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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第七章 薫風南より来たる

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第217話 港に来た商人5

 俺は自宅を出て港に向かった。

 グレクに会って、フスニの状況を伝えるためだ。

 西日が眩しく、時折左手で日差しを遮りながらライールを走らせる。

 港に到着すると、翠玉色の海が黄金に染まっていた。


 港に建つ漁師ギルドを訪ね、支部長室の扉をノックする。


「ん? マルディンか。どうしたんだ?」

「グレク、仕事中にすまん。いくつか確認したいことがあってな」

「確認? なんだ?」


 俺は応接用のソファーに座った。

 支部長室ともなると、仕事机とは別に応接ソファーが用意されている。

 グレクが対面に座ると、麦茶を淹れてくれた。


「なあ、グレク。漁師ギルドは、漁師から岩虎魚(コルコゼ)を買い取ってるだろ?」

「ああ、岩虎魚(コルコゼ)の毒は危険だからな。漁師たちが破棄しないように、銅貨一枚で買い取ってる」

「買い取った岩虎魚(コルコゼ)はどうしてるんだ?」

「焼却処分だよ。炭になるまで焼けば毒性はなくなる」

「ふむ、処分するために買い取るだけか。ということは、岩虎魚(コルコゼ)を買い取るほど、漁師ギルドは損失が出るのか」

「まあな。しかし、それでも放置はできない。それほど岩虎魚(コルコゼ)の毒は危険だ。漁師以外にも注意喚起をしてるよ。港に看板を立てたり、釣り人には周知するように努力してる。岩虎魚(コルコゼ)の毒を知らない人が食べてしまうことで、度々死亡事故が発生してるからな」


 グレクが麦茶を口にした。

 麦茶の原料となる大麦は通常初夏に収穫するが、この地方は火を運ぶ台風(アグニール)発生前の晩春に収穫する。

 収穫したばかりの麦茶は、香りが高く飲みやすい。

 普段は珈琲を飲むことが多いが、俺は麦茶も好きだ。


 グレクがカップをテーブルに置く。


「ちなみに、岩虎魚(コルコゼ)の一部は冒険者ギルドに卸してるんだ」

「そうなのか?」

研究機関(シグ・セブン)で使用しているそうだ。まあ卸価格は一匹銅貨二枚だから、卸す量や手間を考えると結局は損だけどな」

「なるほどね。しかし、その厄介な魚が莫大な利益を生むとしたら?」

「は? 岩虎魚(コルコゼ)が利益を生む? それも莫大? 何言ってんだ?」


 不審な表情を浮かべるグレクの瞳を、俺は真顔で見つめた。


「この話はあくまでも憶測だ。それと他言無用で頼む」

「あ、ああ、分かったよ」

岩虎魚(コルコゼ)の毒を使って……毒物兵器を作るんだ」

「へ、兵器だって!」

「そうだ。犯罪組織の抗争で、岩虎魚(コルコゼ)の毒が使われた可能性が高い。数十人が死んだよ」

「マ、マジかよ……」


 グレクの想像を超える内容だったのだろう。

 額から汗を流している。


「もし、岩虎魚(コルコゼ)を買い取りたいという商人が来たら、漁師ギルドはどう対応する?」


 俺は構わずグレクに質問した。


「利益を生むってそういうことか……。岩虎魚(コルコゼ)の取り扱いに関しては、国や領主からの規制はない。売買は自由だ。だからといって、毒物兵器に使われると分かっていたら卸すわけないだろ」

「ギルドの方向性としてはそうだが、個人の漁師たちはどうなんだ?」

「うちの漁師が岩虎魚(コルコゼ)を販売することは禁止している。違反したら漁の停止処分や、最悪ギルドからの追放だ。そうなるとティルコアで漁はできなくなる」

「それでもやる漁師がいたら?」

「そんな奴はいないさ。うちの漁師たちには、若い頃から岩虎魚(コルコゼ)の危険性を叩き込んでる。俺だって師匠に散々注意されてきたさ」


 グレクも腕のいい漁師だし、漁師ギルドでは役職だ。

 当然仲間を信じている。


「なあグレク。俺もティルコアの漁師は誇り高いと思ってるよ。お前の師匠だったトーラムは、今でも心から尊敬してる」

「トーラム師匠……」

「だがな、岩虎魚(コルコゼ)を卸してる漁師がいるかもしれないんだよ」

「そんな奴いるわけ!」


 グレクは怒鳴りながら立ち上がったものの、突然動きを止めた。


「いるわけ……ない……だろ……」


 グレクが俺の意図に気づいたようだ。


「俺だって信じたいさ。だが、状況が物語っている」

「あ、あいつはトーラム師匠の弟子だぞ!」


 漁に命を捧げたトーラム。

 その弟子がグレクだ。

 ということは、グレクにとってフスニは弟弟子に当たる。


「なあグレク。もし金にならない岩虎魚(コルコゼ)を買いたいって、突然大金を積まれたらどうする? それも絶対にバレないと言葉巧みに誘惑されたら?」


 力なくソファーに崩れ落ちたグレク。


「そうだな……。岩虎魚(コルコゼ)の用途を知らなければ、ギルド追放のリスクがあっても、大金を手に入れるために売っちまうかもしれない」


 グレクは両腕を膝に乗せ、うなだれている。


「フスニはどこにいる?」

「今頃は家で寝てるはずだ。明日は深夜に漁へ出て、明け方に帰る予定だからな」

「そうか。フスニを問い詰めても問題は解決しない。密売の現場を抑えるしかないな。フスニは帰港する前に、どこかで岩虎魚(コルコゼ)を売り渡すはずだ」

「そういや、ここ最近のあいつは岩虎魚(コルコゼ)を水揚げしてなかった……。くそ、なんでこの俺が気づけなかったんだ……。くそ、くそ、くそ」


 グレクが力なく呟いた。

 自分のせいにしている様子だ。


「おい、自分を責めるな」


 声をかけるも、しばらくの間うなだれているグレク。

 だが、突然顔を上げた。


「くそっ! あのバカがっ! ぶん殴ってやるっ!」


 グレクは両手を強く握りしめていた。


 ――


 グレクと明朝に落ち合う約束をして、俺はライールに跨り自宅への道を進む。

 すでに日は沈んだが、まだ明るさは残っている。


「マルディン様」

「ん?」


 見通しのいい道で、突然声をかけられた。

 俺に気配を感じさせないとは驚きだ。


「あんたは!」

「突然の来訪で、申し訳ございません」

「いや、嬉しいよ。どうしたんだ?」


 俺は馬から降り握手を交わす。


「マルディン様にお話があって参りました。もし良かったら、私が宿泊している宿へ移動しませんか?」

「ああ、分かった。行くよ」


 この老人と一緒に、俺は宿へ向かった。

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