第22話 特訓と成果2
「これがクエスト依頼書だ」
パルマから依頼書を受け取り目を通す。
◇◇◇
クエスト依頼書
難度 Cランク
種類 茸採取
対象 岩幻茸
内容 岩幻茸の採取。上限なし。
報酬 一キルク金貨一枚
期限 一週間以内
編成 Cランク一人
特記 詳細は契約書記載 冒険者税徴収済み
◇◇◇
「茸の単価が一キルクで金貨一枚? 希少鉱石よりも高いじゃねーか」
「そうだ。岩幻茸は幻の茸と呼ばれ、初夏にしか採れない上に採取は命懸け。だから都会のレストランだと価格は十倍にもなる」
「マジか! じゃあたくさん採れば!」
「いや、そうはいかない。数が少ないんだ。もし採れるなら採ってもいいけどな。採取に上限はない」
「なるほどね。だがよ、そんな貴重な茸だと探すのも大変だろ?」
「それは大丈夫。漁師ギルドから自生場所の情報をもらってるんだ。彼らは船から見えてるからな。だが採取は不可能なんだ」
「どういうことだ?」
「崖なんだよ。海岸の断崖絶壁に自生してる」
パルマが一枚の地図を見せてくれた。
この地域の地図だ。
「カーエンの森を南西に抜けた場所にある崖だ。この崖の高さは数百メデルトもある」
「崖なら上から固定したロープで、下りていけばいいんじゃないか?」
「海面からの方が近いんだよ。崖上から数百メデルトもロープで下りるのは不可能さ」
「それって難易度高すぎないか?」
「昔は死人も出ていたほどだ。だから採取とはいえCランクに指定されている。それに実は……、ここ数年このクエストを受注した者はいない」
あまりに危険なクエストだから当然だろう。
仮に受注しても、クエスト失敗のリスクがつきまとう。
冒険者ギルドはクエストを三回連続で失敗すると、無条件でランクが降格する仕組みだ。
「危険な上に失敗のリスクか」
「その通り。報酬は高い反面、あまりに危険過ぎる。まあさすがに無理だよな。仕方ない。今年も受注者なしで処理すっか」
「いいぞ」
「また来年だ。って、え?」
「いいぞ。受注する」
「なんだと!」
「やって欲しいんだろ?」
「そりゃそうだけど……」
「ちょっと金も必要だしな」
「そ、そうか。ありがたいが、くれぐれも無理はするなよ」
諸々の手続きを行い、正式にクエストを受注した。
――
翌日の早朝、自宅を出発。
港を通り、砂浜を抜けると岩場に到着。
大小様々な大きさの岩が、波を受けて飛沫を上げている。
「今日は波が穏やかだな。運が良かった」
この岩場は干潮にしか現れない。
正午頃には潮が満ちる。
それまでに戻ってこないと、海に孤立どころか波に飲まれる。
「さて、急がねーと」
慎重に岩と岩を飛び越えながら、地図に記されている崖下に到着。
崖を見上げると、まるで空まで続いているような断崖絶壁だ。
「北海の境界崖のようだな」
俺の生まれ故郷であるジェネス王国北部には、北海に面した境界崖と呼ばれる崖がある。
高さ数百メデルトもの断崖絶壁が、東西に千キデルト以上続く。
遥か太古に大陸が割れ、引き離された陸地は移動し、島となったそうだ。
視線を足元に向けると海。
翠玉色の宝石を散りばめたような美しい海だが……。
「こりゃマジでヤバいな」
泳げない俺が海に落ちたら……。
「余計なことを考えるな」
雑念を振り払うように、頭を左右に振った。
「よし、やるぞ!」
腰のバッグから単眼鏡を取り出し、岩壁を探す。
「岩幻茸は塊で生えてるって話だけど……。ん? あれか!」
海面から高さ二十メデルトほどの岩場に、茸の塊を発見。
「うん。間違いなく図鑑のイラストと同じ茸。あれが岩幻茸だ」
岩壁にはいくつか突き出た岩がある。
足場にできるかもしれない。
今回は時間との勝負ということもあり、必要最低限の装備だ。
武器や鎧は装着しておらず、背中に籐籠を背負い、右腕に装着した糸巻きには鉤を取りつけている。
「さあ、上手くいってくれよー」
まずは三メデルトほどの高さにある岩の割れ目を狙って、糸を発射。
「よし!」
狙い通り隙間に引っかかった。
何度か強く引っ張り、外れないことを確認。
ジャンプと同時に糸を巻き取り、一瞬で移動し足場に着地。
そして、次の岩を目がけて糸を発射。
数回繰り返すことで、岩幻茸に手が届く岩に到着した。
「この糸巻きがなければ絶対に無理だったな。凄い装置だぜ」
腰から採取短剣を抜き、岩幻茸を採取。
重量は一つの塊で一キルクといったところだろう。
背中の籐籠へ入れる。
「ふう、無事に採れたぞ。これで金貨一枚だ」
辺りを見渡すと、少し離れた場所にも岩幻茸が生えている。
「採れるだけ採っちまうか」
俺は岩の隙間に向かって、糸巻きを発射した。
――
「お、お前。こんなに採ったのか?」
「ああ、運が良くてな。自分でも驚いてる。あっはっは」
正午前には採取を終え、無事にギルドへ戻ってきた。
受付で籐籠ごと納品。
パルマが正確に重量を計測したところ、採取した岩幻茸の総重量は七キルクだった。
報酬は一キルク金貨一枚のため、金貨七枚になる。
「この採取量は凄いぞ。うちの出張所では間違いなく最高記録だ」
「そうか。万年Cランクの俺がレコードホルダーになっちまったのか」
「お前、ランク上げろよ。うちにはBランク以上の冒険者が不在なんだからさ」
「いやいや、無理だって。Bランクなんて化け物みたいなもんだろ?」
「岩幻茸をこれほど採れる冒険者なんていない。それこそ化け物だぞ」
「今回は偶然に偶然が重なっただけだって。マジで運が良かったんだよ」
パルマから疑いの視線を向けられているような気がする。
このまま話していると、色々と突っ込まれそうだ。
「じゃあ、俺は行くよ」
「ちっ。分かったよ。まあ今回は助かった。礼を言う」
「こちらこそだ。稼がせてもらったからな。あっはっは」
報酬を受け取り、早々にギルドを出た。
帰り際に市場へ行き、今朝獲れたばかりの新鮮な大剃鯵の塩焼きと、森鶏の丸焼き、そして葡萄酒を購入。
今日は奮発して豪華な飯にした。
だが、それでも半銀貨六枚程度で、銀貨一枚にも満たない金額だ。
今回の金貨七枚は、俺がこれまで受注したクエストで最も報酬が高い。
「いやー、儲かった儲かった。この糸巻きは本当に凄いぞ。これならすぐに元が取れそうだ」
右手の糸巻きに視線を落とす。
「今度またリーシュに奢ってやるか」
自分で言いながら、リーシュの食欲を思い出した。
あの少女は恐ろしいほど食べる。
「あいつに奢ると赤字になっちまうか? あっはっは」
だが俺は、リーシュと飯に行くのが楽しみだった。




