表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第七章 薫風南より来たる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

226/276

第224話 海の魅力と恐ろしさ4

 水平線から昇った太陽が、細かく波打つ海面を照らす。

 大量の海鳥たちが、上空から海面に飛び込んでいた。


「魚群だぞ! 釣れ釣れ!」


 イスムが声を張り上げる。


 周りを見ると、みんな釣れている様子だ。

 甲板の生け簀には、次々と釣り上げた魚が入れられていく。

 生け簀を覗くと銀班鯖(マーレル)大剃鯵(フーレル)を始め、青石魚(イーブーチ)や高級魚の棘白鯛(トルグス)の姿もあった。


「マルディン、どうですか?」

「アリーシャか。そういうお前はどうなんだ?」


 俺はこれまで一匹も釣っていない。

 俺に声をかけてくるということは、アリーシャも釣れてないのだろう。


「この漁場ですからね。もう十匹以上は釣りました。少し休憩です」

「な、なんだと!」


 俺の反応を見て、アリーシャは察したようだ。


「あ……えーと……。マルディン、あの魚群を狙ってください。大物が釣れますよ」

「ああ、やってみるよ」


 アリーシャと話していると、ラミトワが釣ったばかりの青石魚(イーブーチ)を生け簀へ投げ入れた。


「あれー? マルディンさんは釣れてないのかなあ?」

「う、うるせーな。俺はこれからなんだよ」

「マルディンって、釣りだけは本当に下手だね」

「あのなあ、生まれた頃から釣りをやってるお前たちと一緒にするなっつーの!」


 俺の言葉を聞いたラミトワが、真顔でティアーヌを指差した。


「でも、ティアーヌさんは釣ってるよ? ん? ん?」


 ラミトワのその表情がマジでムカつく。

 盛大な煽りだ。


 ティアーヌが俺たちの視線に気づいたようで、笑顔を浮かべながら、釣ったばかりの魚を掲げた。


「マルディンさん! 釣りは楽しいですね!」

「そうか……。良かったな……」

「もっと大きな魚も釣りたいなあ」


 ティアーヌは魚を生け簀に入れると、魚群に向かって竿を振った。


 生け簀にはどんどん魚が入れられていく。

 レイリアも釣っている。

 さすがは漁師の娘だ。

 昔から釣りをしていただけあって、上手いなんてもんじゃない。

 女性陣で最も釣っていた。

 もちろん、父親のアラジも同じくらい釣り上げている。


「なんつー親子だ。魚にとっては厄災だな」


 俺は釣り初心者のシャルクナに視線を向けた。


「シャルクナはどうだ?」

「マルディン様。釣りは難しいです」

「そうだろ? あんなに釣り上げるほうがおかしいんだよ」

「はい、そう思います。でも、せっかくマルディン様に竿を買っていただいたので、私も釣りたいと思います」


 俺はシャルクナに竿をプレゼントした。

 いつも家のことをやってくれているし、ティルコアで釣りを楽しんでほしいと思ったからだ。

 だが、どうやらシャルクナは、まだ一匹も釣ってない様子だった。


「よう、どうだい?」


 グレクが俺の肩に手を置く。


「ダメだな。全く釣れん」

「諦めるなって。これからだよ。他の連中は小さい頃から釣りしてるんだ。釣れて当然だよ」


 グレクの慰めはありがたいが、むしろ悲しくなる。

 俺は釣り竿を構えた。


「マ、マルディン様!」


 隣でシャルクナが声を上げた。

 振り向くと、竿先が何度も動いている。


「お! シャルクナさん! 来てるぞ! 合わせるんだ!」


 グレクが叫んだ。


「合わせる?」

「竿を思いっきり引いて、魚に針をかけるんだ!」

「わ、分かりました」


 シャルクナは言われた通り竿を引く。

 空気を切り裂いた竿先から、遅れて音が発生した。

 その瞬間、竿全体が大きくしなる。

 これは大物だろう。


「かかった! いいぞ、シャルクナさん! ってか、こりゃヤバいな」


 グレクが叫びながら、操縦室を振り返った。


「船長! 大物だ! 一角鮪(グラーダ)だ!」


 イスムが甲板に出てきて、シャルクナの竿を確認し、糸の先を見つめた。


「こ、こりゃあ……。全員糸を巻け! 急げ!」


 イスムの声で全員が竿を引き上げた。

 大きな魚は海中を蛇行しながら潜っていくため、他の竿の糸が絡み合ってしまうそうだ。


「時間がかかるぞ! だが一角鮪(グラーダ)の大物だ! シャルクナさん、頑張れ!」

「そうだぞ、自分で釣り上げるんだ!」

一角鮪(グラーダ)なんて一生に一度だぞ!」


 漁師たちが応援している。

 シャルクナはいつも市場で魚を買っており、いつの間にか漁師と仲良くなっていた。

 メイド服と清楚な容姿で大人しいシャルクナは、漁師たちから絶大な人気を誇るそうだ。


 竿を立てリールを巻くシャルクナ。

 漁師たちが必死に応援する。


「「「え?」」」


 誰もが長丁場になると思っていた魚との戦い。

 だが、すぐに漁師たちの顔色が変わった。


 そもそも、シャルクナは大人しいメイドなんかではない。

 一流の諜報員で、巨大な両断剣(ツヴァイヘンダー)使いだ。

 竿の動かし方は両断剣(ツヴァイヘンダー)に似ているのかもしれない。


一角鮪(グラーダ)は美味しいから好きなんです」


 涼しげな顔で、リールを一気に巻き上げていく。


 これほどの巨大魚になると、船に引き上げるためには手鉤を魚体に引っかけるのだが、シャルクナは余裕の表情で、そのまま船に引っ張り上げてしまった。


「釣れました!」


 笑顔で喜ぶシャルクナ。

 だが、漁師たちは絶句している。

 甲板で一角鮪(グラーダ)が大きく飛び跳ねる音しか聞こえない。


「ぼさっとするな!」


 イスムが一喝すると、漁師たちはすぐに動いた。


 シャルクナが釣り上げた一角鮪(グラーダ)は体長三メデルトもある。

 先端の角だけでも一メデルトだ。

 一角鮪(グラーダ)はこの角で海中の獲物に打突し、気絶させて狩りをする。

 だが、一角鮪(グラーダ)を釣り上げた際に、この角が人間を貫くことがあるという。

 それが原因で、命を落とす漁師もいるほどだ。


 甲板で暴れる一角鮪(グラーダ)を、漁師たちが棍棒で叩き気絶させた。

 そして、すぐにエラに厚刃包丁(クルテル)を入れて血抜きをする。


 その様子を眺めていたアリーシャの肩に、イスムが手を置いた。


「アリーシャ。解体頼めるか?」

「ええ、分かりました」


 アリーシャが愛用の解体短剣(メッサー)を取り出し、シャルクナに一礼した。


「シャルクナさん、おめでとうございます。この一角鮪(グラーダ)は私が捌きますね」

「はい、お願いいたします」

「それにしても、これは凄い個体です。本当にお見事でした」

「ありがとうございます」


 アリーシャは一角鮪(グラーダ)の腹に解体短剣(メッサー)を入れ、一気に解体していった。

 シャルクナは嬉しそうに解体を眺めている。


「シャルクナさん、すごーい!」


 フェルリートがシャルクナの両肩に手を置き、飛び跳ねて喜んでいる。


一角鮪(グラーダ)を船まで引き上げちゃうなんて、ビックリだよ!」

「皆様のおかげです」

「違うよ! シャルクナさんの竿さばきは本当に凄かったもん!」


 仲の良い二人のやり取りが微笑ましい。


 気づいたら、俺の隣にラミトワが立っていた。

 黙って俺の顔を見上げている。


「何が言いたい?」

「何も言ってないよ?」


 今日はシャルクナのための釣りだ。

 シャルクナが釣れればそれでいい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ