表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第七章 薫風南より来たる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

213/276

第212話 彗星と疾風と流星と2

 運び屋たちが会場に集合した。

 個性ある馬車ばかりで、観客から歓声が上がる。


「ラミトワ! 頑張れ!」


 マルディンたちが声援を送る中、レースが開始した。

 レースは草原に作られた全長二キデルトの専用コースを三周する。

 長丁場になるため、荷馬車の性能と合わせ、引き馬のペース配分も重要だ。


「シャルム、序盤はペースを抑えていくよ」

「ヒヒィィン!」


 今年は雨上がりの影響でコースの状況が悪く、荷馬車の故障による脱落者が続出。

 その中でもラミトワは順調に走り、十位の位置につけていた。

 一位は前評判通りラウカウの疾風だ。


「行け! ラミトワ!」


 一周目を終え、マルディンたちが座る観客席の前を通過していく。

 重蹄馬(ヴァーロ)たちが泥を跳ね上げる姿は圧巻だ。


「ところでマルディン。あなた、誰に賭けたの?」


 ラーニャが妖艶な笑みを浮かべながら、マルディンを見つめた。

 何かを悟っているような笑みだ。


「ん? そ、そりゃ……、ラミトワだろうがよ」

「ふーん、嘘ばっかり。本当は?」

「う、うるせーな! ラミトワにも賭けたよ! だけど……どう考えても本命はラウカウの疾風だろう」

「あなた最低ね。ラミトワちゃんを信じてくれないなんて」

「そ、それとこれとは別だ!」


 このレースは正式に賭けも行われていた。

 マルディンはラミトワに賭けつつも、ラウカウの疾風を本命として大金を賭けている。

 もちろんラミトワには勝ってほしいが、伝説の運び屋の実力を評価していた。

 マルディンは本気で稼ぐつもりだった。


 二周目を過ぎると、ラミトワは六位に上昇。


「頑張れ! ラミトワ!」


 応援しながらも、一位にいるラウカウの疾風に安堵するマルディンだった。

 そのマルディンの肩に手を置くグラント。


「おい、マルディン。ラミトワは最後の周回で勝負に出る作戦なんだぞ」

「なんだと!」

「お前、疾風に賭けただろ。いくら賭けたんだ?」

「ラミトワに金貨一枚、疾風には金貨五枚だ」

「そ、そりゃあ豪快にいったな。だが、賢い賭け方だ。ラミトワのオッズは十倍で、疾風は二倍。どちらが勝っても儲かる」

「まあな。そういう賭け方にしたんだ。俺の戦いは……絶対に負けない」


 真顔で話すマルディンだが、所詮はギャンブルだ。

 周りにいる娘たちは、何をかっこつけているんだと呆れ顔だった。


「マルディンの賭け方は正解だ。このレースはラミトワか疾風のどちらかが勝つ。このぬかるんだ地面に対応できてるのは、この二人しかいない」


 グラントの言う通り、三周目に入るとラミトワは二位まで順位を上げた。


「行け! ラミトワ!」


 マルディンたちの応援にも熱が入る。

 ラミトワの荷馬車が残り半周に差し掛かった。


「シャルム! ここから全力だよ!」

「ヒヒィィン!」


 主人の指示に応えたシャルムがハミを噛む。

 力強く地面を蹴り上げ、前を走る疾風に並んだ。


 疾風は隣に並ぶラミトワを見て、笑みを浮かべる。


「来たか! 嬢ちゃん!」


 二台は並走し、最後の半周を走る。

 最後の直線に入ったところで、僅かにシャルムが前に出た。


「くそっ! グラントのパーツの差か!」


 疾風は自分の荷馬車のパーツと、ラミトワのパーツの決定的な違いに気づいた。

 グラントのパーツは空気の抵抗を軽減させるように作られている。

 

「いけええええ!」

「ヒヒィィン!」


 ラミトワとシャルムは、先頭でゴールを駆け抜けた。


 ――


 レースを終えて整備場に戻ったラミトワをグラントが出迎えた。


「ラミトワ! やったな! がはは!」

「師匠のおかげだよ! 最後は師匠のパーツで勝ったんだ!」

「そんなことはないさ。お前の操縦とシャルムの根性だ」

「ヒヒィィン!」


 ラミトワとシャルムの健闘を称えるグラント。

 そこへ疾風が姿を現した。


「ラミトワと言ったか。お前、速かったよ」

「おじさんだって信じられないくらい速かったよ!」

「おじさんか。そうだな……。お前たち若い世代から見たら、俺もグラントもおっさんか。ははは」


 疾風がラミトワに手を差し出す。

 二人は握手を交わした。


「イレヴスの流星の弟子か……。お前はさながらティルコアの彗星だな」

「え! ティルコアの彗星! か、かっけー!」

「本当はグラントの荷馬車に勝ってレースから引退する予定だったが……。俺は来年も出るぞ」


 疾風がグラントに視線を向けた。


「分かった。だが、来年のラミトワはもっと速くなってるぞ。がはは」

「楽しみだ。ははは」


 三人は健闘を称え合った。


 ――


 賭けの換金所で、隠れながら換金するマルディン。


「よしよしよし、ラミトワに稼がせてもらったぜ」

「あらあ? マルディン。あなた勝ったの?」

「うわっ! ビビった!」


 ラーニャはいつものように気配を消して、マルディンに近づいた。


「ま、まあな」

「ふーん。疾風にも賭けてたのにね」

「別にいいだろ」

「やだわあ、普通は仲間だけを応援するものなのにねえ」

「うるさいよ! それとこれとは別だ! 勝負ってものは非情なんだよ」


 マルディンを軽蔑の眼差しで見つめるラーニャは、大きな革袋を三つ抱えていた。

 その背後にいる換金所の職員の顔色は、完全に血の気を失い、冬の海のように真っ青だった。


 ――


「みんな、応援ありがとう! やったよ! みんなのおかげで勝ったよ!」


 片付けを終えたラミトワが、全員の前に姿を見せた。


「「「おめでとう!」」」

「ありがとう!」


 祝福され笑顔を浮かべるラミトワ。


「ねえ、ラミトワちゃん。みんなラミトワちゃんの応援をしてたのに、一人だけ疾風に賭けた人がいるのよお」

「はあ? 誰だよ!」


 ラーニャが微笑みながらマルディンを見つめた。


「し、仕方ねーだろ」

「ふざけんな、おっさん!」


 マルディンを睨みつけ、腹を殴るラミトワ。

 もちろんマルディンは全く痛くない。


「ちゃ、ちゃんとお前にも賭けてたわ!」

「でも負けると思ってたんだろ!」

「勝負に……絶対はないんだ」

「最悪! マジで最悪だ!」


 怒れるラミトワを落ち着かせるかのように、ラーニャが手を叩いた。


「ほらほら、ラミトワちゃん。そんな薄情な人は放っておいていくわよ」

「もうマルディンと口利かない!」


 マルディンをその場に残し、全員で移動していく。


「お、おい! 待てよ、ラミトワ!」

「知らん」

「ラミトワ! ほ、ほら、飯奢るぞ!」

「知らん」

「ぶ、葡萄酒もつける!」

「知らん」

「ま、待てよ! あ、あれだ! 欲しがってたパーツ買ってやるから!」


 ラミトワが立ち止まり、指を二本立てた。


「二つだな……」

「くそっ! 分かったよ! 二つ買ってやる!」

「やった! やった! 一つ金貨五枚もするパーツなんだ! 二つも買ってもらえるぞ!」

「おまっ! そ、それは高すぎる!」

「やった! やった!」


 喜びの踊りを披露するラミトワ。

 賭けで一応儲かったマルディンだが、パーツを買えば大損だ。

 もちろん自業自得である。


「さあ、この後の祝勝会は、全てマルディンの奢りよ。みんな遠慮せずに注文してね」

「「「はーい!」」」


 ラーニャの言葉に、娘たちが元気よく反応した。


「はあ? ふ、ふざけんな!」

「マルディン、ありがとう!」

「ごちそうさまです。フフ」

「お肉たくさん食べます!」


 フェルリート、アリーシャ、リーシュがマルディンの背中を叩き、歩いていった。


「私も高級葡萄酒飲んじゃおうっと。この間飲めなかったし」

「待てよ! ラーニャは大勝ちしただろ!」

「さあ、みんな行くわよお」

「待てって!」


 マルディンの声は、当然のようにラーニャには届かなかった。


 ◇◇◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ