。

 作業の手が止まるほど、見入ってしまった。


「手が止まっているぞ」

「す、すみません!」

「味見してみるか?」

「い、いいんですか!」

「味を覚えろ」


 コックは小さなスプーンを手に取り、フライパンのソースをひと舐めした。


「う、旨い!」

「これがティルコアの伝統料理だ。住民たちが作ってきた歴史だ。貴様たちがティルコアで何をしようとしたのか。よく考えろ」

「あ……、その……」


 それ以降、シャルクナは口を開くことなく、船内にいる二十六人分の夕食を作った。


 ◇◇◇

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