第211話 流星と疾風と彗星と1
◇◇◇
〜約十ヶ月前〜
「シャルム! 今日は私の荷馬車でクエストへ行くからね! 頑張ってよ!」
「ヒヒィィン!」
運び屋のラミトワが、自分の荷馬車で冒険者ギルドへ向かう。
荷馬車を引くのは重蹄馬のシャルム。
三メデルトの巨体を誇る馬だ。
ギルドの停車場に入ると、すでに何台かの荷馬車が停まっていた。
「マルハッキさん! おはようございます!」
「お、ラミか。おはよう」
マルハッキはCランクの運び屋だ。
ティルコアに所属する運び屋の中では、ベテランに入る三十代。
ラミトワは、このマルハッキから運び屋のことを学んでいた。
マルハッキは愛馬に餌を与えながら、ラミトワの荷馬車を凝視している。
「なあ、ラミ。お前の荷馬車、カスタムしたのか?」
「うん!」
「お前、これ……」
「へへー、凄いでしょ! 四角竜の素材で改造したんだ。金貨七枚もかかったんだから!」
マルハッキはラミトワの荷馬車に近づき、部品を一つ一つ確認する。
「このパーツ類はもしかして……。おい、ラミ。このカスタムは誰がやった?」
「グラント師匠だよ」
「グラントって、まさか、開発機関のグラントさんか!」
「そうだよ」
グラントは、隣町イレヴスの開発機関支部長だ。
ラミトワの荷馬車をカスタムしたことがきっかけで、二人は意気投合した。
それ依頼、ラミトワはグラントを師匠と呼び慕っている。
「マジか! グラントさんが手掛けたのか!」
「え? な、なに? 師匠がどうかしたの?」
マルハッキが目を見開いて驚いている。
そんなマルハッキの表情を見て驚くラミトワ。
「グラントさんはな、十五年くらい前まで運び屋やってたんだよ」
「え! 運び屋だったの!」
「そうだぞ。ここら辺では有名な運び屋だった。ただ、当時は運び屋への差別が酷かったから、全然稼げなかったんだ。あの人は物作りの才能がずば抜けていたこともあり、仕方なく鍛冶師に転職したんだ」
「えー! 知らなかったよ! 師匠ってば、なにも言ってくれないんだもんなあ」
「運び屋界隈ではイレヴスの流星なんて呼ばれてた。俺が運び屋になった翌年くらいに引退しちまったんだ。俺もあの人を尊敬していてな。ほんの少しだが、色々と教えてもらったよ」
マルハッキは荷馬車のパーツに触れながら、当時を懐かしんでいた。
「このパーツはグラントさん手作りだな。うわ、しかも当時のパーツまで使ってる。ラミはよほど気に入られたんだな」
「へへへ、私のこの魅力でね」
ラミトワは腰に手を当て、身体を斜めに構えながら、片足を一歩前に出した。
服飾モデルを意識しているのだろう。
「あっそ」
マルハッキから表情が消えた。
◇◇◇
風薫る季節。
この地方特有の超大型台風、火を運ぶ台風はまだ発生していない。
火を運ぶ台風が通過すると、本格的な夏が始まる。
「師匠!」
「おう! ラミトワ! 待ってたぞ!」
イレヴスの冒険者ギルドを尋ねたラミトワ。
目的は荷馬車の改造だ。
ラミトワが師匠と呼んだ相手は、開発機関イレヴス支部長のグラント。
四十歳のグラントは、胸板が石壁のように厚く、上腕は丸太のように太い。
優秀な技術者なのだが、その体型から冒険者とよく間違われる。
「そういや、ティルコアでリーシュは元気にやってるか?」
「うん、開発や飛空船の整備で大忙しだよ。それに、あんなに若いのに副支部長として頑張ってるよ」
「そうか、そりゃよかった。まあ、あいつならどこへ行っても大丈夫だがな。がはは」
元部下だったリーシュの状況を聞き、表情が緩むグラント。
「さて、今日は最後のカスタムだったな」
「そうだよ。レースまであと一週間だもん。これで出場するんだ」
「俺が手掛けたんだ。優勝は間違いない、と言いたいところだが、そうはいかんようだ」
「どういうこと?」
「どうもラウカウ支部から速いのが出るらしい」
「え? マジで?」
「噂がマジならヤバいな。ラウカウの疾風と呼ばれた伝説の運び屋だ。あいつは今でも現役なんだぞ」
「なにそれ! かっけー! イレヴスの流星と勝負じゃん!」
「おまっ! な、なんでそれを!」
「マルハッキさんに教えてもらったんだ」
「マルハッキか。そうか、あの若造だったあいつも、今やベテランだもんな。時が経つのは早いぜ」
「なに感傷にひたってんだよ師匠! 勝ちに行くよ!」
「おう! もちろんだ!」
二人は倉庫へ入り、荷馬車の改造に取り掛かった。
――
レイベール州南部の冒険者ギルドでは、年に一度、運び屋のレースが開催される。
ティルコア、イレヴス、ラウカウの支部と、いくつかの出張所から参加者が集まる。
グラントがまだ運び屋だった時代、仲間たちと改造した荷馬車の性能を試すかのように草原を走っていた。
これが徐々に広まり、今では正式なレースとして、運び屋たちの一大イベントまで成長した。
冒険者ギルドの本部からも予算が出るほどで、このレースに勝利することは運び屋の名誉でもあった。
レース当日を迎え、ラミトワとグラントは会場に向かった。
出走の手続きを行い、荷馬車の調整に入る。
「今日は地面がぬかるんでる。少し太めの車輪に変えるぞ」
「うん。シャルムの蹄鉄も新しくしたから、こんな地面平気だよ」
作業を進める二人に、人影が近づく。
「よお、イレヴスの流星。元気だったか?」
「お前か。なんでまた急に出場する気になったんだ?」
「そりゃ、お前が手掛けた荷馬車が出るって聞いてな。一度も勝てないまま、お前は引退しちまった。勝ちたいに決まってるさ」
「なに言ってんだ。お前は今や伝説の運び屋だ。ラウカウ支部でも重鎮だろ?」
「そんなことないさ。今でもあの頃と変わらんよ。お前の方こそ開発機関の支部長にまで出世しちまってよ」
「まあ色々あったんだよ。がはは」
「ったく……。本当に久しぶりだ」
「ああ、会えて嬉しいよ」
握手を交わす二人。
イレヴスの流星とラウカウの疾風が揃うことは、運び屋たちの中で事件だ。
見学するために、人だかりができていた。
ラウカウの疾風が、荷馬車を整備するラミトワに視線を向ける。
「お嬢ちゃん、手は抜かないぜ」
「こっちだって! 本気出すからね!」
疾風は手を差し出し、ラミトワと握手した。
油まみれの白い小さな手を見て、口元が緩む疾風。
「おもしれーな! 正々堂々と戦おう!」
「うん!」
運び屋界隈の中で、ラミトワはまだ無名だ。
Bランクに昇進したとは言え、二十二歳の若手だし、大きな実績もない。
それでもラウカウの疾風は、このレースでラミトワが最大の障壁になると予想していた。
レース会場となる草原には、簡易的な観客席が作られていた。
さらに屋台や、食事を販売するために改造した荷馬車なども出店。
冒険者ギルドに関係ない観客も集まるほどだ。
「ラミトワ!」
マルディンを筆頭に、ティルコアの冒険者ギルドから応援団が駆けつけた。
「わー、みんな! 来てくれたんだ!」
「頑張れよ! 期待してるぞ!」
「うん! みんな見てて! 絶対に勝つからね!」
ラミトワは荷馬車の最終チェックに入った。




