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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第七章 薫風南より来たる

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第225話 海の魅力と恐ろしさ5

 太陽が頭上を過ぎる頃には、生け簀が一杯になっていた。

 生け簀を覗いたグレクが、船長室のイスムに向かって両手を上げ交差させる。


「イスムさん、生け簀がいっぱいだ! どうしますか!」

「予定より早いが帰港する! これほどの大漁になるとは思わなかったわ! がははは!」


 イスムが笑いながら指示を出すと、漁師たちが片付けに入った。


「じゃあみんなも片付けてくれ。帰ったら各々釣った魚を配るよ」


 グレクの合図で、俺たちも竿を片付ける。


 シャルクナは一角鮪(グラーダ)を釣り上げたあとも、棘白鯛(トルグス)岩頭鮪(ファグナロ)という高級魚を釣り上げていた。

 片付けながら、俺に頭を下げるシャルクナ。


「マルディン様、ありがとうございます。楽しかったです」

「そうか……。良かったな……」


 ラミトワが俺の顔を覗きながら、小さく溜め息を吐き、肩をすくめた。

 何も言い返せない。


 ――


 翠玉の威風(エルメダス)が帆を広げ前進を開始。

 俺は舷墻(げんしょう)の手すりに手を乗せ、海を眺める。


「せっかく漁場に来たんだ。俺だって釣りたかったよ……」


 かすれた声を絞り出す。

 名残惜しさから後方の漁場を眺めると、一隻の船が見えた。


「あれは? おい、グレク。あれってティルコアの船か?」


 すぐ近くでロープを巻き取っていたグレクに声をかけた。


「船だと?」


 グレクが手を止め、俺が指差す方向を眺める。


「キャラック船だな。うちの漁船じゃない。あの規模は商船だが……。どこの船だ?」


 グレクがシタームに視線を向けた。


「シターム、上から見てくれ」

「了解です!」


 シタームが、シュラウドと呼ばれるマストを支えるロープへ向かう。

 元サーカス団所属のシタームは、揺れる船上でも信じられない速度でシュラウドを駆け上がり、マスト上部のヤードに立ち単眼鏡を覗いた。


「か、海賊! グ、グレクさん! 海賊です!」

「なんだと!」


 海賊と聞いて、漁師たちが騒ぎ始めた。

 俺はすぐにイスムの元へ走る。


「おい、イスム。この海域に海賊なんて出るのか?」

「出ないことはないが、この漁場では珍しい。くそっ、面倒なことになっちまったぜ」

「追いつかれるのか?」

「今日は大漁だったからな。追いつかれるかもしれん」


 イスムの言う通り、キャラック船が徐々に接近してきた。

 あのキャラック船は、翠玉の威風(エルメダス)よりも二回りは大きいだろう。


「イスム、海賊はどうやって襲ってくるんだ?」


 俺は海上で海賊に遭遇したのは初めてだった。


「奴らは船を横につけて、直接乗り込んでくる。船は拿捕され、船員は殺されるか奴隷にされる。女は……」


 その言葉を聞き、忌まわしい過去が脳裏に蘇った。

 俺は奥歯を噛みしめる。


「マルディン。護衛を頼んでもいいか?」


 イスムが申し訳なさそうに頭を下げた。


「何言ってる! 当然だ!」


 海賊船が近づくにつれて、俺の怒りも上がっていく。


「この船に手出しはさせない。いや、ティルコアの船に手を出すとどうなるか、クズどもに教えてやる」


 海賊船が翠玉の威風(エルメダス)と平行に並び、後方から近づいてくる。

 甲板には三日月剣(シャムシール)を抜いた男たちが、こちらの船に乗り込もうと待ち構えていた。

 そして数人の男たちが、縄梯子を翠玉の威風(エルメダス)に投げ込もうとしている。

 これを舷墻に引っかけて、渡ってくるのだろう。


「女がいるぞ!」

「半分は女だ!」

「よっしゃああああ! 女だ!」


 海賊どもの下品な声を聞き、全身を激しい怒りに支配された。

 俺は船内の扉を指差す。


「フェルリート! アリーシャ! ラミトワ! リーシュ! レイリア! 船内に入れ! 急げ!」

「「「はい!」」」

「絶対に外へ出てくるな! 急げ!」


 娘たちが船内へ逃げ込んだ。

 安全のためなのだが、これから起こる惨劇を見せたくないという意図もある。


「ねえ、マルディン。私は?」

「漁師たちもだ! すぐに船内へ入れ! グレク! イスムもだ!」


 イスムは渋ったが、もし捕まって人質になれば、俺が手出しできなくなることを知っている。


「すまん! マルディン!」


 声を張り上げ、グレクと共に船内へ入った。


「ねえ、私は?」


 俺の隣に立つラーニャが、何度も質問してくる。


「うるせーな! お前が危険なわけねーだろ!」

「私だってか弱い乙女なのよお?」

「乙女? 遊んでる場合じゃねーんだよ! 早く弓を構えろ!」

「はいはい」


 船には万が一のために、いくつかの武器を積んでいる。


「ティアーヌ! シャルクナ!」

「「はい!」」

「うるさいからラーニャを守れ!」

「「はい!」」


 二人は片手剣(ショートソード)を手にした。

 自分の武器ではないが、この二人ならどんな武器を使っても問題ないだろう。


 俺はバッグから糸巻き(ラフィール)を取り出し、左腕に装着した。

 海賊船までは約十メデルトの距離だ。

 糸巻き(ラフィール)が届く。


「制圧してくる! ラーニャ! 援護を頼んだぞ!」

「え? ちょっと! 待ちなさい!」


 俺は糸巻き(ラフィール)を海賊船に向けて発射。

 (フィル)をヤードに引っかけ、あえて甲板の中心に着地した。

 俺が囮になれば、海賊たちが翠玉の威風(エルメダス)に乗り込むことを阻止できる。


「な、なんだこいつ!」

「乗り込んできやがったぞ!」

「殺せ!」


 三日月剣(シャムシール)を抜いた男たちが二十人はいる。

 いや、もっとか。

 まあ別に二十人が百人になろうが構わない。


 三日月剣(シャムシール)を振り上げ、俺に襲いかかる海賊たち。


「貴様らはいつも奪う」


 この醜悪な顔には心底うんざりする。


「醜いクズどもめ」


 人は生き様が顔を作る。

 略奪しかしないような人間には、人として美しさの欠片もない。


 俺は左腕を大きく回した。

 一斉に落ちる首。

 揺れる船体は、玉遊びのように甲板の上で首を転がしていた。


「ぎゃああああ」


 同時に、マストの見張り台から二人の男が落下してきた。

 喉元にはラーニャの弓が刺さっている。

 この揺れる海上で、正確に射抜くラーニャはさすがだ。


 船内からさらに海賊たちが姿を見せたが、甲板を見て絶句している。


「船長はどこだ?」

「え? い、いや……」

「どこだと聞いている」

「こ、後部の艦長室に。た、助け……」


 俺は悪魔の爪(ヴォル・ディル)を抜き、横に振った。

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