第226話 海の魅力と恐ろしさ6
◇◇◇
〜マルディンが海賊船に乗り込む少し前〜
「船だ! キャラベルだぞ!」
海賊船で、見張り台の男が翠玉の威風を発見。
甲板に向かって叫んだ。
甲板の海賊たちも、舷墻から身を乗り出して船を確認する。
「ありゃ、ティルコアの船だ!」
「しかも翠玉の威風だぞ!」
「うおぉぉ! マジか! やったぞ!」
翠玉の威風は、ティルコア漁師ギルドの旗艦として知られている。
イスムの船なのだが、ティルコア漁師の象徴でもあった。
その漁船が見えたことで、海賊たちは歓喜の声を上げる。
艦長サベーラは即座に拿捕を指示。
漁師たちに抵抗する術はない。
捕らえて人質にする予定だ。
さらに見張りの報告で、女がいることも分かった。
「女は殺さなきゃ好きにしていい」
サベーラはそう指示して、部下どもを喜ばせる。
「くくく、これで俺も出世できるぜ」
海賊は全速力で翠玉の威風へ前進した。
その結果が不幸になるとも知らず。
――
「な、なんだってんだ!」
艦長室で声を上げるサベーラ。
つい先程まで歓喜に包まれていた船内だったのに、厄災が舞い降りた。
二十人以上の死体が転がる甲板。
しかもその厄災は、目の前に迫っている。
マルディンに手招きされ、サベーラは艦長室から甲板に出た。
「貴様が船長か?」
「う、うう」
「答えなきゃ殺す」
「そ、そうだ。この船の艦長サベーラだ……」
「海賊の名は?」
「カ、凪の嵐だ」
「凪の嵐? それは夜哭の岬と関係があるのか?」
サベーラは諦めた。
答えなきゃ殺されるだろう。
答えても殺されるかもしれないが、僅かな望みに賭けた。
この船長は人一倍、生に固執する人間だ。
生き残るためなら何でもする。
「い、言ったら助けてくれるのか!」
「いいだろう。全てを話せば命は助ける。命はな」
「わ、分かった」
大きく息を吐く船長。
ここで情報を話せば組織に始末されるかもしれないが、話さなければこの場で死ぬ。
生き残る可能性はどちらが高いか。
答えは明白だ。
「あ、あんたの言う通り、凪の嵐は夜哭の岬だ」
「七つの組織の一つか?」
「ああ、そうだ。七組織だ。今は六つになったがな」
その原因が目の前にいるのだが、船長は当然知らない。
「凪の嵐は何をやっている? ただの海賊なのか?」
「そうだ。夜哭の岬の中でも歴史は古く、純粋な海賊だ」
どこか誇らしげに語っているが、マルディンにとっては忌まわしい海賊だ。
今すぐにでも殺したいと思っている。
「凪の嵐のアジトはどこだ?」
「そ、それは……」
「どこだ?」
「マ、マルソル内海、レイベール沖のラボーチェ諸島だ」
「ここから何日かかる?」
「三日だ」
「この船の食料は?」
「は?」
「船には何日分の食料がある?」
「一か月分はある」
「この船の操作は何人必要だ?」
「交代制で四十人だ。あんたが殺しちまったけどな」
「船には何人残ってる?」
「ここにいる二十人だ」
ここまでの話で、マルディンは思いついたことがあった。
「アジトは何人いる?」
「え?」
「凪の嵐の組織編成を教えろ」
今のマルディンに嘘は通用しない。
瞬時に見抜かれ、殺されると判断したサベーラ。
長年犯罪組織を渡り歩いてきたサベーラの危険察知能力だ。
「ほ、本当に殺さないか?」
「ああ、約束しよう」
「分かった。全てを……話す」
船長は正直に全てを話した。
凪の嵐のボスは提督と呼ばれる。
提督はアッディという三十代の男で、夜哭の岬最高幹部の一人だ。
凪の嵐は、一番艦から七番艦までの船で組織される。
旗艦である一番艦は大型のガレオン船で、乗員は二百人。
その他の艦は中型のキャラック船で、乗員はそれぞれ五十人前後だ。
アジトには船員以外の構成員が数百人滞在している。
ただし、サベーラは一年の半分以上を海上で過ごすため、アジトの正確な人数は把握していない。
船員を含めると、凪の嵐は千人近い大所帯だ。
「アジトには、その提督がいるのか?」
「お、おそらくな。だが、提督の行動は、俺たち艦長でも把握していない。知っているのは、一番艦の副艦長とアジトの副提督だけだ」
「凪の嵐はティルコアを狙っているのか?」
「そ、そうだ。だから今回はティルコア周辺を探って、漁船の一隻でも拿捕しようと思っていた」
サベーラの話を聞いたマルディンは、状況を整理。
凪の嵐との遭遇は偶然だが、絶好のチャンスと捉えた。
「分かった。残りの船員で船を操作しろ。アジトに帰りたいだろ?」
「か、帰らしてくれるのか?」
「ああ、言うことを聞けばな」
「もちろん聞く」
「俺をアジトへ連れて行け」
これまではティルコアに進出してくる組織に対し、対処するしか方法がなかった。
全てが後手に回っていた。
現に今回も未遂とはいえ、漁船が狙われている。
事が起こってからでは遅い。
マルディンは凪の嵐へ乗り込むことにした。
「え? そ、そんなことしたらあんたが……」
アジトに連れていけば、間違いなくマルディンは殺される。
サベーラとしてはマルディンが死ぬのは大歓迎だが、自分自身も処刑されることは目に見えていた。
「なあ、腕一本でも艦長の仕事はできるか?」
「え? ど、どういう意味……」
「お前の腕を落とす。そうすれば、俺に歯向かうことはなくなるだろう。傷口を焼けば出血は抑えられる。帰港まではもつ。そこで治療してもらえ」
マルディンの表情は真剣そのものだった。
本気でやられるとサベーラは恐怖した。
「まままま待て! そ、そんなことをしなくても服従する! 絶対に歯向かわない!」
「信用できないから腕を落とすんだよ」
「誓う! 誓うから! 絶対だ!」
「そうか。じゃあ、翠玉の威風に船を寄せろ」
船長は操縦室へ走り、操舵輪を回した。
翠玉の威風まで、五メデルトの距離に近づく。
マルディンはラーニャに向かって手を挙げた。
「ラーニャ!」
「マルディン! 大丈夫なの!」
「問題ない! あとのことは頼んだ!」
「え? ど、どういうこと?」
続いて、ティアーヌとシャルクナに視線を向けた。
「ティアーヌ! シャルクナ!」
「「はい!」」
「こいつらは凪の嵐という海賊で、夜哭の岬の七組織だ! 俺はこのままこの船で凪の嵐のアジトへ行く! 場所はマルソル内海、レイベール沖のラボーチェ諸島!」
衝撃の事実を聞き、固まる二人。
だがすぐに反応した。
「ま、待ってください! このまま行くなんて危険です! 一人で何をするんですか!」
ティアーヌが叫ぶ。
だが、マルディンは要件だけ伝えて、艦長室へ向かう。
早く離れないと、フェルリートたちに甲板の死体を見せることになるからだ。
「マルディン様、お供します」
シャルクナが呟くと、甲板を走り、一切の躊躇なく海賊船へジャンプした。
「シャルクナさん!」
ティアーヌが叫ぶも、シャルクナは海賊船に着地した。
徐々に船が離れていく。
「も、もう!」
ティアーヌがラーニャに視線を向けた。
「ラーニャさん、あとのことを頼みました! 何かあったら全てウィル様の責任にしてください! ウィル様が責任を取ります!」
「ちょっとっ! 待ちなさいっ!」
ティアーヌも甲板を走る。
そして、海賊船に飛び乗った。
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