第214話 港に来た商人2
港に到着すると、深夜の漁から帰ってきたグレクが、魚が入った木箱を運んでいた。
「よう、グレク!」
「マルディンか、どうしたんだ?」
「飯を食いに来たんだよ」
「飯? ああ、そうか。今日はあの食堂が休みか。分かった。もう少しで終わるから、ちょっと待ってろ」
グレクが積み上げる木箱から、銀班鯖や青石魚が見える。
夏が旬の大剃鯵もあるようだ。
「大漁じゃないか。さすがグレクだな」
シャルクナは、港に上がった魚を珍しそうに眺めていた。
港にメイド服姿という物珍しさから、若い漁師たちがシャルクナに視線を送る。
いや、この視線は珍しさではなく、シャルクナの容姿そのものに送られているのだろう。
「そういや、シャルクナは市場に来るのは初めてか?」
「はい。新鮮な魚ばかりで楽しいです。うふふ」
シャルクナが珍しく笑顔を見せた。
普段は無表情で感情をあまり見せないが、笑うと年相応の可愛らしい娘だ。
町の男たちの間では美人と評判らしい。
若い漁師が見るのも頷ける。
「シャルクナは魚が好きなのか?」
「そうですね。見るのも食べるのも好きです。せっかくですし、一度釣りをやってみたいです」
今のシャルクナはメイドであることを忘れ、素の状態のようだ。
「し、失礼いたしました」
シャルクナ自身も気づいたようで、深く頭を下げた。
「なんで謝るんだよ。普通にしてくれればいいんだよ」
「いえ、メイドですから」
「ったく、本当に真面目なんだからよ」
笑顔から一転、シャルクナの表情が引き締まる。
そんなシャルクナと話していると、仕分けを終えたグレクが歩いてきた。
「なんだ、シャルクナさんは釣りをやってみたいのか?」
グレクにシャルクナの声が聞こえたようだ。
「い、いえ、そういうわけでは……」
「今度船を出すよ。行こうぜ。海釣りは楽しいぞ? シャルクナさんなら、一緒に行きたがる漁師もたくさんいるしな。はは」
俺はシャルクナの肩に手を置いた。
「せっかくティルコアに来たんだ。行ってこいよ」
「あ、ありがとうございます。では、マルディン様も一緒に」
シャルクナの言葉を聞いたグレクが、俺の顔を見てニヤついている。
マジでムカつく表情だ。
「マルディンはなあ、泳げないからなあ」
「うるせーな!」
「なにより釣りが下手だ」
「ほっとけ!」
俺はたまに港の堤防から釣りをするが、竿を使うよりも糸巻きで突いたほうが早い。
だが、それは釣りではないと文句を言われる。
「せっかくだし、マルディン様と一緒に行きたいです」
シャルクナが真面目な表情で俺を見つめていた。
「分かったよ……。じゃあ今度、グレクに連れていってもらおう」
「はい!」
笑顔を見せるシャルクナ。
どうせ行くなら竿一式を買ってやろう。
この町に滞在している間の趣味として、釣りを楽しんでもらいたい。
「うし。じゃあ飯にすっか。二人とも魚でいいだろ?」
「ああ、頼むぜ」
今日は漁師向けの食堂が休みのため、グレクたち独身の漁師は港で飯を作る。
それを一緒に食わしてもらうつもりだった。
水揚げされたばかりの魚を使った漁師飯だ。
シャルクナにも、漁師飯は一度食わせたいと思っていたからちょうどいい。
俺はバッグから葡萄酒を取り出し、グレクに手渡した。
「グレク。差し入れだ。みんなで飲んでくれ」
「お、すまねーな」
「今日の魚は何を使うんだ?」
「シャルクナさんに漁師飯の旨さを知ってもらいたいからな。旬の大剃鯵を使う」
「マジかよ。そりゃ嬉しいが、いい値段するだろ? 金払うよ」
「あ? いらねーって。それにちょっと傷ついちまってるしな。味は絶品だが、売り物にならないやつだ」
「そうか。じゃ、遠慮なくいただくよ」
俺たちは港に設置されているテーブルに移動した。
グレクが木箱から大剃鯵を取り出す。
体長は一メデルト近くもある大物で、銀色に輝く身体は、まるで両手剣だ。
傷があると言っていたが、そんなものはどこにもない。
「ちっ、かっこつけやがって」
俺たちに気を使わせないための、グレクなりの配慮だろう。
グレクが厚刃包丁を握る。
すると、シャルクナがグレクに一礼した。
「あの、グレク様。調理を拝見してもよろしいですか?」
「え? も、もちろんさ。だけど漁師の包丁捌きは乱暴だから、参考にならないと思うけどなあ、はは」
顔を赤らめ照れながらも、大剃鯵の腹に刃を入れたグレク。
一気に切り裂き、内臓を取り出すと、頭を叩き落とした。
フェルリートやアリーシャの捌き方とは違い豪快だ。
だが切り身は綺麗だし、何より恐ろしく速い。
さすがは漁師だ。
シャルクナは食い入るように見つめている。
「今朝獲れたばかりで新鮮だからな。脂が乗った部分は生が旨い。刺し身もいいが、大剃鯵はカルパッチョにすると旨いんだ。こっちの身は藁焼きにすると絶品だ。緑檸玉の果汁をかけて食うと旨いぜ。残った部分は全てスープの出汁に使う」
食えない内臓以外、全てを使うようだ。
無駄のない調理に感心する。
「では、私がカルパッチョを作りますね」
「お、シャルクナさん。いいのかい?」
「はい。お任せください。厚刃包丁をお借ります」
シャルクナが手際よく、大剃鯵の身を切って皿に並べていく。
グレクは藁に火をつけ、串に刺した身を炙っていく。
香ばしさが広がる。
これは食欲をそそるいい匂いだ。
俺たちが調理をしている横を、一人の漁師が素通りした。
グレクが串焼きをしながら、その漁師に視線を向ける。
「フスニ! お前も食ってけよ!」
グレクが漁師のフスニに声をかけた。
俺は顔見知り程度だが、年齢が近いことで何度か話したことがある漁師だ。
「ああ、グレクさん。俺はいいよ。町で食うからさ」
「金かかるだろ? ここで食ってけよ。シャルクナさんのカルパッチョだぞ」
「また今度いただくよ」
フスニは俺に会釈して町へ向かっていった。
「あいつ、最近付き合いわりーんだよ。それに、ちょっと羽振りいいし……」
そう言われると、フスニは流行りの高そうな服を着ているような気がする。
「儲かってんだろ? いいことじゃないか」
「それが、あいつ漁の結果はあまりよくないんだよ」
「別の仕事でもしてるんじゃないか?」
「いや……漁以外に何もできないはずだが……」
グレクは怪訝な表情を浮かべながら、フスニの後ろ姿を見つめていた。
「グレク様。串焼きがそろそろ焦げそうです」
「あ! す、すまん!」
シャルクナはどんな時でも冷静だった。




