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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第七章 薫風南より来たる

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第226話 海の魅力と恐ろしさ6

 ◇◇◇


 〜マルディンが海賊船に乗り込む少し前〜


「船だ! キャラベルだぞ!」


 海賊船で、見張り台の男が翠玉の威風(エルメダス)を発見。

 甲板に向かって叫んだ。


 甲板の海賊たちも、舷墻(げんしょう)から身を乗り出して船を確認する。


「ありゃ、ティルコアの船だ!」

「しかも翠玉の威風(エルメダス)だぞ!」

「うおぉぉ! マジか! やったぞ!」


 翠玉の威風(エルメダス)は、ティルコア漁師ギルドの旗艦として知られている。

 イスムの船なのだが、ティルコア漁師の象徴でもあった。


 その漁船が見えたことで、海賊たちは歓喜の声を上げる。

 艦長サベーラは即座に拿捕を指示。


 漁師たちに抵抗する術はない。

 捕らえて人質にする予定だ。

 さらに見張りの報告で、女がいることも分かった。


「女は殺さなきゃ好きにしていい」


 サベーラはそう指示して、部下どもを喜ばせる。


「くくく、これで俺も出世できるぜ」


 海賊は全速力で翠玉の威風(エルメダス)へ前進した。

 その結果が不幸になるとも知らず。


 ――


「な、なんだってんだ!」


 艦長室で声を上げるサベーラ。

 つい先程まで歓喜に包まれていた船内だったのに、厄災が舞い降りた。

 二十人以上の死体が転がる甲板。


 しかもその厄災は、目の前に迫っている。

 マルディンに手招きされ、サベーラは艦長室から甲板に出た。


「貴様が船長か?」

「う、うう」

「答えなきゃ殺す」

「そ、そうだ。この船の艦長サベーラだ……」

「海賊の名は?」

「カ、凪の嵐(カーラル)だ」

凪の嵐(カーラル)? それは夜哭の岬(カルネリオ)と関係があるのか?」


 サベーラは諦めた。

 答えなきゃ殺されるだろう。

 答えても殺されるかもしれないが、僅かな望みに賭けた。

 この船長は人一倍、生に固執する人間だ。

 生き残るためなら何でもする。


「い、言ったら助けてくれるのか!」

「いいだろう。全てを話せば命は助ける。命はな」

「わ、分かった」


 大きく息を吐く船長。

 ここで情報を話せば組織に始末されるかもしれないが、話さなければこの場で死ぬ。

 生き残る可能性はどちらが高いか。

 答えは明白だ。


「あ、あんたの言う通り、凪の嵐(カーラル)夜哭の岬(カルネリオ)だ」

「七つの組織の一つか?」

「ああ、そうだ。七組織(セルテ)だ。今は六つになったがな」


 その原因が目の前にいるのだが、船長は当然知らない。


凪の嵐(カーラル)は何をやっている? ただの海賊なのか?」

「そうだ。夜哭の岬(カルネリオ)の中でも歴史は古く、純粋な海賊だ」


 どこか誇らしげに語っているが、マルディンにとっては忌まわしい海賊だ。

 今すぐにでも殺したいと思っている。


凪の嵐(カーラル)のアジトはどこだ?」

「そ、それは……」

「どこだ?」

「マ、マルソル内海、レイベール沖のラボーチェ諸島だ」

「ここから何日かかる?」

「三日だ」

「この船の食料は?」

「は?」

「船には何日分の食料がある?」

「一か月分はある」

「この船の操作は何人必要だ?」

「交代制で四十人だ。あんたが殺しちまったけどな」

「船には何人残ってる?」

「ここにいる二十人だ」


 ここまでの話で、マルディンは思いついたことがあった。


「アジトは何人いる?」

「え?」

凪の嵐(カーラル)の組織編成を教えろ」


 今のマルディンに嘘は通用しない。

 瞬時に見抜かれ、殺されると判断したサベーラ。

 長年犯罪組織を渡り歩いてきたサベーラの危険察知能力だ。


「ほ、本当に殺さないか?」

「ああ、約束しよう」

「分かった。全てを……話す」


 船長は正直に全てを話した。


 凪の嵐(カーラル)のボスは提督と呼ばれる。

 提督はアッディという三十代の男で、夜哭の岬(カルネリオ)最高幹部の一人だ。


 凪の嵐(カーラル)は、一番艦から七番艦までの船で組織される。

 旗艦である一番艦は大型のガレオン船で、乗員は二百人。

 その他の艦は中型のキャラック船で、乗員はそれぞれ五十人前後だ。


 アジトには船員以外の構成員が数百人滞在している。

 ただし、サベーラは一年の半分以上を海上で過ごすため、アジトの正確な人数は把握していない。

 船員を含めると、凪の嵐(カーラル)は千人近い大所帯だ。


「アジトには、その提督がいるのか?」

「お、おそらくな。だが、提督の行動は、俺たち艦長でも把握していない。知っているのは、一番艦の副艦長とアジトの副提督だけだ」

凪の嵐(カーラル)はティルコアを狙っているのか?」

「そ、そうだ。だから今回はティルコア周辺を探って、漁船の一隻でも拿捕しようと思っていた」


 サベーラの話を聞いたマルディンは、状況を整理。

 凪の嵐(カーラル)との遭遇は偶然だが、絶好のチャンスと捉えた。


「分かった。残りの船員で船を操作しろ。アジトに帰りたいだろ?」

「か、帰らしてくれるのか?」

「ああ、言うことを聞けばな」

「もちろん聞く」

「俺をアジトへ連れて行け」


 これまではティルコアに進出してくる組織に対し、対処するしか方法がなかった。

 全てが後手に回っていた。

 現に今回も未遂とはいえ、漁船が狙われている。

 事が起こってからでは遅い。

 マルディンは凪の嵐(カーラル)へ乗り込むことにした。


「え? そ、そんなことしたらあんたが……」


 アジトに連れていけば、間違いなくマルディンは殺される。

 サベーラとしてはマルディンが死ぬのは大歓迎だが、自分自身も処刑されることは目に見えていた。


「なあ、腕一本でも艦長の仕事はできるか?」

「え? ど、どういう意味……」

「お前の腕を落とす。そうすれば、俺に歯向かうことはなくなるだろう。傷口を焼けば出血は抑えられる。帰港まではもつ。そこで治療してもらえ」


 マルディンの表情は真剣そのものだった。

 本気でやられるとサベーラは恐怖した。


「まままま待て! そ、そんなことをしなくても服従する! 絶対に歯向かわない!」

「信用できないから腕を落とすんだよ」

「誓う! 誓うから! 絶対だ!」

「そうか。じゃあ、翠玉の威風(エルメダス)に船を寄せろ」


 船長は操縦室へ走り、操舵輪を回した。

 翠玉の威風(エルメダス)まで、五メデルトの距離に近づく。

 マルディンはラーニャに向かって手を挙げた。


「ラーニャ!」

「マルディン! 大丈夫なの!」

「問題ない! あとのことは頼んだ!」

「え? ど、どういうこと?」


 続いて、ティアーヌとシャルクナに視線を向けた。


「ティアーヌ! シャルクナ!」

「「はい!」」

「こいつらは凪の嵐(カーラル)という海賊で、夜哭の岬(カルネリオ)七組織(セルテ)だ! 俺はこのままこの船で凪の嵐(カーラル)のアジトへ行く! 場所はマルソル内海、レイベール沖のラボーチェ諸島!」


 衝撃の事実を聞き、固まる二人。

 だがすぐに反応した。


「ま、待ってください! このまま行くなんて危険です! 一人で何をするんですか!」


 ティアーヌが叫ぶ。

 だが、マルディンは要件だけ伝えて、艦長室へ向かう。

 早く離れないと、フェルリートたちに甲板の死体を見せることになるからだ。


「マルディン様、お供します」


 シャルクナが呟くと、甲板を走り、一切の躊躇なく海賊船へジャンプした。


「シャルクナさん!」


 ティアーヌが叫ぶも、シャルクナは海賊船に着地した。

 徐々に船が離れていく。


「も、もう!」


 ティアーヌがラーニャに視線を向けた。


「ラーニャさん、あとのことを頼みました! 何かあったら全てウィル様の責任にしてください! ウィル様が責任を取ります!」

「ちょっとっ! 待ちなさいっ!」


 ティアーヌも甲板を走る。

 そして、海賊船に飛び乗った。


 ◇◇◇

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